研究班の紹介
先天性大脳白質形成不全症は、古くて新しい病気です。100年以上前に、2名のドイツの医学者によって発見されましたが、その名にちなんで先天性大脳白質形成不全症の代表的な病気であるペリツェウス・メルツバッハ病(PMD)の名前がつきました。しかし、その後、PMDの原因が分かるまでには、100年近くの時を待つ必要がありました。
20余年前に病気の原因になる遺伝子の変異が初めて発見されました。この発見によって、血液による遺伝子検査でこの病気の診断が出来るようになり、また病気がおこる仕組みも分子レベルで解明されてきました。これらの研究の成果の一部には、私たち研究班の班員も少なからず貢献しています。最近では、画像診断技術の進歩、動物モデルや培養細胞を使った研究など、様々な医学研究の技術革新のおかげで、日進月歩で新しい知見が得られています。さらに、最近のiPS細胞の発見、ゲノム科学の発達、そして臓器細胞移植技術の進歩など、つい20年前には想像すら出来なかった治療への展望も見え始めていると思います。
とはいえ、先天性大脳白質形成不全症は非常に稀な病気であり、専門的にこの病気に関わっている医師や研究者の数は、決して多くはありません。ですので、私たちの研究班では、少しでもこの病気の診断や治療法の開発のために皆で力を合わせて研究を行い、患者さんやご家族が将来に希望を持てるような成果をあげたいと考えております。同時に、専門的な立場から患者さんご家族が身近に抱える問題についての良き相談相手でありたいと考えております。
井上 健
研究代表者
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第二部 室長
昭和38年生まれ、左利き。大学時代は硬式テニス部の主将として、勉学を顧みず、ラケットを振る。横浜市立大学医学部卒業後、精神科医としてトレーニングを積む。同大学院に在籍中に1年間、カリフォルニア州立大学サンディエゴ校に最初の留学の機会を得る。この経験が後々の研究人生に舵を切るきっかけになる。この頃、小坂医師とPMDの研究を開始する。大学院修了後に、精神科専門病院への勤務し、臨床のトレーニングを積む傍ら、夜中に研究室に通って実験を行った成果が、PLP1重複変異の発見に繋がる。この成果を売りにして、米国ヒューストンのベイラー医科大学に留学。予定を大幅に上回る6年間余りに渡って師匠Lupski教授の指導をうけ、PMDなどの神経疾患の分子遺伝学的研究を行なう。2004年に帰国後は、現職でPMDやPCWHといった先天性大脳白質形成不全症の病態の解明や治療法の開発を目指した研究を継続している。
岩城 明子
九州大学生体防御医学研究所遺伝情報実験センター助教。大学院システム生命科学府生命医科学講座ゲノム機能学分野で大学院生の研究指導を行いながら、神経変性疾患・神経代謝疾患・精神疾患の分子生物学的解明に取り組んでいる。米国コロンビア大学留学から帰国後、九州大学にてPelizaeus-Merzbacher病に出会い、PLP1遺伝子解析を行って国内初の報告をした(Iwaki A., et al., Hum. Mol. Genet., 1993)。以来、臨床医学者の依頼に応え、研究の一環としてPLP1遺伝子解析に携わってきた。この間、遺伝子ならびにゲノム構造解析技術は格段に進歩してきた。今後は病態解析を行いつつ治療へ向けた基礎研究へ発展させて行きたい。
岡田 尚巳
日本医科大学 分子遺伝医学分野 大学院教授
平成3年金沢大学医学部を卒業し脳神経外科専門医として研鑽する過程で、脳神経疾患に対する遺伝子細胞治療技術の開発に興味を持ち、米国NIH留学中にウイルスベクター及び脳腫瘍ワクチンの開発研究に携わりました。帰国後は自治医大でAAVベクター基盤技術開発を推進し、国立精神・神経医療研究センターでは筋ジストロフィーに対する遺伝子細胞療法の開発を行いました。現在も様々な難治性疾患に対する遺伝子細胞治療の実用化に向けて、研究を続けています。
小坂 仁
自治医科大学 小児科学
東北大学医学部卒業後、神奈川県立こども医療センターレジデントを経て、横浜市立大学で大学院在学中の井上医師とPMDの研究を開始、その後20年以上も共同研究を続けています。米国サンディエゴのカルフォルニア大学に留学し、分子薬理学的研究を行ない、国立精神・神経センター神経研究所疾病研究第4部での神経変性疾患の研究、こども医療センターを経て、自治医科大学に勤務しております。希少難病の研究を開始した当時は、現在のように治療を考える時代が来るとは思っていませんでした。From bedside to benchをモットーとして、研究成果を患者さんに届けるのが自分の仕事です。
黒澤 健司
神奈川県立こども医療センター 遺伝科部長
大学卒業後、現在の神奈川県立こども医療センターでレジデントとして研修を受けました。専門領域は、小児科学、臨床遺伝学、臨床細胞遺伝学。小児科専門医、臨床遺伝専門医・指導医、臨床細胞遺伝学認定士・指導士として、診療および専門家の育成に関わっています。Pelizaeus-Merzbacher病では主に遺伝カウンセリングにかかわっています。Pelizaeus-Merzbacher病にかかわる最初の仕事は、1993年です。Pelizaeus-Merzbacher病も含めた多くの先天異常疾患の自然歴をあきらかにしてゆきたいと考えています。
高梨 潤一
東京女子医科大学八千代医療センター 小児科 教授
学生時代(千葉大学)は準硬式野球部に所属し、現在も高校野球(銚子商業、習志野高校)、サッカー(JEF 千葉)観戦を趣味としています。卒業後は小児神経疾患の臨床に携わり、患者さん、ご家族に寄り添った診療を心がけています。白質変性症、先天性大脳白質形成不全症の診断には神経画像、特にMRIの情報がとても重要です。私は診断能向上のためMRIを用いた脳の画像研究を続けてきました。脳代謝を測定しえるMR spectroscopyによる病態解析も行っています。また、その延長として超高磁場(7テスラ)MR装置を用いた神経疾患モデルマウスの研究(放射線医学総合研究所との共同研究)を施行しています。マウスの結果を応用して、治療方法の開発、治療効果の判定に役立てることを目指しています。
出口 貴美子
出口小児科医院 院長
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
疾病研究第二部、慶応大学解剖学教室
昭和63年、北里大学医学部卒。平成4年より神奈川県立こども医療センターで、小児神経のトレーニングを一年間行ったのち、国立精神・神経センター、神経研究所、疾病研究第二部で、小児の神経病理学の研究を開始した。平成9年より、米国ヒューストンのベイラー医科大学、テキサス小児病院の病理学、小児神経学などの教室で、小児の脳障害およびPMDの病理やミエリンの研究に携わってきた。平成11年に一年間帰国した際、PMDの患者さんに出会い、主治医として、米国の井上健先生に遺伝子診断を依頼したことがきっかけで、再度ベイラー医科大学に戻った後に、井上先生らと一緒にPMDやミエリンの研究をはじめることとなった。平成18年より出口小児科医院 院長。現在は、地域医療に従事しながら、慶応大学解剖学教室および国立精神・神経医療研究センターで、研究を継続している。平成22年より、この班の病理学に関する研究を担当させていただいている。
山本 俊至
東京女子医科大学 統合医科学研究所
鳥取大学卒業後、母校の脳神経小児科という小児の神経疾患だけを診療対象としている医局に入局し、以来一貫して、主に遺伝性の小児の神経疾患の診療・研究に携わってきました。入局して4年目にPMDの患者さんと出会い、遺伝子診断に関わったところから、PMDの診断や研究を始めました。以後、オーストラリア留学、神奈川県立こども医療センターを経て、平成18年からは東京女子医科大学でマイクロアレイなどを駆使して遺伝性疾患の研究を行っています。また、私が診断に関わったPMD患者さんから、皮膚線維芽細胞をご提供いただき、疾患iPS細胞を樹立しています。今後は、このPMD患者さん由来のiPS細胞を使った病態解析、さらには治療開発を行って行きたいと考えています。
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