A04・A05-3

A04/05-3 治療を受けるかどうか

吃音は治さなければならないものではありません。水泳に例えれば、「ベストなフォームでなくても泳げればよい」という人もいるでしょう(オリンピック選手にはなれないかもしれませんが)。学校生活や仕事に大した影響がないようであれば、治療などの特別な取り組みをしないという選択肢もあります(病院に通う時間が取れない方も多いです)。治療にはそれなりに時間がかかります。治療を受けるかどうかは、他にしたいことやすべきこととの優先順位を考慮して、本人(あるいは保護者)が判断すべきで、一概に専門家が決められるものではありません。

とは言え、吃音による困難はいろいろあります。幼稚園や保育園では、友達から「どうしてそんな(変な)話し方をするの?」と聞かれることが多いようです。本人もなぜ吃るのかわからないし、吃ろうとして吃っているわけでもないので、大変困ります。相手は単純な疑問のつもりが、本人的には「困らされている」「いじめられている」と感じてしまうこともあるようです。

小学校以降では朗読や発表で苦労することが多くなります。クラス替えや部活等の自己紹介で自分の名前が言えなくて困ることもあります。日直の号令をかけるのに時間がかかってしまうこともあります。吃って笑われることもありますが、わざとしているのではないので、大変つらく、恥ずかしくなります。さらに、吃音のせいでからかいやいじめが起きることもあります。こうなると、発表や人と話すことを避けるようになります。学校で先生に当てられて、答えが分かっていても吃音のために言えなくて、思わず「わかりません」と言ってしまうこともありますが、先生からは「分かっているのになぜ答えないのか」と叱られることがあります。

成人では、仕事の電話が困難なために治療を決断する人が多いようです。営業部門に配置転換されて大変になったとか、昇進をひかえて多くの人の前で話さないといけなくなるから、ということで受診する方もいます。自分では大丈夫だと思っていても、上司に「話し方を治しなさい」と言われて治療を受ける方もおられます。一方では、どもっていても気にせずに営業をこなして、高い業績を上げている人もいます。治療を受けるかどうかは本人の判断によることになりますが、成人の吃音は改善しないと思い込んで治療を受けない人もいるので、適切な情報を得た上で治療を受けるかどうか判断していただきたいと思います。

いろいろな困難に対して、治療を受けないと決めた場合にはどうすればいいのでしょうか?また、治療しても改善がはかばかしくない、という場合もあるかもしれません。

この状況を改善するには、本人の努力ではどうにもできないことが多く(すでに精一杯の努力をしていることがほとんどです)、周囲の人が、吃音についての正しい理解をして、それなりの配慮をすることが重要になります。
 つまり、言いたいことがわかっていても、それをうまく言えない(繰り返しや引き伸ばしになる)、または、その言葉が出てこない(阻止、ブロック)、という症状が、本人が望んでいないのに出てしまうことがある、というのが吃音であることを、周囲が理解することが必要になります。そして、吃音の症状には注目しないようにして、本人が言い終わるまで内容をきちんと聴く態度が、周囲の人には求められます。

周囲の人に対応を変えてもらうことを専門用語で「環境調整」と呼びますが、実施するには2つの困難点があります。
 まず、本人が吃音のことを恥ずかしく思って、自分に吃音があることを知られたくないと思っている場合です。環境調整をするには、吃音があることについて、周囲に知ってもらう必要があります。
 2番目の困難としては、どのように配慮して欲しいのかを明確にする必要があることです。吃音があると伝えただけでは、「それで?」と言われるだけで、何ができなくて、どう配慮して欲しいのかが理解されません。具体的な困難場面について説明し、どう対応して欲しいかを伝える必要があります。
 詳細は下記の書籍等をご覧になってください。大人(職場・大学)の対応については、次ページをご覧ください。

参考書籍
  • 菊池良和: 吃音のリスクマネジメント:備えあれば憂いなし. 学苑社, 2014
  • 小林宏明: イラストでわかる子どもの吃音サポートガイド:1人ひとりのニーズに対応する環境整備と合理的配慮. 合同出版, 2019
※ 吃音による困難と環境調整等について、参考書籍とともに追記しました。(2020年1月、森)