言語聴覚士のサポート


1.言語聴覚士について

 言語聴覚士とは、発声によるコミュニケーションに問題がある方に、評価し機能回復訓練を行うことで、より自分らしい生活を送れるよう支援する専門職です。発声は喉頭で行われるため、喉頭の機能である嚥下にも深く携わります。肺がん領域では、反回神経麻痺に伴う種々の症状、すなわち嗄声や嚥下障害を起こした患者さんのサポートに携わっています。


2.喉頭機能と肺がん

 人が会話するときの声は、のどに奥にある声帯で音声を作っています。声帯は左右があり、反回神経で脳から直接指令を受けて動いています。声帯の奥にある気管や肺から空気を体外に出すことに合わせて、左右の声帯が広がったり狭まったりすることで声を作り出しています。また食べ物を飲み込むときにはこの声帯がぴっちりと閉まることで、食べ物が気管や肺に落ちること(誤嚥と言います)を防いでいます。慌てて物を飲み込んだりすると、この声帯がうまく連動できず誤嚥を軽く起こして、むせ込みとして症状が出てしまいます。高齢の方は普段からむせ込みが多くなり、誤嚥や、誤嚥性肺炎の頻度が増してしまうのですが、これは加齢により喉頭機能が落ちることが原因なのです。

 肺がんの場合は、この声帯を動かす反回神経が、腫瘍や転移リンパ節からの直接浸潤で障害されたり、手術中の操作によって障害を受けたりすることで、症状が出てしまうことがあります。

声帯の説明図

 脳神経の一つである迷走神経は、頚部から胸郭まで下りていきます。声帯を動かす反回神経はこの迷走神経の枝ですが、右は腕頭動脈、左は大動脈弓の下で反転して上行し喉頭へ向かいます。左側では反回神経の走行が長いため、また左肺がんのリンパ節転移が起きやすい位置に隣接するため、反回神経麻痺は左側の頻度が多いです。

反回神経の走行の図

3.ファイバースコープによる声帯運動の確認

 正常声帯運動であれば吸気時には外転運動で声帯は開き、嚥下時や発声時には内転運動で声帯は閉じます。しかし、反回神経麻痺により声帯麻痺が出現すると声帯の内転運動は働かず間隙を認めます。この所見はファイバースコープで確認する事ができます。

声帯の動きの観察の図

 鼻腔を通り、上咽頭、中咽頭と確認していきます。その後下咽頭を観察、声帯の運動を確認していきます。この検査の利点は、咽喉頭の感覚や組織、粘膜の評価が行えること、唾液誤嚥や唾液貯留の有無が確認することができます。合わせてストロボスコープという検査機器を使用することで声帯運動時の粘膜波動の様子も確認できます。


4.嚥下評価の実施基準

 嗄声を認めた患者さんに対しての嚥下評価の基準と流れを表に示します。嗄声の出現有無が最初の鍵となります。嗄声がなければトロミなしの水分で評価し飲水開始します。嗄声を認める際にはまずはトロミ設定で飲水評価し、問題の有無で嚥下造影検査 VF(Videofluoroscopic examination of swallowing:通称VF評価) を施行し、その結果に基づきその患者さんの飲水開始時の設定を行います。術後1週間は嗄声が出現する可能性が高いため、経過を観察していくことが必要です。

嗄声を認めた患者さんに対しての嚥下評価の基準と流れの表
嗄声を認めた患者さんに対しての嚥下評価の基準と流れの表の図
※VF嚥下造影検査、 ST言語聴覚士
※術後1週間は嗄声が出現する可能性が高く、増悪時には速やかに画像評価を実施する
※反回神経損傷では誤嚥時の反射的ムセは低下するため、ムセの有無を指標としない

5.事例紹介

 60代、男性。左上葉肺癌で左上葉切除リンパ節郭清後、術後3年で縦隔リンパ節再発を来し、左反回神経麻痺が出現し、高度の嗄声が発生しました。分子標的薬単剤による治療を開始しましたが、会社経営者であり、日常的に社員や取引先との会話が必要なため、状況改善目的に言語聴覚士に依頼がありました。

初回評価
音声:嗄声重度 G3R2B3A0S0 有声音なし
嚥下:唾液レベルでの咳嗽あり
飲水:5㏄トロミなし水分咳嗽あり
食事:固形レベルの摂取は可能

リハビリ開始前

 嗄声症状は重度であり、唾液嚥下時の咳嗽や会話時にも頻回に咳嗽がみられていました。固形物での誤嚥所見はみられませんでしたが、トロミなし水分は嚥下困難であり、トロミ指導を行い退院、その後外来にて音声訓練を開始していきました。
頭頸部外科診察にて声帯麻痺の固定位置は左声帯麻痺・中間位固定の診断となっております。

ファイバースコープ所見
ファイバースコープ所見
中間位での左声帯の固定あり

 リハビリ内容としては、口腔顔面運動、発声練習(単音・短文・新聞や雑誌の音読)、呼吸訓練(腹式方法)、嚥下訓練(トロミ指導・栄養補助食品紹介)を行いました。
リハビリ開始後、月1、2回の頻度で実施していきました。

リハビリ開始後1ヶ月


リハビリ開始後2ヶ月

 訓練開始時に音声障害の改善過程についてお伝えしてきましたが、症状の変化が大きくは見られないことや抗がん剤の影響による味覚障害、会話時の呼吸苦などの訴えも強く、また会社での訓示を述べる際に酸欠やめまい発作、失神症状がみられていました。それでも粘り強くリハビリを続けていただき、経過4ヶ月を過ぎた頃から高音有意の発声が可能となりました。訓練開始半年経過時の音声です。訓練当初は1秒程度の持続発声が10秒可能となっています。

リハビリ開始後3ヶ月

 翌月にはリハビリ終了いたしました。前月に比べ発声時の揺らぎが消失しています。長文音読も安定しています。

リハビリ終了直後

 この訓練期間、薬物療法継続による味覚障害による食欲低下も著しく、体重減少も著明であり栄養指導を合わせて実施し栄養補助食品を紹介しました。外来終了8ヶ月後に再度リハビリ依頼あり、訓練再開いたしました。初回時に比べさらに発声も困難であり、食欲低下、体重減少が著しい状況でした。

リハビリ終了8ヶ月後

 そのため、嚥下機能や発声の改善も含め音声外科手術についてご本人へ提示、呼吸器内科医師に状況を説明、紹介状作成依頼し、今年3月に手術施行し、言語聴覚士による介入は終了しました。終了時の音声になります。

再リハビリ終了時

6.言語聴覚士による、音声障害の改善のサポート

 反回神経麻痺の自然回復には、文献等からも一般的に3~6ヶ月時間を要す、と言われております。また反回神経切断例では自然回復は見込みにくいとされています。音声外科手術はリハビリ開始後半年から適応となります。

 今回の事例も再度音声障害が出現した際に、食事や仕事への影響も大きく精神的な面でも落ち込みが大きくみられている状況でした。担当医に相談した当初、回復は見込めないので音声外科外来の紹介はできないと断られましたが、主治医を粘り強く説得し、手術を施行することができました。


 音声障害は「声が出ない」ため、発声をすることを拒む患者さんが少なくないです。そのため発話機会を多く取り入れるよう、リハビリ開始段階から強く指導しています。回復には時間がかかるため、根気強く、精神的なサポートも続ける必要があります。回復が不十分な方も、音声外科手術により改善を見る方も多くおられます。一方、肺がん治療の経過の中で、食事摂取や就労などの社会生活に支障をきたしている方は潜在的に少なくありません。このような患者さんに対し、言語聴覚士が関わる機会をより増やして行きたいと思っております。

リハビリテーション科のスタッフ写真
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