口腔 2
歯槽堤過形成(Alveolar Ridge Overgrowth)
定義
歯槽提の幅の増大(主観的)(図 28)。
コメント
歯槽提の高さに関わらない。口蓋縁の突出や歯肉腫大とは混同しないこと。ただし,中等度の歯槽提の腫大(Prominent palatal ridges)と歯肉の過形成(Gingival overgrowth)を区別することは容易ではない。
過去に使われたが言い換えが望ましい用語
歯槽堤の腫大(Alveolar ridge hypertrophy)
図 28 歯槽堤の過形成 歯槽堤幅の広さに留意。
舌癒着(Ankyloglossia) 定義舌小帯が前方に付着または短く,舌運動の制限を伴う(主観的)(図 29)。
コメント
舌の前方 1/3 は通常,固定されていない,または不規則な小帯により,部分的に口腔底に付着している。口腔底の舌の癒着(下舌癒着)から,短い舌小帯か舌の先端(舌帯)までを含む。舌癒着は舌尖の軽度の陥入をともなうことがあるが,二分舌(Bifid tongue)とは異なる。
過去に使われたが言い換えが望ましい用語
下方舌癒着(Ankyloglossia inferiorum),舌帯(tongue tie)
図 29 舌癒着 短い舌小帯と舌尖の軽度の陥入
・Anodontia:Oligodontiaを参照
上顎単一中切歯(Central Incisor, Single Maxillary)
定義
正中にある上顎の単一の中切歯(客観的)(図 30)。
コメント
上顎の単一の中切歯が正中にない場合,無歯症(Oligodontia)の可能性があるが, X 線撮影なしでは評価できない。
図 30 単一中切歯
側切歯は正常であるので,一見では,この形態を認識することは難しい。
歯叢生(Dental Crowding)
定義
歯槽堤内に歯が重なりあっている状態(主観的)(図 31)。
コメント
この用語はバンドリング用語である。歯槽堤の大きさに比して歯の大きさや数が不均衡である。
図 31 歯の叢生
歯間離開(Diastema)
定義
同じ歯弓裂で,隣接する 2 つの歯の間の増大(主観的)(図 32)。
コメント
通常,永久歯同士は中央部分では接している。「歯間離開」という表現はいずれの歯間にも用いてもよい。この用語は, widely spaced teethとは区別して用いられるべきである。
図 32 正中離開 歯隙間が広い。
・Diastemata, multiple:Teeth, widely spacedを参照
・Double tooth: Teeth, fusedを参照
早期萌出(Eruption, Advanced)
定義
平均的な萌出期より 2 SD 早い歯の萌出(客観的)。
コメント
乳歯・永久歯の萌出時期は確立されている[ Garn, 1966;Lunt と Law, 1974;McDon-ald ら,2004]。萌出は歯肉に突出した歯が現れたことをいう。
萌出遅延(Eruption, Delayed)
定義
平均的な萌出期より 2 SD 以上遅れて歯が萌出する(客観的)。
コメント
歯肉過成長(Gingival overgrowth)の患者には用いない。乳歯・永久歯の萌出時期は確立されている[Garn, 1966;Lunt と Law, 1974; McDonald ら,2004]。歯肉を突き抜けて歯が現れた状態をもって「萌出」と称する。
・Gingival hyperplasia:Gingival overgrowth参照・Gingival hypertrophy:Gingival overgrowth参照
歯肉過形成(肥厚)(Gingival Overgrowth)
定義
歯肉縁を縁取る軟部組織の肥厚(主観的)(図 33)。
コメント
肥厚の程度は,歯間乳頭のみの肥厚から歯冠全体を覆うほどの肥厚まで幅がある。
過去に使われたが言い換えが望ましい用語
歯肉肥大(gingival hypertrophy),歯肉増殖(gingival hyperplasia)
図 33 歯肉過形成
歯槽堤の肥厚との違いに留意する。
舌根沈下(Glossoptosis)
定義
舌が咽頭内へ,後方に位置すること(主観的)(図 34)。
コメント
“沈下”という接尾辞は,患者が仰臥位にあるときに舌が「後方に」落ち込むことを指して命名されたものである。後方という単語に置換される。厳密にいえば,舌根沈下という語句は単に舌の落ち込みを意味するものであり,前方への落ち込みを指してもよい。しかし,慣例により,後方への落ち込みに対してのみ, glossoptosis という用語を用いる。舌根沈下は気道閉塞を起こす可能性がある。
図 34 舌根沈下
哺乳時の口腔内における舌は後方位にある。
・Hypodontia:Oligodontiaを参照
・Hypoglossia:Tongue, smallを参照
巨(大)歯(Macrodontia)
定義
歯の前後径が一般人口の 2 SD 以上(客観的)(図 35)。明らかな歯の最大幅の増大(主観的)。
コメント
平均と標準偏差の値は性別により異なる[Moyers ら,1976]。
図 35 巨大歯
歯の幅は容易に計測可能である。
・Macroglossia:Tongue, largeを参照
矮小歯(Microdontia)
定義
近遠歯の直径が平均年齢の 2 SD 以下(客観的)(図 36)。明らかな歯の最大幅の減少(主観的)。
コメント
標準は,性差により,平均と標準偏差がある[ Moyers ら,1976]。矮小歯では,とくに前上下の歯間隙が大きいと,正中離開(Diaste-mata)を生じる。これは別に評価すべきである。
図 36 矮小歯
・Microglossia:Tongue, small を参照
乏歯症(Oligodontia)
コメント
「乏歯症」という所見や「無歯症」「歯牙無形成,歯牙低形成」という所見を診断するには,X 線写真による評価を必要とするので,ここでは記載をしない。歯牙低形成(hypodontia)や乏歯症(oligodontia)という用語は文献上,同義に用いられることがある。一方, 6 本以下の歯が欠如しているときに歯牙低形成, 6 本以上の歯牙が欠損しているときに乏歯症と称する場合もある。歯無形成や乏歯症・無歯症は萌出遅延と間違わられる場合もあるが,両者は X 線写真撮影によってのみ区別される。歯の欠損は,先天性である場合も後天性である場合もある。先天性無歯の頻度は歯の種類や位置により異なる[Gorlin ら, 2001]。
開咬(Open Bite)
定義
咬み合った状態で歯弓の間から見える空間があること(客観的)(図 37)。
コメント
開口は, 2 つの歯槽弓の垂直な重なりが欠如している。不正咬合に関連していることもあるが,それぞれの所見を記載すること。開咬は不正咬合によって生じる場合もあることから,開咬はバンドリング用語であるといえる。不正咬合の特性分類のために,矯正歯科[ Moyers ら, 1973]では, Angel 分類(クラスⅠ~Ⅲ)を広く用いられる。
図 37 開口 歯弓の間隙に留意。
短い硬口蓋(Palate, Hard, Short)
定義
切歯乳頭のひだから軟口蓋と硬口蓋の正中接合部の距離が 2 SD 未満(客観的)。または明らかな,高口蓋の長さの短縮(主観的)(図 38)。
コメント
硬口蓋の大きさの客観的な測定には,特別な器具を要する[ Hall ら,2006]。短い硬口蓋は鼻咽腔閉鎖不全と関係していることもある。
過去に使われたが言い換えが望ましい用語
Short palate;hypoplastic palate
図 38 短い高口蓋
・Palate, short:Palate, hard, shortを参照
高口蓋(Palate, High)
定義
口蓋の高さが平均より 2 SD 以上高い(客観的)。第一永久歯の位置で,口蓋の高さが,第一永久歯の高さの 2 倍以上(主観的)(図 39)。
コメント
この評価の測定法は Hall ら(2006)によって記されている。高口蓋はしばしば,狭い口蓋と関連している。しかし,狭い口蓋は,高口蓋と誤認されやすい。高く広い口蓋は別に評価すべきである。この用語は不正確に誤用されることが多いので,主観的な方法による評価を勧めない。
図 39 高口蓋
狭い口蓋は異なる形態を呈するが,高口蓋と摸す形態を呈することもある。
同義語
高い口蓋(High, arched palate)・Palate, high arched:Palate, highを参照
・Palate, hypoplastic:Palate, hard, shortを参照
狭い口蓋(Palate, Narrow)
定義
口蓋の広さが 2 SD 未満(客観的)。または口蓋の幅が明らかに減少しているもの(主観的)
(図 40)。
コメント
口蓋の幅は,両側の上顎の第一永久歯間の距離で,舌頸部線において,特別な器具を用いて計測する。通常の臨床診療においては口蓋の幅は,主観的(測定によらずに)に評価される。狭口蓋はしばしば,高口蓋(High palate)に併存するが,両者は別々に評価すべきである。歯肉肥厚(Gingival overgrowth)があると口蓋が狭くみえるが,両者は異なる所見として評価すべきである。 ゴシック口蓋(gothic palate)とは口蓋の天井が丸くなく,逆 V 字型を呈し,口蓋の上部のみ狭い状態を指す用語である。
図 40 狭い口蓋 同様に突出した口蓋ひだ。
粘膜下裂口蓋(Palate, Submucous Cleft)
定義
粘膜の異常はないが,下記 3 条件のうち 2 条件を満たすとき,軟口蓋に異常があると判断する。 ①硬口蓋の後縁のV字型の切れ目, ②二分口蓋垂,③軟口蓋の正中透明帯または溝につながる筋性離開(客観的)(図 41)。
コメント
硬口蓋の後縁の V 字型の切れ目は時に触診可能[ Aase, 1990]。粘膜下口蓋裂はバンドリング用語であるが,ここでも用いられているように,よく使用される。
図 41 粘膜下口蓋裂
口蓋垂裂と軟口蓋の青い陥入部位