小分子・中分子医薬開発
RAB7Bを標的としたCRISPR-Cas13法(RAB7BガイドRNA)を用いたPMD型モデル細胞の細胞病態の軽減について
CRISPR/CasRx-Mediated Knockdown of Rab7B Restores Incomplete Cell Shape Induced by Pelizaeus-Merzbacher Disease-Associated PLP1 p.Ala243Val
Neurosci Insights. 2024 Sep 13;19:26331055241276873.
大脳白質形成不全症(Hypomyelinating leukodystrophy [HLD])はペリチェウス・メルツバッヘル病(Pelizaeus-Merzbacher disease [PMD])のplp1を第1原因遺伝子とし、現在27種類(26種類とする考え方もある)まで疾患が原因遺伝子ごとに分類されています。これらは他の遺伝性の疾患とともに国立生物工学情報センター(NCBI)がサポートする遺伝子バンクに登録されています。
大脳白質形成不全症の原因遺伝子はこのように急速に増えましたが、その疾患原因については不明な点が多く、未だに解明すべき点が多く残されています。疾患細胞の基礎研究だけに焦点を絞っても、既に提唱されている疾患誘導のメカニズムである「遺伝子変異が遺伝子産物(タンパク質)を凝集させ、小胞体やゴルジ体ストレスを惹起する」という説だけではHLDの細胞病態を説明できないようです。しかし、HLDの「タンパク凝集からの小胞体ストレス誘導」説は重要な病態メカニズムのひとつであることは確かなようです。
そこで福島ら(東京薬科大学)はペリチェウス・メルツバッヘル病変異(PLP1タンパク質の変異)を由来とした小胞体ストレスを軽減することでPMDの細胞病態を改善する新たな手法について研究を行いました。その結果、RAB7Bをコードする遺伝子のガイドRNA(gRNA)が小胞体ストレスを軽減し、モデルとなる細胞の病態を改善することを明らかにしました。このgRNAはCRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)-Cas13という技術のなかで用いる小さなRNAです。CRISPR-Cas13法を用いることで標的となるRNAのRNA編集(本年のノーベル医学生理学賞となった内在性のRNA干渉で有名になったRNAのノックダウンの別名です)を行うことができます。
その改善メカニズムに関して述べますと、RAB7Bをノックダウンすることで小胞体に蓄積した変異型PLP1をリソソームに効率的に輸送できることにあるようです。RAB7Bは小胞体輸送経路をブロックする役割をもっていることも明らかになりました。細胞内の過剰なブロック機構を緩和することが小胞体中のタンパク質蓄積を減少させる可能性が示唆されました。
今後、これらの事象を、PMD型変異を有する疾患モデル動物を利用して研究を行い、生体レベルにおける疾患研究と創薬研究(gRNA創薬)への橋渡しをすることが望まれています。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39280331/
大脳白質形成不全症の細胞病態の原因のひとつとしてのゴルジ体ストレスとその軽減方法
Emerging Evidence of Golgi Stress Signaling for Neuropathies.
Shirai R, Yamauchi J. Neurol Int. 2024 Mar 7;16(2):334-348.
ペリチェウス・メルツバッヘル病におけるplp1を第1責任遺伝子とした大脳白質形成不全症(Hypomyelinating leukodystrophy type 1、HLD1)は、現在まで27種類の責任遺伝子が同定されている。ただし、HLD3を大脳白質形成不全症とするかどうかに関しては議論の余地があり、26種類という考え方もある。
HLD1の多くの細胞病態はPLP1をコードする責任遺伝子の重複によって、その産物(PLP1タンパク質)が過剰に発現し、タンパク質生合成経路を構成する小胞体でストレスが惹起されることによるものであると考えられている。実際に小胞体ストレスを軽減すると細胞のみならずモデルマウスにおいてもHLD1病態が減弱することが分かっている。
広義の意味で、小胞体ストレスはオルガネラ(細胞内小器官)ストレスとよばれ、現在ではタンパク質生合成経路の一員であるゴルジ体やリソソーム、未同定の小胞(例えばRab35陽性小胞などと細胞内マーカーが基準となり簡易的に命名されている)などのストレスに関係するシグナルが神経変性症において注目されつつある。
大脳白質形成不全症の細胞病態の原因にひとつにゴルジ体の機能不全もあげられ、そのストレスシグナルが細胞病態を引き起こす可能性が示唆されている。本総説では、広く神経変性症とゴルジ体ストレスを扱うとともに、大脳白質形成不全症の病態のひとつの可能性としてゴルジ体ストレスを取り上げている。また、その軽減方法としていくつかのフラボノイドなどの可能性も指摘している。
小胞体ストレスとゴルジ体ストレスなどの広い視点からの細胞病態の改善研究が望まれるかもしれない。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38525704/
大脳白質形成不全症責任遺伝子産物としてのSLC35B2とその低分子創薬の可能性
Biallelic variants in SLC35B2 cause a novel chondrodysplasia with hypomyelinating leukodystrophy
Guasto A, et al. Brain. 2022 Oct 21;145(10):3711-3722.
plp1を第1責任遺伝子とした大脳白質形成不全症(Hypomyelinating leukodystrophy [HLD])は次世代型塩基配列決定法(次世代シークエンシング)で責任遺伝子が次々と明らかにされています。ペリチェウス・メルツバッヘル病はplp1を責任遺伝子とした疾患名称として残っています。その後に発見された責任遺伝子は順番に番号がつき全部で27種類(26種類とする考え方もあります)あり、それぞれHLD2やHLD27のように疾患名と番号名で記載されます。しかし、アメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)で本疾患情報が統合されていますが、遺伝子解析の速度が速いため、本疾患の統合や分類および病態生理学的な性状の解析が追いついていません。
プロテオグリカンは、主にゴルジ体に局在する膜結合硫酸転移酵素によって共有結合したグリコサミノグリカン鎖に硫酸を付加することにより、硫酸化で修飾された糖型有機高分子です。この硫酸基は3'-ホスホアデノシン 5'-ホスホ硫酸(PAPS)シンターゼによって合成されたPAPSに由来します。このPAPSは細胞質にあるためSLC35B2とSLC35B3とよばれるトランスポーターでゴルジ体内に入る必要があります。
SLC35B2をコードする塩基配列のうちの2塩基が削除されたため生じるHLD26はSLC35B2の機能欠失によると考えられています。この場合、細胞生物学的にはゴルジ体内に浸潤できるPAPS誘導体を化学合成することでSLC35B2の機能欠失を補うことが予想されています。
今後、HLD26が機能欠失でおこるのかどうか、なぜそれが髄鞘形成不全を誘導するのかが研究の焦点になると考えられます。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35325049/
大脳白質形成不全症責任遺伝子産物の生化学的特性のまとめ
Molecular Pathogenic Mechanisms of Hypomyelinating Leukodystrophies (HLDs).
Torii T, Yamauchi J. Neurol Int. 2023 Sep 11;15(3):1155-1173.
ペリチェウス・メルツバッヘル病のplp1を第1責任遺伝子とした大脳白質形成不全症(Hypomyelinating leukodystrophy [HLD])は、次世代塩基配列決定法(次世代型シークエンシング)で責任遺伝子が次々と明らかにされています。現在HLDは責任遺伝子ごとに分類され27種類あります(26種類とする考え方もあります)。アメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)で本疾患情報が統合されていますが、次世代型シークエンシングによる遺伝子解析の速度が速いため、本疾患の統合および分類が追いついていません。
疾患原因の多くはアミノ酸が変異(点変異)を起こしオリゴデンドロサイトの髄鞘形成不全を引き起こすと考えられていますが、そのメカニズムには不明な点が多くあります。
本総説では疾患変異をもつ責任遺伝子産物(タンパク質)が(1)細胞内小器官(オルガネラ)に異常凝集すること(2)それぞれの遺伝子変異によって凝集する細胞内小器官が異なること(3)その凝集箇所が必ずしも細胞膜をもつ細胞内小器官ばかりではないこと(4)液-液相分離型凝集を起こす可能性があることを指摘しています。またタンパク質凝集による細胞内小器官の機能低下による可能性も指摘しています。
今後、それぞれのタンパク質凝集がなぜ髄鞘形成不全を誘導するのかが研究の焦点になると考えられます。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37755363/
13型大脳白質形成不全症責任遺伝子としての変異型hikeshiがコードするタンパク質の性状について
Defective oligodendrocyte differentiation by hypomyelinating leukodystrophy 13 (HLD13)-associated mutation of Hikeshi
Miyamamoto Y. et al. Mol Genet Metab Rep. 2023:37:101017.
世界最大の基礎医学情報サイト(NCBI)のなかのOMIMサイトによるとによると、大脳白質形成不全症(Hypomyelinating leukodystrophy [HLD])は責任遺伝子ごとに26種類(第3責任遺伝子は現在大脳白質形成不全症に含有できない可能性があるため25種類という考えもあります)に分類されます。これは欧米の分類ですが、毎年増加傾向にあります。
そのなかで、HLD13と命名された大脳白質形成不全症はHIKESHIとよばれるタンパク質の変異が原因となります。このタンパク質はヒートショックプロテイン(熱ショックタンパク質、HSP)という一群の他のタンパク質の構造維持や保護に関わるタンパク質ですが、HIKESHIはこれらの機能に加え、HSP70ファミリーの数種類のHSPの核移行を補佐する機能を有しています。現在では熱ショック時にかかわらず、HIKESHIはHSP70ファミリーを核移行させ、細胞保護に重要な役割を示すことが分かってきました。
当該研究では、HLD13変異をもつHIKESHIが(1)上述の核移行補佐機能が消失すること(2)一部凝集することが明らかにされ、この核移行補佐機能を促進できる薬物がHLD13型変異細胞を回復される可能性があることが指摘されました。
今後、オリゴデンドロサイト発生におけるHIKESHIタンパク質のさらなる役割が解明され、その機能を促進できれば髄鞘形成能が促進されるのかが研究の焦点となります。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37965292/
大脳白質形成不全症責任遺伝子としてのtmem63aがコードするタンパク質の構造的な創薬標的について
TMEM63 proteins function as monomeric high-threshold mechanosensitive ion channels
Zheng W, et al. Neuron. 2023;111(20):3195-3210.e7.
大脳白質形成不全症(Hypomyelinating leukodystrophy)は責任遺伝子ごとに分類されますが、1型大脳白質形成不全症(ペリチェウス・メルツバッヘル病)のplp1を第1責任遺伝子とした場合、現在まで、その数は26種類(または議論中のHLD3責任遺伝子を除外して25種類)あると言われています。このような分類の多さは、次世代型塩基配列決定法(次世代型シークエンシング法)の進歩によるもので、年間数個のペースで新しい責任遺伝子が明らかにされています。
多くの疾患原因として、それぞれの遺伝子産物(タンパク質)を構成するアミノ酸が変異すること(点変異)があげられています。その結果として、オリゴデンドロサイトの髄鞘形成能が低下し、その形成不全が誘導されると考えられています。しかし、なぜこれらの疾患変異が髄鞘形成不全にかかわるのか、構造的にも機能的にも未解明な点が多くあります。
ハーバード大学大学院医学研究科のホルト博士(Prof. Jeffrey Holt)らの研究グループは、HLD19の責任遺伝子産物であるTMEM63Aの立体構造と、その類似タンパク質であるTMEM63Bの立体構造をクライオ電子顕微鏡という技術を用い明らかにしました。TMEM63Aに関しては3.6オングストロームという結晶解析技術(古典的な技術ですが、きわめて解像度が高いものです)に近い高解像度の解析を行うことに成功しました。
TMEM63Aは、侵害受容器タンパク質(機械や温度および化学感知受容器を構成するタンパク質群)に近い機械的刺激を感知するメカノセンサーであることが明らかにされ、疾患変異がメカノセンサーの機能喪失を引き起こす可能性を指摘しました。ホルト博士らは、疾患変異による構造の「揺らぎ」を回復できるような低分子化合物をインシリコで(コンピューターを用いるなどして)同定できれば、疾患原因をタンパク質の構造に基づいて治せる可能性があると期待をよせています。
今後、オリゴデンドロサイト発生におけるTMEM163タンパク質の役割が解明され、その機能を促進できれば髄鞘形成能が促進されるのか、研究の焦点となります。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37543036/
ペリツェウス・メルツバッヘル病の細胞病態を引き起こす小胞体ストレスをRNA干渉法で改善する研究
Knockdown of Rab7B, But Not of Rab7A, Which Antagonistically Regulates Oligodendroglial Cell Morphological Differentiation, Recovers Tunicamycin-Induced Defective Differentiation in FBD-102b Cells
Fukushima N, et al. J Mol Neurosci. 2023 Jun;73(6):363-374.
大脳白質形成不全症のプロトタイプ遺伝子であるplp1(プロテオリピッドタンパク質をコード)は、その遺伝子の重複や変異が主な原因でペリツェウス・メルツバッヘル病(PMD、現在ではHLD1ともいう)を引き起こします。その細胞病態は、疾患生物学的には小胞体型オルガネラ・ストレス(細胞内小器官ストレス)が直接的原因であるとされています。
福島(東京薬科大学)らは、オリゴデンドロサイトのモデル細胞株FBD-102bで小胞体ストレスを薬理学的に誘導し、それをsiRNAで改善したので報告します。まず、小胞体ストレス誘導剤であるツニカマイシンをFBD-102b細胞に処理すると典型的な小胞体ストレスによる細胞分化不全を誘導しました。次に、この状態の細胞に人工的に分解耐性を増加させたRab7BのsiRNA(RNA干渉法)を導入しました。結果として、siRNAで小胞体ストレスの減弱と細胞分化の促進作用が観察されました。
この細胞生物学的な研究の背景にはオリゴデンドロサイトの細胞分化阻害因子と小胞体ストレス改善の探索研究があり、Rab7Bという現在のところ機能未知の低分子量GTP結合タンパク質がその因子のひとつであることを突き止めたことにあります。
以上の結果から、PMDの「新しい創薬標的分子とRNA創薬」への基盤研究が「達成された可能性がある。しかし、これからPMDの疾患モデル動物での研究を推進し、生体レベルにおける創薬研究への橋渡しをすることが望まれます。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37248316/
大脳白質形成不全症責任遺伝子としてのtmem163の同定とその改善標的候補について
Variants in the zinc transporter TMEM163 cause a hypomyelinating leukodystrophy
do Rosario MC, et al. Brain. 2022 Dec 19;145(12):4202-4209.
ペリチェウス・メルツバッヘル病のplp1を第1責任遺伝子とした大脳白質形成不全症(Hypomyelinating leukodystrophy)は、現在のところ、責任遺伝子ごとに分類され26種類(25種類とする場合もある)あります。このように、次々に次世代塩基配列決定法(次世代型シークエンシング法)で責任遺伝子が明らかにされてきています。また、疾患原因の多くは、それぞれのアミノ酸が点変異(アミノ酸変異)をおこすことで、オリゴデンドロサイトの髄鞘形成不全を引き起こすと考えられています。
HLD25はその25番目にtmem163を責任遺伝子とし、アメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)がサポートする遺伝子バンクに登録されたHLDです。これもTMEM163タンパク質の点変異が疾患と相関関係をもつことが指摘されています。TMEM163タンパク質は細胞内の亜鉛イオンを排出する役割をもっていると推定されていますが、未だにその機能低下とオリゴデンドロサイトの髄鞘形成不全の関係性は不明な点が多いです。
今後、TMEM163タンパク質自体の役割が本当に細胞内の亜鉛イオンを排出することであるのかどうか、そしてもしその役割をキレート剤等で改善できれば髄鞘形成不全が回復するのかが研究の焦点となります。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35953447/
大脳白質形成不全症責任遺伝子としてのcldn11の同定とその変異形式
De novo stop-loss variants in CLDN11 cause hypomyelinating leukodystrophy.
Brain. 2021 Mar 3;144(2):411-419.
大脳白質形成不全症としてHLD22(22型、英語名でペリチェウス・メルツバッヘル病のplp1を第1原因遺伝子とした22番目の原因遺伝子という意味をもちます。)が、新たにアメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)がサポートする遺伝子バンクに登録されました。この遺伝子産物(遺伝子からできるタンパク質)がCLDN11です。HLD22はCLDN11の点変異が原因でオリゴデンドロサイトの髄鞘形成不全を引き起こすことが次世代塩基配列決定法(次世代型シークエンシング法)で明らかにされました。
この研究の重要な点は二点あります。一点目はCLDN11タンパク質がPLP1と同様の分子構造をもつことです。PLP1は細胞膜の脂質二重層を4回貫通する構造をもつのですが、CLDN11も同様の構造をもちます。この立体構造によってPLP1が髄鞘膜間で(ジャンバーなどの)ジッパー(チャック)のような機能をもつことが知られており、CLDN11も同様な機能が示唆されます。二点目はHLD22の変異形式です。それはタンパク質の翻訳が停止するストップ・コドンで変異がおき、CLDN11の末端側に疾患特異的なアミノ酸配列が付加されることです。つまり、疾患変異で「新たな」異常タンパク質ができたことになります。
今後、この異常タンパク質がなぜオリゴデンドロサイトの髄鞘形成不全を誘導するのかを明らかにする必要があると期待されています。またHLD22型変異を有する疾患モデル動物を作成し、モデルでの研究を行うことで、生体レベルにおける疾患研究と創薬研究への橋渡しをすることが望まれています。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33313762/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33991082/
大脳白質形成不全症HLD10の細胞病態の再現から分かったミトコンドリア異常について
Hypomyelinating Leukodystrophy 10 (HLD10)-Associated Mutations of PYCR2 Form Large Size Mitochondria, Inhibiting Oligodendroglial Cell Morphological Differentiation.
Torii T, et al. Neurol Int. 2022 Dec 16;14(4):1062-1080.
大脳白質形成不全症のHLD10(10型、英語名でペリチェウス・メルツバッヘル病のPLP1を第1原因遺伝子とした10番目の原因遺伝子という意味をもちます。)では、原因遺伝子産物であるPYCR2の点変異が原因でオリゴデンドロサイトの分化不全および髄鞘形成不全を引き起こすことが知られています。
HLD10においてはPYCR2タンパク質を構成する119番目または251番目のアミノ酸であるアルギニンがシステイン(R119CやR251C)に変異しますが、これらの変異は塩基性のアミノ酸がシステインというそれぞれ特徴的な官能基を有するアミノ酸の変異であるため、PYCR2タンパク質の構造的に重篤な変異であることが予想されていました。
鳥居(同志社大学)と白井(東京薬科大学)らは、これらの変異がどのようにオリゴデンドロサイトに影響するのかを明らかにするためにHLD10変異体を作成し、オリゴデンドロサイトの細胞株に導入しました。その結果、これらの変異体がオリゴデンドロサイトの分化を阻害することを明らかにしました。さらに、変異体発現細胞では巨大ミトコンドリアが形成され、細胞のエネルギーを産生する細胞内小器官(オルガネラ)であるミトコンドリアの呼吸能(プロトンイオンの取り込みに依存する酸化的リン酸化能)も極度に低下していることが判明しました。おそらくオリゴデンドロサイト内のエネルギー枯渇により、その分化異常がおきたため、HLD10を発症する可能性があることが示唆されました。
今後HLD10型変異を有する疾患モデル動物を作成し、モデルでの研究を行うことで、生体レベルにおける疾患研究への橋渡しをすることが望まれます。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36548190/
ヘスペリジン(みかんのフラボノイド)のよる炎症性サイトカインによる髄鞘分化阻害の緩和
Hesperetin, a Citrus Flavonoid, Ameliorates Inflammatory Cytokine-Mediated Inhibition of Oligodendroglial Cell Morphological Differentiation
Nishino S, et al. Neurol Int. 2022 May 31;14(2):471-487.
脳内の炎症が主要な原因と考えられている多発性硬化症(MS)またはその類似疾患は年々増加傾向にある病気です。最もよく分かっているMSのメカニズムとして、髄鞘を構成するタンパク質に対する自己抗体がオリゴデンドロサイトを攻撃し、脳内の炎症が誘導される(脳内で炎症性サイトカインとよばれるインターロイキン6や腫瘍壊死因子αがさまざまな細胞から放出され誘導される一連の炎症性反応)ことが知られています。しかし、炎症性サイトカインがどのようにオリゴデンドロサイトに影響を及ぼすかどうか、明らかにされていない。
今回、西野ら(東京薬科大学)は、インターロイキン6や腫瘍壊死因子αが直接的に培養されているオリゴデンドロサイトの分化過程(ミエリン様構造をとる形態変化)を阻害することを明らかにしました。つまり、脳内で、これらの炎症性サイトカインがオリゴデンドロサイトのミエリン形成を直接的に阻害する可能性が高いことが判明しました。さらに、これらの現象が、ミエリン形成を司る中核的キナーゼであるAktキナーゼが抑制されることでおこることも分かりました。また、ミカンの皮に多量に含まれるフラボノイドであるヘスペリジン(正確にはヘスペリチンとよばれ生体内代謝化合物)が炎症性サイトカインによる分化阻害やAktキナーゼの抑制を回復させることを明らかにしました。
以上、ヘスペリジンがMS発症時に放出される炎症性サイトカインによるオリゴデンドロサイトへの影響を緩和する可能性があり、今後のマウスレベルでの研究の進展が期待されると考えられます。くわえて、他のオリゴデンドロサイト疾患(遺伝性疾患など)の改善にもヘスペリジンが効果があるかどうかを明らかにする研究も重要かもしれない。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35736620/
SARS-CoV-2によるオリゴデンドロサイトの形態分化異常
CRISPR/CasRx-Mediated RNA Knockdown Reveals That ACE2 Is Involved in the Regulation of Oligodendroglial Cell Morphological Differentiation
Kato Y, et al. Noncoding RNA. 2022 Jun 6;8(3):42.
ACE2は心臓や腎臓などの末梢組織の細胞ばかりではなく、中枢神経系(CNS)の細胞にも広く発現がみられます。ACE2は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の侵入に必要な受容体で、コロナウイルス2が感染すると分解されることが知られています。
CNSにおけるSARS-CoV-2の標的細胞の1つはオリゴデンドロサイト(オリゴデンドログリア細胞ともいう)であることが知られています。オリゴデンドロサイトは髄鞘膜(または分化したミエリン膜ともいう)をつくり神経軸索を覆いますが、SARS-CoV-2の感染でこれらが壊れるという報告があります。今回、その崩壊のメカニズムの一端を解明したので報告します。
加藤ら(東京薬科大学)は、はじめにCasRxを介したgRNAまたはsiRNAによるACE2のノックダウンを行い、オリゴデンドロサイトの形態学的分化が促進すること、それに伴って分化およびミエリンマーカータンパク質の発現を増加することを見つけました。このことは形態学的分化におけるACE2の負の役割を示唆しています。また、ACE2の細胞内領域は活性化型であるGTP結合型のRasに結合し、細胞内のGTP結合型のRasの存在量の調節に関与していることを明らかにしました。実際に、ACE2のノックダウンで細胞内のGTP結合型のRasの存在量が増加することが分かりました。Rasがオリゴデンドロサイトの分化に正に関与するため、ACE2はRasの負の調節因子であることが考えらました。以上の結果から、ACE2は新たなRas結合タンパク質であり、その結合がオリゴデンドロサイトの分化を調節することが示唆されました。また、これらの知見がSARS-CoV-2がCNSに病理学的影響を引き起こす理由のひとつを提示する可能性があります。
文責 山内淳司
URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35736639/
大脳白質形成不全症HLD15の細胞病態の再現について
Hypomyelinating Leukodystrophy 15 (HLD15)-Associated Mutation of EPRS1 Leads to Its Polymeric Aggregation in Rab7-Positive Vesicle Structures, Inhibiting Oligodendroglial Cell Morphological Differentiation.
Sawaguchi S, et al. Polymers (Basel). 2021;13: 1074
大脳白質形成不全症のHLD15の原因遺伝子産物であるEPRS1(15型、英語名でペリチェウス・メルツバッヘル病のPLP1を第1原因遺伝子とした15番目の原因遺伝子という意味をもちます)は点変異が原因でオリゴデンドロサイトの分化不全(髄鞘化不全)を引き起こします。とくに途中でEPRS1タンパク質の翻訳が止まる変異(ナンセンス変異)は重篤であると考えられています。澤口ら(東京薬科大学)はインビトロでこの重篤型のHLD15型のオリゴデンドロサイトの病態(リソソームへのタンパク質凝集とそれに伴うリソソーム周囲のシグナル伝達の活性低下)とその分化不全を再現しました。とくにリソソーム周囲に存在するmTORシグナルの低下が細胞病態と直接的に関係することを明らかにしました。しかしながらHLD15型の疾患モデル動物が作成されておらず、モデル実験動物での実験を行っていないため、今後の生体レベルでの研究が望まれます。
文責 山内淳司
URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33805425/
イブプロフェンによる大脳白質形成不全症HLD8型細胞病態の改善効果
Hypomyelinating Leukodystrophy 8 (HLD8)-Associated Mutation of POLR3B Leads to Defective Oligodendroglial Morphological Differentiation Whose Effect Is Reversed by Ibuprofen
Sawaguchi S, et al. Neurol Int. 2022 Feb 16;14(1):212-244.
大脳白質形成不全症のHLD8の原因遺伝子産物であるPOLR3B(8型、英語名でペリチェウス・メルツバッヘル病のPLP1を第1原因遺伝子とした8番目の原因遺伝子という意味をもちます)は、その点変異が原因でオリゴデンドロサイトの分化形態などの不全を引き起こします。とくに途中でPOLR3Bタンパク質の翻訳が止まる変異(ナンセンス変異)は重篤であると考えられています。
澤口ら(東京薬科大学)は、インビトロで、HLD8型のナンセンス変異が原因でオリゴデンドロサイトの細胞病態(リソソームへのタンパク質凝集とそれに伴うリソソーム周囲のさまざまなシグナル伝達の活性低下)と分化不全が誘導されることを明らかにしました。また、それらが既存薬(既存化合物)のイブプロフェン(鎮痛薬)の添加で改善されることを見つけました。さらに、イブプロフェンの標的分子してリソソーム周囲に存在するmTORシグナル複合体の関与があることが分かりました。イブプロフェンによるmTORシグナルの再活性化が病態改善を惹起した可能性があると考えられます。
これらのメカニズムはPOLR3Aを原因遺伝子とするHLD7型のインビトロにおける研究と共通性が多く、今後のHLDの共通の創薬標的分子の解明の手助けになる可能性があります。
しかしながらHLD8型の疾患モデル動物が作成されておらず、実験動物へのイブプロフェンの投与実験が行われていないため、今後の生体レベルでの研究が望まれます。
文責 山内淳司
URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35225888/
イブプロフェンによる大脳白質形成不全症HLD7型細胞病態の改善効果
(Hypomyelinating Leukodystrophy 7 (HLD7)-Associated Mutation of POLR3A Is Related to Defective Oligodendroglial Cell Differentiation, Which Is Ameliorated by Ibuprofen) Neurol Int. 2021 Dec 22;14(1):11-33.
大脳白質形成不全症のHLD7の原因遺伝子産物であるPOLR3A(7型、英語名でペリチェウス・メルツバッヘル病のPLP1を第1原因遺伝子とした7番目の原因遺伝子という意味をもちます)は点変異が原因でオリゴデンドロサイトの分化不全を引き起こします。とくに途中でPOLR3Aタンパク質の翻訳が止まる変異(ナンセンス変異)は重篤であると考えられている。
今回、澤口ら(東京薬科大学)はインビトロでこの重篤なHLD7型のオリゴデンドロサイトの病態(アグリソームへのタンパク質凝集とそれに伴うリソソーム周囲のシグナル伝達の活性低下)とその分化不全を再現し、それらが既存薬(既存化合物)のイブプロフェン(鎮痛薬)の添加で改善されることを明らかにしました。また、この研究過程でイブプロフェンの標的分子のひとつとしてリソソーム周囲に存在するmTORシグナルであることが判明しました。つまり、イブプロフェンによるmTORシグナルの活性化が病態改善を惹起した可能性があると考えられます。
しかしながらHLD7型の疾患モデル動物が作成されておらず、モデル実験動物への投与実験を行っていないため、今後の生体レベルでの研究が望まれます。
文責 山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35076634/
ゴルジ体ストレス経路の軽減による大脳白質形成不全症HLD17による細胞病態の改善効果
(Knockdown of Golgi Stress-Responsive Caspase-2 Ameliorates HLD17-Associated AIMP2 Mutant-Mediated Inhibition of Oligodendroglial Cell Morphological Differentiation)
Neurochem Res. 2021 Sep 14.
大脳白質形成不全症症の責任遺伝子産物であるAIMP2(17型、英語名でペリチェウス・メルツバッヘル病を第一疾患とした場合はHLD17とよばれる)は、その点変異が原因でオリゴデンドロサイトの分化不全と、それに続く低髄鞘化を引き起こします。
今回、落合(東京薬科大学)らはインビトロでこの分化不全現象を再現し、AIMP2の疾患変異でAIMP2蛋白質がゴルジ体に集積し、結果としてゴルジ体ストレスが誘導されるが、それを減弱させると分化不全現象が改善できるということを報告した。
ゴルジ体ストレスは介在する分子により4種類の経路に分けられることが最近分かってきており、それらはキャスパーゼ2経路、Arf4経路、TFE3経路、HSP47経路と呼ばれる。今回、AIMP2の疾患変異でキャスパーゼ2経路のみが活性化され、それを阻害すること(キャスパーゼ2のsiRNAによるにRNA干渉実験)でゴルジ体ストレスが軽減されることが分かった。これらの知見で大脳白質形成不全症症の新たな細胞病因と改善の方向性が示唆された。しかしながらキャスパーゼ2のsiRNAも実験動物への個体投与では毒性が低くないため、今後の投与分子に関しての改良が望まれます。
文責:山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34523057/
https://link.springer.com/article/10.1007/s11064-021-03451-6
https://www.toyaku.ac.jp/lifescience/newstopics/2021/0225_4953.html
大脳白質形成不全症HLD13による細胞病態の再現とその疾患シグナルについて
(The Infantile Leukoencephalopathy-Associated Mutation of C11ORF73/HIKESHI Proteins Generates de novo Interactive Activity with Filamin A, Inhibiting Oligodendroglial Cell Morphological Differentiation.)
Medicines (Basel). 2021 Feb 1;8(2):9.
大脳白質形成不全症HLD13(ペリチェウス・メルツバッヘル病を第1責任遺伝子したときの第13番目の疾患名)は、その責任遺伝子の点変異が原因となり、本疾患を引き起こすと考えられています。
HLD13の責任遺伝子産物はC110RF73(またはHIKESHI)蛋白質で、疾患変異によりC110RF73蛋白質の機能が欠損すると推定されています。この蛋白質は熱などのストレス応答時に、細胞質から核へ熱ショック蛋白質(Hsp70)を輸送する機能をもつ重要な分子です。
今回、服部ら(東京薬科大学)は
- 疾患変異によりC110RF73蛋白質がオリゴデンドロサイト細胞内で凝集する
- インビトロでこのC110RF73疾患変異によるオリゴデンドロサイトの分化不全が誘導される
- この分化不全がmTORシグナルとよばれる栄養シグナルの低下によっておこる
ことを明らかにしました。
今後、これらの現象が動物(マウス)実験レベルで再現されるか明らかにすることで、さらなる病態に関係するインビボのシグナルを明らかにし、その治療薬候補の探索研究をするための土台を整える必要があります。
文責:山内淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33535532/
https://www.mdpi.com/2305-6320/8/2/9
バルプロ酸での大脳白質形成不全症HLD3による細胞病態の改善効果
(Rare Neurologic Disease-Associated Mutations of AIMP1 Are Related with Inhibitory Neuronal Differentiation Which Is Reversed by Ibuprofen.)
Medicines (Basel). 2020 May 6;7(5):25
大脳白質形成不全症の責任遺伝子産物であるAIMP1(3型、英語名でペペリチェウス・メルツバッヘル病を第一責任遺伝子とした場合はHLD3)は、その点変異が原因でまず神経細胞の成熟過程に異常をおこし、その結果オリゴデンドロサイトの分化不全を引きおこします。
今回、竹内と大倉ら(東京薬科大学)は(1)インビトロでこの神経成熟過程の不全を再現し(2)それをヒストン脱アセチルか酵素の阻害剤であり気分障害疾患の治療薬として知られるバルプロ酸が改善することを明らかにしました。また、変異型AIMP1は細胞骨格系蛋白質のアクチンと結合し神経細胞の形態異常をひきおこすことを見つけました。この結合は野生型のAIMP1では見られないため、変異により新たに獲得された形質であると考えられました。
しかしながら、バルプロ酸の細胞実験は良い成績をおさめたものの、バルプロ酸の実験動物への脳内投与は毒性が高く成功に至らなかった。今後の経口投与方法の開発が望まれます。
文責:山内 淳司
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32384815/
https://www.mdpi.com/2305-6320/7/5/25
オカダ酸での大脳白質形成不全症HLD12による細胞病態の改善効果
(PP1C and PP2A are p70S6K Phosphatases Whose Inhibition Ameliorates HLD12-Associated Inhibition of Oligodendroglial Cell Morphological Differentiation)
Biomedicines. 2020 Apr 16;8(4):89.
大脳白質形成不全症症の責任遺伝子産物であるVPS11(12型、英語名でペペリチェウス・メルツバッヘル病を第一責任遺伝子とした場合はHLD12)は点変異が原因でオリゴデンドロサイトの分化不全を引き起こします。
今回、松本ら(東京薬科大学)はインビトロでこの分化不全を再現し、それをp70S6Kの脱リン酸化酵素であるPP1CとPP2Aの阻害剤であるオカダ酸で改善できることを明らかにしました。また、この低分子化合物ばかりではなく、PP1CまたはPP2Aの特異的siRNAでも同様の結果を得ました。しかしながらオカダ酸もsiRNAも実験動物への個体投与では毒性が低くないため、今後の投与分子に関しての改良が望まれます。
文責:山内 淳司