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iPS創薬

iPS細胞由来アストロサイトモデルによるIL-6を介した神経炎症と細胞変性病態の探索

Blocking IL-6 signaling prevents astrocyte-induced neurodegeneration in an iPSC-based model of Parkinson's disease
JCI Insight. 2024 Feb 8;9(3):e163359.

遺伝性白質疾患は、基本的に白質を構成する主な細胞種であるオリゴデンドロサイトやアストロサイトの異常により生じると考えられています。さらには、遺伝性白質疾患の背景病態の一つとして神経炎症が注目されています。本来神経炎症は、脳内感染症や外傷などの刺激に対して起こる体の防御反応です。しかし白質を中心とした細胞異常にともなう破壊機序により神経炎症が生じ、やがて慢性化し病態を修飾すると考えられるようになりました。本研究報告では、遺伝性白質疾患と同様にミトコンドリア異常などを介して神経炎症が生じると考えられている遺伝性パーキンソン病の患者からiPS細胞を樹立、神経炎症を考えるうえで重要な細胞種であるアストロサイトへと分化誘導し神経炎症病態が調べられました。

筆者らは、G2019S-LRRK2 変異を持つ遺伝性パーキンソン病患者3名と、対照群として健康なドナー3名からiPS細胞を樹立し、アストロサイトへ分化誘導をしました。すると患者アストロサイトでは、神経炎症に関わるアストロサイトで上昇するGFAPやC3の発現が上昇していました。さらに、アストロサイトの培養上清をドパミン神経細胞に添加すると、患者アストロサイトの情勢で細胞死が誘導されました。そして、この細胞死は抗がん剤としても用いられるトシリズマブというIL-6抗体を添加すると、細胞死が改善され、IL-6産生の上昇を介した神経炎症がパーキンソン病における細胞死に寄与することが示唆されました。さらにパーキンソン病患者の死後脳においても、アストロサイト周囲のIL-6染色性が強くなっていることからもこの仮説が支持されました。

今後、遺伝性白質疾患とアストロサイトおよび神経炎症の関わりが紐解から、アストロサイトや神経炎症を標的とする治療法開発につながることが期待されます。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38329129/

ヒト多能性幹細胞から放射状グリアを経てアストロサイトを分化誘導する

A defined roadmap of radial glia and astrocyte differentiation from human pluripotent stem cells.
Jovanovic VM, et al. Stem Cell Reports. 2023 Aug 8;18(8):1701-1720.

遺伝性白質疾患は、白質を構成する主な細胞種であるオリゴデンドロサイトの異常により生じると考えられていました。やがてアレキサンダー病や皮質下嚢胞を伴う巨大脳白質脳症などのアストロサイトの変化によって引き起こされる白質ジストロフィーの存在が知られるようになりました。また遺伝性白質疾患病態の進行においてもアストロサイトの重要性が指摘されるようになりました。そして、これらのようなアストロサイトが病態に与える影響を調べるために、患者を含むヒト多能性幹細胞から調整されたアストロサイトが利用さされるようになりました。

しかしながら、多能性幹細胞からアストロサイトへ変化させるためには複雑な分化誘導培養段階と長い期間を要することが、研究進展の阻害要素なっています。本研究報告では、胎生期に脳内で発生する放射状グリア細胞を、PAX6やFABP7などといった分子マーカーがおおよそ半数程度陽性となる集団として定義しながら分化誘導を進めました。最終的に二ヶ月程度かけて成熟したアストロサイトのマーカーであるS100Bの陽性率が80%を超え、GFAP陽性細胞も含む集団へと変化させました。網羅的なトランスクリプトーム解析では、神経細胞やオリゴデンドロサイトといったその他の細胞種類に関連する遺伝子の発現は限定的であり、アストロサイトとして定義される遺伝子群が多く発現していることも明らかになりました。さらに、単一細胞トランスクリプトーム解析では、この集団には5種類程度の細胞種類が存在することが明らかとなり、その半数程度でPALLADIN (PALLD) や CALDESMON (CALD1)が陽性となっており、新しいアストロサイトの機能に関連する分子である可能性が指摘されました。また、この分化誘導されたアストロサイト集団は、カルシウムの流入・流出を繰り返す自発的なオシレーション機能やサイトカイン分泌能を有することも明らかにされました。そして、GFAPにR239C遺伝子変異を有するアレキサンダー病患者の人工多能性幹細胞(iPS細胞)からは、アストロサイトへの分化誘導効率が低下し、さらに分化誘導したアストロサイト集団のミトコンドリア機能低下など病態解明につながる表現型が存在することが示唆されました。

今後、遺伝性白質疾患とアストロサイトの関わりを紐解きながら、アストロサイトを標的とする治療法開発につながることが期待されます。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37451260/

ヒト多能性幹細胞を用いたオリゴデンドロサイト系譜細胞の多様性理解

Oligodendrocytes in human induced pluripotent stem cell-derived cortical grafts remyelinate adult rat and human cortical neurons.
Stem Cell Reports. 2023 Aug 8;18(8):1643-1656.

様々な遺伝性白質疾患や脳虚血で生じる神経細胞障害や脱髄変化は、患者の長期的な機能障害を引き起こす重要な病態です。そして、脳の神経回路を再度髄鞘化することは、幹細胞を用いる回路の再構築を目指す治療法開発において重要です。そしてこの髄鞘形成には、オリゴデンドロサイトという細胞の種類が重要です。そしてこのオリゴデンドロサイトを、幹細胞から作り出し、脳内に移植することで脱髄性変化を治療するアプローチの開発が取り組まれてきました。

そこで筆者らは、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)由来の神経上皮幹細胞をラット脳内に移植することで、幹細胞から変化したオリゴデンドロサイト特性を持つ細胞が、髄鞘形成に働くことを実証しました。移植に用いる神経上皮幹細胞から21日間分化誘導を促すと、5%のOLIG2やSOX10を発現する細胞集団へ変化しました。この細胞集団を、脳卒中を起こして48時間経過した免疫不全ラット脳内に移植しました。移植後4週間程度で、オリゴデンドロサイトのマーカーであるCNPaseやCC1を移植細胞の40%程度が発現するようになりました。そして最終的に、生着した細胞の一部がラット脳梁でミエリン鞘形成していることが観察されました。

この研究は、遺伝性白質脳症や脳損傷後の脱髄にたいして、効果的な臨床回復を促進するためのヒトiPS細胞由来の幹細胞移植の将来的な使用の可能性を裏付ける証拠を提供しました。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37236198/

ヒトiPS細胞由来血管内皮細胞は、制御性T細胞の動員により虚血性白質病変の回復が促進する

Transplanted human iPSC-derived vascular endothelial cells promote functional recovery by recruitment of regulatory T cells to ischemic white matter in the brain.
Xu B, et al. J Neuroinflammation. 2023 Jan 17;20(1):11.

脳の白質における虚血性脳卒中は、脱髄や神経炎症を誘発します。末梢 T リンパ球、特に制御性 T 細胞 (Treg) は、虚血性脳卒中をおこした脳内に浸潤し、炎症反応の調節に重要な役割を果たすことが知られています。この研究者らは以前、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)から調製した血管内皮細胞(iVEC)移植により、白質梗塞が改善され再髄鞘化を増幅することを報告していました。本研究では、iVEC の移植が白質梗塞を改善するメカニズムを探索し、免疫系の中でも特に Treg のの関与する影響を調べました。

iPS細胞から血管内皮細胞を複数人のヒト全血由来の末梢血単核球から、磁気を用いてCD4 + CD25 +のTregを単離しました。また、ヒトiPS細胞から血管内皮細胞を2週間程度かけてiVECも分化誘導しました。脳内にエンドセリン-1を注入することで白質梗塞モデルを作製し、iVECおよびTreg(1:1)の割合とした懸濁液を移植しました。

iVEC 移植により、ED-1 +炎症細胞と CD4 + T 細胞が減少し、白質梗塞巣における Treg 数が増加しました。さらに、FTY720による免疫抑制は神経炎症を抑制しCD4 +の数を減少させましたが、梗塞における再髄鞘化を促進しませんでした。つまり、FTY720による免疫抑制は、移植によるTreg数の増加を打ち消してiVECが促進する再髄鞘化を弱めた。また、iVEC移植によって増加した希突起膠細胞系譜細胞の数には影響を与えませんでした。

そこでTreg を iVEC とともに FTY720 処理虚血白質に移植すると、希突起膠細胞系譜細胞の数には影響がありませんでしたが髄鞘再生が著しく促進されました。以上のことから、iVEC 移植は神経炎症を抑制しますが、神経炎症の抑制自体は再髄鞘化を促進しません。移植された iVEC による Treg の補充は、損傷した白質における再髄鞘形成の促進に大きく寄与することがわかりました。

本研究で提案された、病変内の T 細胞と Treg は、神経炎症の悪化においてこれらの末梢免疫細胞の病変への浸潤の重要性を示唆しており、白質脳症の病態解明や治療法開発に繋がる可能性があります。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36650518/

ヒトiPS細胞から分化誘導したミクログリアと網膜オルガノイドの共培養系開発

Integrating human iPSC-derived macrophage progenitors into retinal organoids to generate a mature retinal microglial niche
Glia. 2023 Jun 19. doi: 10.1002/glia.24428.

ミクログリアは発達と機能に不可欠な脳内に常在する免疫細胞で、白質障害を含む多様な神経系病態において重要な役割を果たすことが知られています。網膜におけるミクログリアは、緑内障・網膜色素変性症・糖尿病性網膜症などの疾患における神経細胞変性を修飾すると想定されていますが、その背景メカニズムは不明です。

病態探索を目的として、ヒト人工多能性幹細胞(iPS 細胞)を用いて脳神経系に向けて分化成熟したオルガノイドについての報告がされるようになりました。本研究ではさらに、発生経路が神経系細胞とは異なるミクログリアを網膜層に含む網膜オルガノイドの構築を目指しました。

ヒトiPS細胞由来マクロファージ前駆細胞(MPC)を共培養することで、遊走したミクログリアが網膜オルガノイドの外網状層に常在化し、共培養後6週間を経過するとミクログリアのマーカーであるIba-1およびCD45タンパクを持ち、小さな細胞体と分岐した突起を有するミクログリアに特徴的な形態を取ることがわかりました。さらに、成熟ミクログリアマーカーであるP2RY12の発現も確認されました。本研究の課題は、生着したミクログリアの数が非常に少ないこと、血管などの構造物がかけている点が挙げられ、今後共培養の方法を最適化することで解決されていくことが見込まれます。

本研究で提案された共培養システムは、網膜ミクログリアが関与する網膜疾患の病態の解明につながる。そして、網膜オルガノイドをはじめとして神経系オルガノイドを用いて、白質脳症において重要な病態進展規定因子である炎症及び免疫が介在する病態の理解と治療法の開発につながる可能性があります。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37335016/

ヒトiPS細胞由来のミクログリアを用いて胎児期における糖質コルチコイド暴露の影響を評価

Human myeloid progenitor glucocorticoid receptor activation causes genomic instability, type 1 IFN- response pathway activation and senescence in differentiated microglia; an early life stress model
Glia. 2023 Apr;71(4):1036-1056.

胎児期における糖質コルチコイド(GC)への曝露は、精神疾患および神経発達障害のリスクが高めることが知られています。このようなGC関連性の病態において、ミクログリアの重要性が推定されてきましたが、胎児期におけるミクログリアの影響を調べる手段は限られており、ヒトを対象とした研究はほとんどありませんでした。そこで、本研究では、iPS細胞から調整したprimitive hematopoiesis段階の造血細胞(ミクログリアの前駆細胞の一部が産生される時期)を用いて、胎児期におけるGCのミクログリアに対する影響が検討されました。

トランスクリプトーム解析の結果、胎児期のiPS細胞由来ミクログリアは、鉱質コルチコイド受容体はほとんど発現しておらずGCへの受容体(GR)を優位に発現しており、特にGR-αという特徴的なスプライシングバリアントを発現していました。そして、Primitive hematopoiesis時期におけるGC暴露は、さらにI型インターフェロンシグナルの増加を経て中枢における炎症を引き起こす可能性が示唆されました。

また、GCへの暴露は、マイクロ核(異常な染色体分配やDNA損傷)の増加、細胞老化、成熟したミクログリアの増殖性低下を引き起こしました。これらの結果から、GC応答性のミクログリア特性変化は、生後から若年期における統合失調症・注意欠陥多動性障害・自閉症スペクトラム障害との関連も示唆されます。

このように、遺伝性白質疾患患者さんの脳内で、何が起こっているのか探索するための基盤技術として、iPS細胞由来の胎児期ミクログリアの研究方法が整備されました。これらの技術は、遺伝性白質疾患の理解や治療法開発につながることが期待されます。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36571248/

Leigh 脳症におけるミクログリアおよび神経炎症病態の探索

Activated microglia and neuroinflammation as a pathogenic mechanism in Leigh syndrome.
Front Neurosci. 2023 Jan 18;16:1068498.

ミトコンドリアの働きが低下することが原因で起こる病気の総称で最も頻度の高い先天代謝異常症であるミトコンドリア病の一病型であるLeigh 脳症は、基底核および脳幹部に左壊死性病変と白質異常を呈し、乳幼児発症の精神運動発達遅滞や退行・緊張低下・けいれん発作を引き起こします。

本研究は、Leigh 脳症の人工多能性幹細胞(iPS細胞)モデルの多面的分析により、病態進行におけるミクログリアの役割を探索しました。Leigh 脳症患者3名のiPS細胞から分化誘導した脳オルガノイドでは、NLRP3 や IL6といった炎症シグナルが上昇しており、特に神経細胞のグルタミン毒性に対する感受性が高まっていました。さらに、リー症候群の原因遺伝子の一つでありミトコンドリア複合体 I サブユニットを構成するNdufs4をヘテロ接合性に欠失するマウスモデルでは、成長遅延・無気力・運動失調・失明・低体温などの症状を呈しますが、中でもIba1陽性である脳内のミクロ活性化が強くみられました。そして、ミクログリアの除去によりマウス個体の延命効果が観察され、ミクログリアを介した炎症病態の重要性が明らかになりました。同様の変化は、Leigh 脳症患者の脳内に見られ、白質空胞化や毛細血管増殖に加えて脳内のミクロ活性化が強くみられました。

このように、ヒトiPS細胞、患者病理像、マウスモデルを比較することで、遺伝性白質疾患患者さんの脳内で何が起こっているのかを明らかにし、白質消失病をはじめとする遺伝性白質疾患の理解や治療法開発につながることが期待されます。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36741056/

患者iPS細胞とマウスを組み合わせてリー脳症の病態を探索

Metabolic rescue ameliorates mitochondrial encephalo-cardiomyopathy in murine and human iPSC models of Leigh syndrome
Yoon JY, et al. Clin Transl Med. 2022 Jul;12(7): e954.

ミトコンドリアの働きが低下することが原因で起こる病気の総称で最も頻度の高い先天代謝異常症であるミトコンドリア病のうち、小児期に発症する代表的な病型の一つリー(Leigh)脳症があります。患児は、乳幼児期から精神運動発達遅滞や退行・緊張低下・けいれん発作を呈し、頭部MRI所見で基底核や脳幹部に左右対称性病変が見られます。

本研究では、リー脳症の原因遺伝子の一つでありミトコンドリア複合体 I サブユニットを構成するNdufs4を欠失するiPS細胞から心筋細胞と大脳神経細胞を調整しました。すると、Ndfs4欠失心筋では膜電位依存性Naチャネル(NaV1.5)の電流低下が、Ndfs4欠失神経細胞ではグルタミン酸添加による興奮毒性を与えるとp53 依存性アポトーシスが大幅に増強され、リー脳症患者が呈する心機能障害あるいは脳機能障害を反映していると考えられました。またこれらの表現型は、Ndfs4欠失マウスにおいてもiPS細胞を用いた場合と同様に、心筋症および不整脈、脳神経細胞のアポトーシスが見られました。

このように、遺伝性白質疾患患者さんの脳内のみならず、心筋など多種臓器で何が起こっているのか探索するために、多種多様な臓器の細胞種に変化することができるiPS細胞は有用です。さらに、げっ歯類などモデル動物と合わせて解析することより、白質消失病をはじめとする遺伝性白質疾患の理解や治療法開発につながることが期待されます、

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35872650/

ヒト多能性幹細胞を用いた白質消失病の病態解析

Secretomics Alterations and Astrocyte Dysfunction in Human iPSC of Leukoencephalopathy with Vanishing White Matter
Deng J, et al. Neurochem Res. 2022 Oct 5. Online ahead of print.

白質消失病(Leukoencephalopathy with vanishing white matter)は、一度正常に発達したあとで、大脳白質障害を来し、徐々に退行する進行性白質脳症の一つです。本研究では、白質消失病の原因遺伝子の一つであるEIF2B5遺伝子の変異を有する患者さんから人工多能性幹細胞(iPS細胞)が樹立されました。そして、遺伝性白質疾患の病態において重要なオリゴデンドロサイトなどの髄鞘形成に関わる細胞種であるアストロサイト・オリゴデンドロサイト前駆細胞を調製し解析することで、白質消失病の病態を反映する病態が探索されました。

iPS細胞から調整したアストロサイトおよびアストロサイトの培養上清は、iPS細胞がオリゴデンドロサイト前駆細胞へ変化する過程を阻害することが明らかになりました。さらに、患者さんと健常対照群のアストロサイト培養上清を用いたプロテオーム解析により、細胞外マトリクスの産生量と、翻訳後修飾やタンパク質代謝回転にかかわる蛋白質の量が変化していることを見出しました。この中でも、髄鞘形成に関わる蛋白質の一つであるFABP7の染色性が、患者アストロサイトで上昇していることも示され、将来的な治療薬の標的となりうることが示されました。

このように、遺伝性白質疾患患者さんの脳内で、何が起こっているのか探索するための基盤技術が多く報告されるようになりました。これらの技術は、白質消失病をはじめとする遺伝性白質疾患の理解や治療法開発につながることが期待されます。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36198922/

ヒト多能性幹細胞を用いたオリゴデンドロサイト系譜細胞の多様性理解

Single-cell transcriptomic reveals molecular diversity and developmental heterogeneity of human stem cell-derived oligodendrocyte lineage cells.
Chamling X, et al. Nat Commun. 2021 Jan 28;12(1):652.

遺伝性白質疾患の主な臨床像である中枢神経系の脱髄は、オリゴデンドロサイトの障害により引き起こされます。オリゴデンドロサイトは、神経軸索をミエリンによりコートし、神経情報伝導を円滑に進めるのに重要な細胞種です。オリゴデンドロサイトの障害や脱髄を抑制し、損傷したミエリンコートを元に戻す治療法が求められています。

この背景の一つにヒトオリゴデンドロサイトが、どのようにして生まれミエリンコートの形成に至るのかという分子的理解が不十分である事が挙げられます。今回紹介する論文では、オリゴデンドロサイト系譜細胞(OLLC)を、胚性幹細胞(ES細胞)および人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて明らかにしました。

筆者らは、ヒトES細胞およびiPS細胞から分化誘導したOLLCを効率的に濃縮するために、オリゴデンドロサイト前駆細胞に特異性が高い分子である血小板由来増殖因子α受容体(PDGFRα)をコードする遺伝子のExon 23にレポーター遺伝子を遺伝子改変により挿入しました。このレポーター遺伝子にコードされたtdTomatoあるいはThy1.2を用いて、80日間かけて分化誘導したPDGFRα陽性細胞を濃縮すると、おおよそ80%の純度でPDGFRα・NKX2.2・SOX10などのオリゴデンドロサイト前駆細胞に特徴的な分子マーカーを有していました。さらにそのうちの一部はナノファイバー上で培養すると、ファイバーに細胞突起を巻き付かせたオリゴデンドロサイトに特徴的な分枝形態をとりました。

次に、ヒトOLCCの分化に関連する遺伝子発現をより詳細に解析するために、濃縮したPDGFRα陽性細胞を単一細胞トランスクリプトーム解析(single cell RNAseq)にかけました。すると、オリゴデンドロサイト前駆細胞を7つの亜集団に分けることが可能となり、TOP2A・PCNA・MKI67などの細胞周期関連遺伝子が多く発現する幼弱な集団と、MAG・MOG・ZNF488などを発現するより成熟した亜集団が見られました。さらに、神経発生や分化に関連するNREP・MAP1B・SOX11を発現する神経分可能を持つと考えられる亜集団、IFI6・ISG15・HLD-A・HLD-B・HLD-Cなどサイトカインに応答できる亜集団、そしてGFAPを発現するアストロサイト系の亜集団も見られました。そして、擬似的時間軌跡解析により、オリゴデンドロサイト前駆細胞からより成熟したオリゴデンドロサイトの他にアストロサイトも発生することが示唆されました。また、遺伝子のパスウェイ解析の結果、オリゴデンドロサイト前駆細胞からmTOR およびコレステロール生合成シグナル伝達経路を薬理学的に介入することでオリゴデンドロサイトの成熟を進められる可能性も示されました。

このように、遺伝性白質疾患患者さんの脳内で、脱髄病変が生じたときに、障害されたオリゴデンドロサイトの再生や、再ミエリン化に向けた分枝遺伝学的なマップが示されました。これらの情報は、病態の理解や脱髄病態の治療法開発につながることが期待されます。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33510160/

クラッベ病(グロボイド細胞白質ジストロフィー)のiPS細胞モデル

(Human iPSC-based neurodevelopmental models of globoid cell leukodystrophy uncover patient- and cell type-specific disease phenotypes)
Stem Cell Reports. 2021 Jun 8;16(6):1478-1495.

クラッベ病(Krabbe disease)は、グロボイド細胞白質ジストロフィ(globoid-cell leukodystrophy; GLD)ともよばれ、β-galactocerebrosidase(GALC)の遺伝性欠損により引き起こされる稀な神経変性リソソーム蓄積症です。中枢神経のオリゴデンドログリアおよび末梢神経のシュワン細胞の障害による脱髄が生じますが、多様な神経症状を呈します。近年多様な疾患に対する遺伝子治療の開発が進む状況の中で、GLD遺伝子治療を検討するためにヒト細胞GLDモデルの構築が望まれていました。そこで、本報告ではGLD患者さんから樹立した人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて病態の探索が行われました。
GALC遺伝子に遺伝子変異を有する5名のGLD患者線維芽細胞からiPS細胞が樹立され、GALC活性の低下と、サイコシンの蓄積が確認されました。GLD患者由来のiPS細胞から神経系細胞へと分化させると、神経前駆細胞およびオリゴデンドロサイトへの分化傾向がコントロール細胞と比べて低いことも明らかになりました。
そこで、レンチウイルスを用いて野生型のGALC遺伝子を細胞に導入すると、GALCタンパク量と酵素活性が回復し、神経前駆細胞やオリゴデンドロサイトへの分化傾向の低さが改善されました。一部の患者では、分化過程において老化が早く始まることも明らかになり、ウイルスを用いたGALC補充によりこの老化も阻害できることも示されました。最後に、脂質プロファイルを解析の結果、GLD患者神経系細胞の脂質プロファイルの特徴が明らかにされ、遺伝子治療によるGALC補充で、コントロールに近い脂質プロファイルへ変化させることが出来ることも示されました。
このように、GLD患者さんのiPS細胞を用いて、白質ジストロフィにつながる病態の解析系構築と、遺伝子治療の有効性評価が行われました。今後、将来的な酵素補充療法ならびに遺伝子治療につながることが期待されます。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33989519/

iPS細胞を用いて超希少疾患患者に適切な臨床試験を選択する

(Development of iPSC-based clinical trial selection platform for patients with ultrarare diseases) Sci Adv. 2022 Apr 8;8(14): eabl4370.

先天性代謝異常症にともなう白質脳症などの極めて稀な遺伝性白質脳症は、類似する症状を呈する患者グループに対して臨床試験が行われることがあります。しかし個々の患者は、それぞれ異なる遺伝子変異や病態に起因して白質脳症などの症候を呈するため、薬剤の有効性を判断するための患者グループとして最適ではない可能性があります。
本報告では、ECHS1の複合ヘテロ接合変異体を伴うLeigh-like syndromeと診断された18歳の患者を対象としています。この患者は過去にα-tocopherolとcysteamine saltの治験に参加しましたが有効性はなく副作用のために投薬を中断されました。そこで患者に有効性が期待できる薬剤候補を選ぶために、患者とおなじゲノムを持ち様々な細胞種を作り出すことができ、疾患モデリングと個別化医療の開発において重要度が増している人工多能性幹細胞(iPS細胞)技術が用いられました。
健常者・陽性対照群としてのLeigh syndrome患者・本症例の3名からiPS細胞を樹立、iPS細胞から分化誘導された心筋細胞と神経細胞でATPエレネルギー産生低下と乳酸および活性酸素種の蓄積が、2名の患者の細胞でのみ見られました。さらにミトコンドリア呼吸機能を評価する指標である酸素消費量も、2名の患者の細胞でのみ見られました。さらに2名の患者の細胞でのみで、心筋細胞と神経細胞で、電気生理学的な機能異常についても観察されました。
これらの病態表現型を指標として、ミトコンドリア障害の患者に一般的に投与されるコエンザイムQ10・αリポ酸、患者自身が参加した治験で有効性が見られなかったα-tocopherolとcysteamine salt、さらに治験段階のラパマイシン・エラミブレチド・リボフラビンの評価が行われました。先に述べた多様な疾患表現型を指標として、7種類の薬剤を評価されました。すると、実際に投与され有効性が乏しかったα-tocopherolとcysteamine saltの効果は乏しい一方で、コエンザイムQ10・αリポ酸・リボフラビンで高い有効性が見られました。実証研究としてこの患者にコエンザイムQ10・αリポ酸・リボフラビンを投与して3年間観察すると、ミトコンドリア機能異常性のバイオマーカーである3,4-ジヒドロキシブタン酸の蓄積の改善が見られました。
このように、多くの白質疾患のように患者さんの数が少なく適切な臨床試験が遂行されにくい疾患に対しては、患者さん個人のiPS細胞を用いて有効性が期待できる薬剤候補を予め選択しておき、個別化医療の実現につながることが期待されます。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35394834/

白質消失症(vanishing white matter)患者由来細胞における細胞保護薬の同定

(Identification of repurposable cytoprotective drugs in vanishing white matter disease patient-derived cells) Translational Medicine Communications volume 5, Article number: 18 (2020).

vanishing white matter disease(VWMD)は、開始メチオニルtRNAをリボソームへと運ぶ役割を持つeIF2に特異的なグアニンヌクレオチド交換因子のeIF2Bをコードする遺伝子における変異が原因となる、常染色体劣性遺伝性疾患です。VWMDでは、幼少期より徐々に進行する小脳失調や痙性麻痺を呈し、特徴的な白質病変がMRI検査で指摘されます。またVWMDの経過中、軽微な感染や頭部外傷を契機に、各症状が急性増悪することも知られています。しかし、有効な治療法はまだ確立されていません。

本報告では、EIF2B5 R113H / A403VまたはEIF2B2G200V / E213G 変異を有するVWMD患者から樹立した人工多能性幹細胞(iPSC)を用いて、病態のモデル構築と病態を緩和する化合物を探索するために既存薬を用いたスクリーニングを行いました。eIF2Bの変異があると、小胞体ストレス誘発性タンパク質翻訳が阻害されることが知られていました。そこで筆者らは、小胞体ストレスを惹起するMG132を添加した際に、患者iPSCから調製したアストロサイトの生存率を変化させる化合物を、FDAに承認されている2,400種類の既存薬を含む化合物ライブラリの効果を検討しました。そして、berberine、deflazacort、ursodiol、zileutonなどの抗炎症物質に加えて、guanabenz、Anavex 2–73、ISRIBなどの化合物が小胞体ストレス下における生存率を改善し、さらにいくつかの化合物で酸化ストレスおよびミトコンドリアストレスへの相乗的な改善効果も見出しました。

iPSCは、VWMDなどの希少疾患のドラッグリポジショニングを通じた治療薬開発において重要なリソースであることが提示され、同定された既存薬は今後の臨床応用におむけた 展開が期待されます。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://transmedcomms.biomedcentral.com/articles/10.1186/s41231-020-00071-0#citeas

ヒトiPS細胞由来のアストロサイト: 稀な白質ジストロフィーの病態における、アストロサイトの機能不全を研究するための有力なツール

(Human iPSC-Derived Astrocytes: A Powerful Tool to Study Primary Astrocyte Dysfunction in the Pathogenesis of Rare Leukodystrophies)Int J Mol Sci . 2021 Dec 27;23(1):274.

大脳の白質ジストロフィーは、白質の大部分を構成するオリゴデンドロサイトの異常によって引き起こされると考えられていましたが、皮質下嚢胞を伴う巨大脳白質脳症(Megalencephalic leukoencephalopathy with subcortical cysts:MLC)やアレキサンダー病などのアストロサイトの変化によって引き起こされるいくつかの白質ジストロフィーの存在が知られるようになりました。MLCは、巨頭症、脳浮腫、皮質下嚢胞を特徴とする非常にまれな白質ジストロフィーであり、運動機能や認知機能の低下あるいは発育異常、けいれん発作を引き起こします。脳の組織学的検査は、ミエリン鞘の外層および血管周囲のアストロサイト内に無数のvacuoleが観察されます。MLC患者の約80%で、膜タンパク質MLC1をコードするMLC1遺伝子の劣性突然変異によって引き起こされ、このMLC1タンパク質がアストロサイトの足突起に発現することなどから、アストロサイトの異常による白質ジストロフィーであると考えられています。

イタリアのDr. Ambrosiniらの研究グループは、MLC1遺伝子にミスセンス変異およびスプライス部位変異を有するMLC患者に由来するヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)からアストロサイトを分化誘導し、対照群と比較をしました。網羅的なプロテオーム解析の結果、EGFR / ERK経路の異常な活性化が確認され、小胞体ストレス・酸化ストレスおよびミトコンドリア調節不全など、他のアストロサイト障害でも見られる変化も観察されました。今後、白質ジストロフィーとアストロサイトの関わりを紐解きながら、MLCなど白質ジストロフィーの治療法開発につながることが期待されます。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35008700/

TREM2遺伝子のR47H変異をもつアルツハイマー病患者で認められるマイクログリアシグナル伝達経路の欠損は、インフラマソームの活性化ができないことを示している。

(Microglial・signalling pathway deficits associated with the patient derived R47H TREM2 variants linked to AD indicate inability to activate inflammasome)
Sci Rep . 2021 Jun 25;11(1):13316.

那須ハコラ病は、白質脳症による精神症状・てんかん・認知症と、多発性骨嚢胞による病的骨折を呈し、TREM2遺伝子あるいはDAP12(TYROBP)遺伝子の変異が原因となる常染色体性劣性遺伝性疾患です。また、同じTREM2遺伝子のR47H変異は、アルツハイマー病のリスクを2~3倍増やし那須ハコラ病と同様に認知症を引き起こすことが疫学的に知られています。これらの遺伝子変異は中枢神経系の免疫担当細胞であるミクログリアの機能に影響を与え、白質脳症を始めとする神経症状を呈すると考えられています。

英国のPocockらのグループは、TREM2 R47H変異を持つアルツハイマー病患者のiPS細胞からミクログリアを調整し野生型と比較しました。TREM2変異をもつミクログリアでは、フォスファチジルセリンへの応答性が低下し、NLRP3を介した炎症応答が低下することを見出しました。その一方で那須ハコラ病に関連するW50C変異やT66M変異及びTREM2ノックアウトで見られる死細胞の貪食機能低下は、R47H変異では生じないことも見出しました。これらの結果から、TREM2の変異が与えるミクログリアへの影響は変異ごとに異なる可能性を示しました。このように、ヒトiPS細胞は同じ遺伝子の異なる変異の差異を探索にも応用され、白質脳症を始めとする神経病態の分子病態解明に有用なツールであり、最終的な創薬研究への展開が期待されます。

文責:井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34172778/

ヒト網膜色素上皮を用いたスクリーニングプラットフォームは、光受容体外層の貪食機能の誘導因子を見出した。

(Human Retinal Pigment Epithelium-Based Screening Platform Reveals Inducers of Photoreceptor Outer Segments Phagocytosis)
Stem Cell Reports. 2020 Dec 8;15(6):1347-1361.

Nasu- Hakola 病や軸索スフェロイドと色素性グリアを伴う成人発症白質脳症(ALSP)などの白質脳症においては、中枢神経系の免疫担当細胞であるミクログリアの貪食機能低下が重要な病態の一つと考えられています。ドイツのAlmedawarらのグループは、ヒト多能性幹細胞から貪食機能を持つ網膜色素上皮を調整しました。そしてこの貪食機能の変化を指標として、アメリカ食品医薬品局が認可している1,600の既存薬をスクリーニングした結果、多剤耐性クロストリジウム腸内感染に対する抗菌薬であるRamoplaninが貪食作用を増強することを見出しました。このようにヒト多能性幹細胞は、ヒト細胞の機能を表現型として薬剤スクリーニングに供することが出来る、重要な創薬開発ツールとなりました。今後も、多種多様な細胞機能を標的とした創薬研究の進展が期待されます。

文責: 井上治久 京都大学iPS細胞研究所

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33242397/