当科研修で最大の特徴は部長自ら研修医に指導することです。肺、縦隔腫瘍の生検、細胞診、手術材料についてはもちろん、肺以外の臓器の病理診断のすべてを直接指導しています。このシステムは過去に当科で研修を受けた研修医には大変好評であり、研修後や自施設に戻った後でも連絡を取り合い、診断と治療をめぐってディスカッションが行われています。
神奈川県立がんセンターには、がん診療の拠点である病院と並んで「臨床研究所」(以下、単に研究所とします)が併設されています。研究所は総勢20数人の研究者、技師等から成る小規模な組織ですが、トランスレーション研究(基礎的な細胞生物学的研究と実地臨床との橋渡しをする研究という意味です)を推進しています。
肺癌の中で、遺伝子レベルでの研究が最も進んでおり、かつ最も多くの方が罹患する腺癌の診療には、研究所で開発された診断技術が実際に活かされていることをご存知ですか?研究所では既知の遺伝子変異を正確かつ簡便に検出する方法(loop-hybrid mobility shift assay、以下LH法とします)を開発し、2006年に論文報告しました。LH法は遺伝子の増幅するPCR法をベースにした方法であり、既知の遺伝子の有無を正確、高感度に検出できます。日本人の肺腺癌の約半分に検出されるEGFR遺伝子変異の有無も正確に判定することができます。このLH法は、研究所における「研究」に留まらず、数年前から病院の検査第4科に技術移転されており、現在では「遺伝子変異検査」としてEGFR遺伝子変異の有無が検査第4科で判定され、その検査結果は病院での診療に活かされています。LH法の応用範囲はEGFR遺伝子変異の判定に留まりません。肺腺癌診療にかかわる範囲でも、K-ras遺伝子変異の有無や、UGT1A1遺伝子多型(この遺伝子の多型(遺伝子における個人差です)はイリノテカンという抗がん剤に対して生じる副作用の強さを規定しています)の判定にすでに活用されています。
研究所では、病院の病理診断科、呼吸器科との連携のもとさまざまな研究も推進しており、その成果は学会や論文での発表を通して社会に還元されています。具体的には、肺腺癌に確認される代表的な遺伝子変異であるEGFR遺伝子変異陽性の腫瘍とK-ras遺伝子変異陽性の腫瘍では全く異なった組織像を呈することや、EGFR遺伝子変異は肺腺癌の前癌病変である「異型腺腫様過形成」ですでに生じていることなどを報告してきました。最近では小型肺腺癌で適切な外科切除が行われたにもかかわらず、術後に再発する癌の組織には高率に脈管(血管やリンパ管)侵襲が認められることを確認しました。よって現在は、脈管内に浸潤した癌細胞を効率的にアポトーシスさせるための研究を行っています。脈管内の癌細胞をアポトーシスさせ術後再発を予防するのが目標です。
研究所に興味を持たれた方は、研究所のホームページもぜひご覧ください。
病理部門は人に頼る部分が多いですが、病理医の数は全国的に見ても不足しています。そこで、客観性を高め、自動化による生産性を高めるために、現在、産業総合研究所との共同研究を進めております。
その一例として、下記に県庁からの記者発表(2009年7月)を提示します。
―県立がんセンターと(独)産業技術総合研究所の共同研究―
県立がんセンターと最先端の画像処理技術等の情報技術を有する独立行政法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)は、がんの診断・治療の支援、診断の効率化など、がん治療に大きな効果が見込まれる「病理画像診断支援システム」の開発を、昨年度より共同研究で行ってきました。
その結果、このシステムにより、がん細胞の検出が可能であることが実証され、世界初の画期的なシステムの実現に向けて研究が大きく前進しました。
なお、本研究の成果は、2009年8月4日から中京大学名古屋キャンパスで開催された日本医用画像工学会大会で発表されました。
1 病理画像診断支援システムの概要産総研の持つ画像処理技術の中で「HLAC(エイチラック)法(高次局所自己相関特徴抽出法)」と呼ばれる技術を使用し、がん組織あるいはがんの存在が疑われる組織の病理標本画像をコンピュータにより分析し、正常な組織のパターンと異なるものをがん細胞として識別することにより、病理医が行う病理診断の支援を行うシステムです。
※HLAC法
HLAC法とは、コンピュータに画像をパターン(類型)として認識させ、そのパターンから外れているものを「正常でないもの」として検出する画像処理技術で、エレベータに設置した監視カメラの映像から平常とは異なる挙動をとる人間(暴力行為や具合が悪くなり倒れている者など)を識別することですでに実用化されています。
※コンピュータによる解析過程と病理医の診断思考過程の類似
HLAC法は、正常パターンを認識(バリエーションの範囲)させ、そのパターンから逸脱した像を認識し、逸脱度を数値化するという解析過程をとりますが、病理医ががん組織を診断するときも、正常組織パターンを認識(バリエーションの範囲)して、正常組織から逸脱した組織を見つけて癌か否かを診断するという思考過程をとり、コンピュータによる解析過程と類似しています。
まず、県立がんセンターの病理医が胃のリンパ節のさまざまな正常組織部分の画像パターンを、HLAC法に基づきコンピュータに学習させました。
そのコンピュータが、別の胃がんのリンパ節転移の病理組織標本の画像から、がん細胞の部分を見つけられるかどうか、また、正常な細胞をがん細胞として認識しないかどうかの試験を行ったところ、病理医の所見に近い解析結果を得ることができ、病理診断を行うシステムの実現に向け大きな前進が図られました。
3 今後の展開と期待される効果今回は胃がんのリンパ節転移で研究を行いましたが、今後は他臓器のがんのリンパ節転移を含めて症例を増やし、システムによるがんの認識精度を高め、実用化を目指していく予定です。
本システムにより、病理医の負担軽減、診断の迅速化、人間と機械によるダブルチェック、異常度の数値化、遠隔病理診断支援など、がん医療の高度化のために重要なさまざまな機能が実現されることが期待されます。
肺病理の勉強に参考となり、また論文を書く上で参考となる図書を紹介します。多くのものは科内にありますので、診断時に参照してください。なお、*印の付いたものは自前で購入されることが勧められます。