リハビリとは、体が動けなくなったら行うのもの?それとも、苦しい大変な運動を頑張って行うものでしょうか?いいえ、違うのです。私たち理学療法士は、患者さんの感じる呼吸困難や息切れに影響を与える因子(肺の能力、心機能、筋力、精神状態など)を評価し、患者さんがどのような社会生活を送りたいかを伺い、対処方法を伝え、学んでくものと考えています。
呼吸器、主に肺がんの手術をされる患者さんは、重喫煙歴があったり、ご高齢など、何かしらの呼吸機能に問題があったりする方が少なくありません。治療前に明らかな術後呼吸機能への懸念のある方は、あらかじめリハビリテーション科に診察をしてもらい、必要なリハビリ内容を決め、理学療法士による指導をさせていただいています。
一方手術直後で、術後の回復に懸念が生じている、リハビリに積極的でない方には、同様にリハビリテーション科に依頼を行い、早急に介入を行っています。リハビリには、リハビリテーション室での回復訓練だけでなく、病棟看護師によるお手伝いも同時並行で行います。
普段の生活でわたくしたちは、筋力の維持、バランス感覚の保持、歩行能力の継続など、日常生活中で気付かないうちに最低限のリハビリを行っています。手術後は、今までの環境と異なり、数日間の臥床中心の生活となってしまう方が多くなります。もともと運動量が非常に少ない方は、足の筋肉などが委縮してしまい、歩行などに困難をきたす廃用症候群をきたしてしまいます。嚥下や発声にも、同じように廃用症候群は起こります。長期に嚥下しなかった方は、嚥下機能が廃絶してしまうのです。
廃用症候群はどの程度の運動不足で起きるのか、試された実験があります。1960年にデンマークで行われた「寝たきり実験」では、健康な若者(軍人)5人を20日間ベッドに寝たきりにさせた結果、心臓の容積10.5%減少、心臓の一回拍出量は安静時で10.5%減少、運動時では28.7%減少しました。また運動耐用能(体力)の指標である最大酸素摂取量は27.3%もの減少が認められました。そのほか、筋力は、1日に3~6%ずつ低下し、20日で約50%減少し、骨は、23.5%減少し、関節の一部では関節拘縮を起こしていました。これらの機能を正常に戻すために、1日2時間のリハビリで5週間の訓練を要したとのことです。その後の調査にて、上記の寝たきり実験時の結果は、彼らが40年後に測定した体力と合致しました。すなわち、20日間の寝たきり生活は、体力を40年間分衰えさせてしまうのです。
呼吸能力は、肺だけでなく、心臓と骨格筋によって支えられています。この三つの歯車がうまく回ることで、正常な呼吸は支えられています。運動選手を例に上げますと、これらの機能をすべて鍛えるようにトレーニングに励んでいます。
呼吸能力が衰えてしまった場合、どれか一つを何とかするのではなく、すべてのものを同時に強化する必要があります、腹筋や足の筋肉を鍛えること、継続的に歩行訓練を行い、心肺機能を同時に鍛えることで、筋肉にエネルギーを供給するミトコンドリアの増加にもつながります。肺自体を鍛えることはできないのですが、肺自体の術後のダメージから回復するまで、しっかりとした呼吸方法と排痰訓練を行い、肺機能へ及ぼす悪影響を取り除きます。また時として、肺の酸素の取り込み能力が、体の必要量に追いつかない場合には、(在宅)酸素療法を取り入れます。運動時や安静時に必要な酸素を供給し、脳や心臓など特に酸素が必要な臓器のダメージを防ぎます。
術前で患者さんにお伝えしている最も重要なことは、呼吸を整えること、痰を出さないことの危険性を知る事、痛くない起き方を会得すること、の3点になります。
短い時間にたくさん呼吸すると疲れてしまい、かえって悪影響が出てしまいます。そのため、息切れを整えて、呼吸困難を予防・軽減しながら体を動かすようにしていただきます。そうすると、1分間当たり1~2回の呼吸回数が少なくできます。
この方は、首や肩の筋肉を使った呼吸をされています。これは疲れやすく、酸素を取り込みにくいのです。結果的に、息切れが生じやすく、さらに浅く速い呼吸を招いてしまいます。そうすると、ますます息切れが強くなる悪循環になってしまいます。
理学療法士は、呼吸方法を伝えるだけでなく、患者さんの呼吸を評価し伝え、より良い呼吸方法をお伝えしています。しかし、「余計に苦しいです・・・」と言われてしまうこともあります。下記4つのポイントを念頭に、私たちは患者さんにお話をするようにしています。
術後に息切れを起こしやすい人は、苦しくなると息を吸うことばかりに意識が行きやすいのです。息をしっかり(楽に)吐いて、空気を出し、良い空気と入れ替えるイメージをつけることが重要です。苦しい時ほど、しっかり吐く意識をもてるように、術前よりお伝えしています。ハァー、ハァー、と息を切らして歩いている方は、改めてこれらに注意してみてください。
術後に息切れを起こしやすい人は、苦しくなると息を吸うことばかりに意識が行きやすいのです。息をしっかり(楽に)吐いて、空気を出し、良い空気と入れ替えるイメージをつけることが重要です。苦しい時ほど、しっかり吐く意識をもてるように、術前よりお伝えしています。ハァー、ハァー、と息を切らして歩いている方は、改めてこれらに注意してみてください。
まず普通に咳をしていただきます。続いて、おなかを軽く手で押さえていただいて咳をすると、胸の圧が痰を出す方向に力が加わります。たったこれだけで、より有効な痰の喀出ができるようになります。また、痩せている方でおなかを押さえても効果が薄い方は、枕を使用するとより良いです。優しくおなかを圧迫でき、効果的な咳がしやすくなります。枕を当てながら深く息を吸って、一度止めて咳をすることで、咳をするタイミングが取りやすくなり、気道内圧を上げて効果的な痰の喀出ができるようになります。
普通通り仰向けから起き上がろうと思っても、実際は痛みで思うようにいきません。これは、腹筋を使い、全身に力を入れて行う動作なので、体幹に力を入れることで痛みが増してしまうのです。一度横を向くことで、腕や足のサポートを得て、創部をかばって立ち上がることができるのです。自宅では、お布団よりベッドの方がより楽に行動できるので、ベッドがない方は一時的にでも介護ベッドの導入を検討されると良いと思います。
主に評価しているのは、筋力・バランス・歩行能力です。
術前に身体機能を評価する理由は、手術後の目標が、術前と同レベルの水準の生活に戻ること、になるからです。そのため、術前の身体機能を評価し、同水準、もしくは近いところまで戻っていることが確認できたら、今までと同じように社会生活を送ることを勧めています。
ともにカットオフ値、年齢平均などが明確にされています。筋力は、運動耐用能と相関しているため、筋力が著しく弱い方は、不良な予後と相関しています。短い時間での筋力改善は難しいですが、現状を客観的に評価し、手術後の回復目標とするのです。
片脚立位を行っていただき、30秒達成を目標にしています。
6分間、普通通りに歩行していただき、歩行できた距離を見ます。年齢性別ごとに基準値があり、これも良くない結果は長期的な予後と関係しています。
退院時指導は、どのような運動を、どのくらい行うかをアドバイスしています。
これは難しいことではなく、続けられる運動(種類)を、適切な負荷で、続けられる時間や頻度で行うことです。
では、適切な運動とはなにか?ですが、有酸素運動をお勧めしています。これは、体力の4-6割程度の力でできる運動で、すなわち会話しながらでも息切れしないくらいの運動です。もっとも簡便でお勧めなのは、「歩く」ことになります。決して頑張って階段を駆け上ったり、激しい筋トレをしたりすべきではありません。これらは、通常レベルの運動能力が戻ったのちにチャレンジを検討すべきものです。
適切な負荷のレベルも一般に示されており、ボルグスケールの図が一つの目標となります。
歩くことも、漫然と行うより、幾つかのチェックすべきポイントがあります。ますは1日の平均歩数を確認することから始め、平均歩数を維持しながら、+500~1000歩を目標にしていくことです。どのくらい歩いたかを、カレンダーに付けておきましょう。もちろん天気が悪かったり、ひどく調子が悪かったりする時にはお休みしても良いのです。しかし、続けて休んでしまうと、気持ちも体もまた及び腰になってしまいます。
普段から脈拍・酸素の値チェックしておくことも重要です。最近では体の酸素濃度を測る器械も容易に手に入るようになりました。脈と酸素濃度の数値を図り、これが大きく変動しない程度の運動負荷からまず始めましょう。酸素濃度が容易に90を切るようだったり、脈が120-130を超えたりするような場合は、一度医師にご相談ください。
術前の理解や、退院時の指導が悪いと、負の連鎖に入ってしまいます。頑張って動きすぎてしまう方は、かえって体力低下に繋がりかねないため、患者さんの性格に合った指導が必要です。どちらかというと、動きすぎる患者さんより動かない患者さんの方が多いのは間違いありません。負の連鎖に入ってしまった方でも、やはり大事なのは散歩することに尽きます。そのため、しっかりと痛みを管理し、栄養を取り、十分な睡眠をとることが必要なのは言うまでもありません。
理学療法士の人達って何をしているの?病棟で行っているリハビリで、適切な改善に至らなかった場合や、看護師だけでは困難が予想される場合に、リハビリのプロとして、患者さんのリカバリー(再リハビリ)を行っています。でも実は、今までお話ししてきた内容を「きちんと評価し」「適切に伝え」「適切な運動方法を伝えている」だけなのです。時代は、低侵襲・早期退院の時代へ変化し、入院期間も非常に短くなっています。従来のような、期間の節目的な考え方ではなく、退院のゴールを見据えた、節目のない介入ができればよいと思っています。受け持った患者さんの、何に注意すれば良いか、何をすれば良いかを、私たちが評価し、入院時から支援することで、患者さん自身が自律できる生活を目指す、ことのお手伝いができればと思っています。