近年、がん医療の均霑化や個別化医療の推進が求められているが、その目的を果たすにあたり診断の質の向上が重要である。病理診断は大きく組織診断と細胞診断に分かれるが、組織診断に比し、細胞診断は低侵襲性で、感染性微生物の同定が可能であり、腫瘍性病変の良性悪性の判定を迅速に診断できる可能性がある。また、近年分子標的治療として肺腺癌ではゲファチニブが使用され、その効果予測としてEGFR遺伝子の変異が検索されるが、細胞診検体を用いて分子生物学的に検討することに利用できることが示されている。細胞診断法はこのように多くの優れた点を持つ診断方法である。
気管支鏡擦過細胞診において、従来から擦過塗抹法(以下、従来法)が用いられてきた。
その目的としては1)腫瘍の場合、その良悪の判定と推定組織型の決定、2)感染性が疑われる場合、微生物の検出、3)悪性腫瘍である場合、治療薬の選択のための遺伝子解析の試料とすること、が挙げられる。しかし従来法には1)キュレットを弾くことによる感染の危険性、2)細胞診検体として乾燥によるartifactが出やすいこと、3)異型細胞が少数の場合に診断が難しいこと、4)遺伝子解析等に適切な材料が採取できない場合があること、5)採取したすべての材料がスライドガラスに添付できないこと、などの改善が望まれる点がある。
図1 | 例示する。図1は従来法で行われる標本作製の1例である。気管支鏡施行後、キュレットを事前に配置したスライドグラスの上でピンセットを用いてキュレットをはじき、細胞をスライドグラス上に蒔く。この方法での大きな問題点としては病巣が結核などの感染巣であった場合、微生物を周囲にまき散らす恐れがあることである。 |
図2 | 図3 |
図2は塗抹法による弱拡大像を示す。採取された細胞が広くかつ不規則にガラス表面に塗布されている。観察範囲が広くなり、検鏡時間が増加する理由となる。図3は塗沫法による標本の強拡大像である。右1/3には観察可能な細胞が認められるが,それより左側の細胞は乾燥により細胞の評価が困難となっている。
欧米では近年、婦人科細胞診領域においてガラス面への直接塗抹ではなく、採取検体を一度液状検体化してから処理し、均質な検体を作製している。日本でも平成21年からBethesda systemの導入に伴い、婦人科領域ではLBC自動標本作製装置が浸透しつつある。しかし、非婦人科領域において、まだ十分な診断ツールに成熟していない状況である。そこで1)従来の方法に劣ることのない検査精度を持った方法であること、2)検査工程の質が高いこと、3)実務工程に組み込むことが可能で、今後の検体数増加にも対応でき、かついずれの施設でも導入可能であること、4)更に通常の形態診断のみならず、個別化のための細胞生物学的検索に応用できる内容を持つものであること、の4点を重点目標として、LBC法が塗沫標本作製法の欠点を補う方法として呼吸器細胞診断に応用可能か検討してみた。
検体作製の手順を示す。
1)細胞採取は内視鏡室において行う。
2)LBC法はキュレット先端をLBC用細胞採取液に浸し、ボルテックスをかけて強制的に細胞を遊離させる。(図4、5)
3)次に、細胞診用遠心装置(サイトテック)を用い、プレパラート上に貼り付けた。(図6)
4)Papanicolaou染色、Giemsa染色等を行う。
図4 | 図5 | 図6 |
従来法と比較したLBC法による細胞診像を提示する。解答、解説は後述する。
問題1. |
問題2. |
問題3. |
問題1.腺癌。LBC法で若干の胞体の厚みがでているが、従来法とLBC法で大きな差は認められない。
問題2.扁平上皮癌。核中心性の細胞集塊が観察され。従来法とLBC法に核所見に大きな差は見られない。
問題3.小細胞癌。両方法ともにロゼット様配列が観察され、LBC法においても構造的特徴が捉えられる。
LBC法は従来法と同等の判定結果を有し、検鏡範囲が狭まることで観察時間がかなり短縮され、その分集中力が持続しやすく、精度向上が期待される。また、費用対効果の面では、条件にもよるが、LBCが従来法に比し、検鏡時間短縮分、人件費が下がり安価となる可能性がある。診断コストの面からも薦められる方法である。
今回作製した本文およびアトラスが教育的側面の充実や技術普及に役立てば幸いである。
なお、本内容についてはかながわ県立病院がん基金(平成21年度。液状細胞診法の肺がん診療への導入、実用化、および応用 (2) -普及に向け)を受けていることを最後に記述する。