再生医療
誘導された培養グリア系細胞から、髄鞘形成不全マウス脳に移植されたヒトグリア前駆細胞の生体内成熟への移行の解明
Charting the transition from in vitro gliogenesis to the in vivo maturation of human glial progenitor cells transplanted into the hypomyelinated mouse brain
Mariani JN et al., Nature Communications, published online 23 April 2026
脳や脊髄の髄鞘が障害される病気に対する治療法として期待されているのが、iPS細胞やES細胞から作製したグリア前駆細胞(GPC)を移植する髄鞘再生治療である。これまで動物モデルを用いた研究により、GPCが移植後にオリゴデンドロサイトへ分化して髄鞘を形成することが示されてきたが、その過程における細胞の分子レベルでの詳細な変化は十分にわかっていなかった。
今回、米国ロチェスター大学のS. Goldmanらのグループは、ヒトES細胞およびiPS細胞から作製したGPCを、先天的に髄鞘形成ができない「shivererマウス」の脳へ移植し、その後の変化を単一細胞解析や空間トランスクリプトーム解析を用いて詳しく調べた。
その結果、培養中のグリア前駆細胞は一様な集団ではなく、発生段階の異なる複数の細胞群から構成されていることがわかった。さらに、移植後に長期間生着した細胞は、オリゴデンドロサイトやアストロサイトへと成熟し、髄鞘形成に必要な遺伝子群を活性化していた。興味深いことに、この成熟は細胞自身の性質だけで決まるのではなく、周囲のオリゴデンドロサイト、アストロサイト、ミクログリア、血管細胞などから放出される様々なシグナルによって強く促進されていた。すなわち、移植細胞は脳組織との「対話」を通じて成熟し、最終的に髄鞘形成に至ることがわかった。
本研究は、「どのような性質の細胞を移植するか」だけでなく、「移植された細胞が脳内環境からどのようなシグナルを受けるか」が治療成功の鍵であることを示した点で重要である。shivererマウスは髄鞘再生研究のゴールド・スタンダードともいえるモデルであり、おそらく髄鞘再生を誘導する理想的な脳組織シグナルを備えているのだろう。一方で、shivererマウスほど髄鞘再生がうまくいかない他の白質疾患モデルや、実際のヒト白質疾患において、脳内の分子環境がどのように変化しているのかについては今後さらに検討する価値があるように思える。
また、本論文では移植後約5か月を経ても未分化なES細胞やiPS細胞は検出されず、腫瘍形成も認められなかったことから、細胞治療の安全性も示している。白質疾患に対する再生医療の発展を見据えた、重要な基盤研究といえる。
文責:近藤洋一
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-026-71803-3
損傷脳における移植ヒト神経細胞の神経回路への組み込みを規定する遺伝子発現プログラム
Transcriptional code for circuit integration in the injured brain by transplanted human neurons
Wang Z et al. Cell Stem Cell, volume 33, issue 1, 8 January 2026, pages 44-57.e7
今回は髄鞘ではなく、神経細胞の再生についての論文を紹介したい。神経細胞の移植といえば、パーキンソン病に対するiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の移植治療が、すでに国内で条件・期限付き承認を受けている。ただしこの治療では、移植細胞は主としてドパミンを補うために用いられるのであって、失われた神経回路そのものを再構築しようとするものではない。今回紹介するのは、脳梗塞で失われた神経回路を、狙った形で再建しうる可能性を示した画期的な論文である。
著者らは、ヒトES細胞から大脳皮質深層、とくに皮質脊髄路を担う神経細胞へ分化する前駆細胞を誘導し、脳梗塞後のマウス大脳皮質運動野へ移植した。その結果、移植細胞は主として成熟神経細胞へ分化して梗塞巣を満たしただけでなく、12か月かけて軸索を脳幹から脊髄にまで伸ばした。そして、線条体、視床、上丘、橋、さらには脊髄のマウス神経細胞とシナプスを形成し、回路の中に組み込まれていることが示された。さらに、移植細胞を人為的に抑制すると、いったん改善していた運動機能が再び悪化したことから、移植細胞が実際に機能回復に寄与していることが明らかになった。
本研究の特に興味深い点は、移植細胞が無秩序に配線するのではなく、細胞ごとの性質に応じて投射先がある程度決まっていたことである。著者らは、どの標的へ軸索を伸ばしたかを追跡しつつ、各細胞の遺伝子発現を1細胞レベルで解析した。その結果、脊髄へ向かう細胞、線条体へ向かう細胞、視床へ向かう細胞は、それぞれ異なるサブタイプに分かれ、軸索誘導やシナプス形成に関わる遺伝子群の組み合わせによって特徴づけられていた。著者らはこれを「transcriptional code」と呼び、将来は移植前にこうした性質を見極めることで、狙った神経回路を再建しやすい細胞を選別・設計できる可能性を示した。荒削りなところもあるものの、本論文は、中枢神経系の再生医療を「細胞補充」から「神経回路再建」へ進める重要な一歩として注目に値するだろう。
文責:近藤洋一
DOI: https://doi.org/10.1016/j.stem.2025.12.008
iPS細胞由来神経前駆細胞移植によるカナバン病モデルマウスの白質病変・運動機能の改善
Human iPSC-derived neural progenitor cells rescue motor function and brain pathology in symptomatic Canavan disease mice.
Jackson N et al., Stem Cell Reports, available online 22 January 2026
カナバン病はアスパルトアシラーゼ(ASPA)欠損によりN-アセチルアスパラギン酸(NAA)が脳内に蓄積し、白質障害を生じる大脳白質形成不全症のひとつである。今回紹介するのは、神経前駆細胞(NPC)を用いた細胞移植治療が、症候出現後のカナバン病モデルマウスにおいて白質病変を改善し得ることを示した論文である。
著者らはASPA遺伝子を導入したヒトiPS細胞由来NPCを、CD (Nur7)と呼ばれるカナバン病のモデルマウス脳内へ移植した。その結果、脳および脳脊髄液中のNAA濃度が低下し、空胞変性の軽減、髄鞘蛋白発現の増加、電子顕微鏡レベルでの髄鞘構造の改善が認められた。さらに運動機能の改善および生存期間延長も示された。
NPCに比べて、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)のほうが広範囲に移動できるしオリゴデンドロサイトへの分化効率もよいので、移植細胞としてOPCが好まれるところを、この研究ではあえてNPCを使っているところが興味深い。本研究では、移植NPCは神経細胞やアストロサイトにそれぞれ約20%分化する一方で、大部分は明確な分化を示さない状態で白質内に長期間残存しており、オリゴデンドロサイト系譜の細胞へはさほど分化していない。一部はオリゴデンドロサイトへ分化し、ヒト由来髄鞘の形成に寄与することが示されている。しかし、本研究の結果からは、移植によるオリゴデンドロサイトの直接的補充というより、むしろ遺伝子導入された移植細胞がASPA活性の持続的な供給源として機能し、内在性オリゴデンドロサイトの保護や成熟を促進している可能性が示唆される。
本研究は再髄鞘化を示唆する結果を提示しているが、カナバン病の主病態が髄鞘形成不全である点を考慮すると、脱髄軸索の再髄鞘化というより、代謝環境の改善を介した髄鞘形成障害の是正として理解する方が適切かもしれない。疾患の種類によっては、細胞移植治療を単なる細胞補充ではなく、代謝補正とグリアネットワーク修復を同時に担う治療戦略として活用できる可能性を示した点で、意義深い成果といえる。
文責:近藤洋一
DOI: https://doi.org/10.1016/j.stemcr.2025.102785
ミクログリアを含むヒト由来の髄鞘化脳オルガノイドが髄鞘修復および髄鞘再生治療のモデルとなる
Human myelinated brain organoids with integrated microglia as a model for myelin repair and remyelinating therapies.
Lange S et al., Science Translational Medicine, 17(815): eadp7047, 10 Sep. 2025
今回は細胞治療そのものではないが、iPS細胞を用いた研究ということで、再髄鞘化を評価できる新しい研究モデルの論文を紹介させていただく。ヒトiPS細胞から誘導するオルガノイドは様々な器官で作製が試みられ、ヒト生体の分子的側面を再現することで、トランスレーショナルリサーチのモデルとして注目を集めている。
この研究では「ミニ脳」とも言える小さな脳組織(脳オルガノイド)を試験管内で作製している。脳オルガノイドは髄鞘をつくるオリゴデンドロサイトを含んでおり、神経線維が髄鞘化されている。本研究の重要な点は、発生学的に他の神経系の細胞とは由来が異なるミクログリアも、別途iPS細胞から誘導して混ぜ込んだことである。そのうえで、脳オルガノイドにリゾレシチン等の薬剤を投与して脱髄を誘導し、その後の再髄鞘化過程を調べている。結果、ミクログリアがいなければ再髄鞘化が有効に進まないことが示された。このホームページでも再髄鞘化におけるミクログリアの重要性を示す、動物モデルを用いた研究をいくつか紹介してきたが、この論文によりヒト細胞でも同様に髄鞘再生過程にミクログリアが必要であることが示された。
さらにこの研究では、クレマスチン(抗ヒスタミン薬)、XAV939(Wntシグナル阻害薬)、BQ3020(エンドセリン関連ペプチド)といった再髄鞘化を促進することが知られる薬剤の効果を脳オルガノイドで確認している。するとやはりミクログリアが存在することで髄鞘再生がさらに促進されることが明らかとなった。この論文は既知の薬剤のみを用いているが、著者は製薬会社ロシュのグループである。今後、ヒト細胞の環境で薬剤を試せる脳オルガノイドを利用して新薬が出てくるのではないかと期待したい。
髄鞘再生の研究は多発性硬化症を対象としたものが多い。しかし、脳オルガノイドには血管や、リンパ球のような免疫細胞がないことを考えると、多発性硬化症よりもむしろ種々の大脳白質形成不全症の研究に向いているように思う。患者由来の疾患特異的iPS細胞を用いたミクログリア入り脳オルガノイドが髄鞘再生研究の有力なツールのひとつになるかもしれない。
文責:近藤洋一
DOI: 10.1126/scitranslmed.adp7047
直接誘導した神経幹細胞による慢性脱髄病変の再髄鞘化
Remyelination of chronic demyelinated lesions with directly induced neural stem cells
Peruzzotti-Jametti L et al., Brain, 148: 3505–3513, Oct. 2025
慢性型多発性硬化症に代表される慢性の脱髄性病変では、脱髄の急性期とは異なり、自己細胞による再髄鞘化が起こりにくい。その理由としては、①病変が瘢痕化している、②オリゴデンドロサイト前駆細胞の動員・分化能力が低下している、③ミクログリアが再髄鞘化を抑制する方向に働く、④髄鞘再生のためのシグナルが枯渇している、などが知られている。こうした背景から、本論文では、体細胞からiPS細胞を経ずに直接誘導した神経幹細胞(iNSC)の移植によって、慢性期の脱髄病変を再髄鞘化できるかを検証している。マウス細胞とヒト細胞の両方を用いているが、ここではヒト細胞に限定して紹介する。
iNSCは、ヒト皮膚線維芽細胞にSendaiウイルス系を用いてOct4、Sox2、Klf4、c-Mycの各因子を導入し、その翌日から神経誘導培地で培養することで、約25日というスピードで得ている。このiNSCはSOX1、SOX2、OLIG2陽性であり、懸念される腫瘍形成性については、腎被膜下移植試験でテラトーマを形成しないことが確認されている。
慢性脱髄のモデルとしては、脱髄が起こっても6か月以上再髄鞘化が進まないOlig1欠損マウスを使用している。化学的に脱髄を誘導した免疫抑制下のOlig1欠損マウス脊髄に局所移植したところ、iNSCは最長6か月間生着し、電子顕微鏡で髄鞘形成が確認された。すなわち、iNSCが慢性脱髄環境下で長期的に生着し、オリゴデンドロサイト系譜へ分化して軸索を再髄鞘化できたことになる。
このマウスを用いた研究は明らかに臨床応用を念頭に行われているが、iNSCはヒトの発生過程に従うことなく作製されているため、安全性には十分な注意が必要である。短期間で作製されていることから、テラトーマを形成しないというだけでは安全性が保証されるとは言い切れない。また、移植細胞として神経幹細胞とオリゴデンドロサイト前駆細胞のどちらがより適切かという議論も残る。神経幹細胞からごく少数でも神経細胞が生じた場合、予期しない副作用の可能性も否定できない。しかし、直接誘導したiNSCは迅速に作製できることから、患者自身の細胞から作り出して利用するには有利であり、拒絶反応の少ない“自家移植”という選択肢が得られる点では期待が寄せられる。
文責:近藤洋一
ミクログリアの置換は、マウスおよびヒトにおけるミクログリア病の進行を停止させる
Microglia replacement halts the progression of microgliopathy in mice and humans
Wu J. et al., Science 389, eadr1015, 10 July 2025
これまで主に、細胞移植によってオリゴデンドロサイトを補充し、髄鞘の修復を図る治療法の開発について紹介してきたが、今回は別のグリア細胞であるミクログリアを移植により置換する治療戦略を紹介したい。
対象疾患はALSP(成人発症型白質脳症)で、CSF1R遺伝子の変異により脳内の免疫細胞であるミクログリアに異常が生じ、発症する進行性の難病である。日本の疾患分類においては、HDLS(神経軸索スフェロイド形成を伴う遺伝性びまん性白質脳症;指定難病125)などがこれに該当する。ALSPでは、ミクログリアが正常に機能しなくなることで白質が破壊され、歩行障害や認知症様の症状が進行する。
中国の研究チームは、ALSPの原因となる遺伝子変異を模倣したマウスモデルを作製し、まずPLX5622という薬剤を用いて異常なミクログリアを選択的に枯渇させたうえで、骨髄移植により正常なミクログリアを脳内に再定着させた。その結果、病理変化の進行が抑制され、運動機能や認知機能の改善が認められた。さらに、この手法をALSP患者8名に応用し、2年間にわたる経過観察を行った結果、病状の進行が停止し、PETやMRIにおいても白質病変の進行停止や脳代謝の改善が確認された。これにより、ミクログリアの置換がALSPに対する有望な治療戦略であることが示唆された。
ただし、ヒトにおいてはマウスのように薬剤によるミクログリア除去は行われておらず、病的なミクログリアが移植された正常ミクログリアとの生存競争に敗れることで、置換が自然に進むという仕組みが利用されている。また、患者脳でミクログリア置換が起こったことを直接的には証明できていない。
ミクログリアの異常に起因する白質疾患はそれほど多くないため、この研究の成果を大脳白質形成不全症全般に直接応用することは難しいかもしれない。しかし、骨髄移植(造血幹細胞移植)が効果を示す白質ジストロフィーはいくつかある。例えばクラッベ病では異常物質を分解できないミクログリアやマクロファージが異常な形をしたグロボイド細胞に変化して炎症を助長する。生来のミクログリアを事前に除去する方法があれば、その後に実施する骨髄移植により、より迅速かつ強力な治療効果が得られるかもしれないと思った。
文責:近藤洋一
パーキンソン病に対するiPS細胞由来ドパミン作動性細胞移植治療の第I/II相試験
Phase I/II trial of iPS-cell-derived dopaminergic cells for Parkinson’s disease
Sawamoto N et al., Nature 641, pages 971–977, 16 April 2025
この研究は、京都大学病院で実施された、パーキンソン病患者7名に対するiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の両側線条体移植に関する第I/II相臨床試験の報告である。4月中旬にはニュースでも報じられたため、すでに知っている人も多いだろう。研究の概要はすでに複数の媒体で紹介されているので、ここでは少し視点を変えて、移植の具体的な技術面に焦点を当ててみたい。
使用されたiPS細胞は、健康な成人の末梢血から樹立された臨床グレードのもので、日本人の約17%とHLA型が一致することから、免疫適合性が高い設計になっている。このiPS細胞からは、中脳黒質のドパミン神経に分化する前段階である「ドパミン神経前駆細胞」を誘導し、CORIN陽性細胞を選別することで、高い分化能を担保している。前駆細胞は球状の集合体としてさらに培養され、30日目前後で移植用の細胞製品として仕上げられた。
製品化の過程では、ドパミン神経系のマーカー発現を確認するだけでなく、腫瘍化を防ぐために未分化細胞を排除し、さらに移植由来ジスキネジアとよばれる副作用を引き起こす要因となるセロトニン神経細胞の混入も回避している。最終製品は、約60%がドパミン神経前駆細胞、約40%が分化済みのドパミン神経から構成されていた。
この細胞を、ドパミン補充の標的である両側の被殻に対して移植するにあたり、3本の注入経路を設定し、それぞれの経路において4〜8か所の注入点を設けた。これにより、片側あたり数百万個の細胞を分散注入することが可能となり、広範かつ均質な細胞分布が実現された。術後はタクロリムスによる免疫抑制を15か月間継続し、拒絶反応を抑制した。
結果として、移植後24か月間に重篤な有害事象は確認されず、安全性が実証された。運動症状に関しては、移植を受けた6名中4名で、抗パーキンソン薬が効いていないOFF状態において改善がみられ、MDS-UPDRS Part IIIスコアでは平均20%の改善が記録された。さらに、ドパミン合成活性を示す18F-DOPA Ki値も平均44.7%上昇しており、移植細胞の機能的活性が示唆された。腫瘍化や異常増殖はみられず、安全性は画像的にも臨床的にも確認された。
中枢神経系疾患における移植治療の進展は、現在のところパーキンソン病と脊髄損傷が牽引しているが、今回用いられたような高純度の細胞製品と精密な注入技術は、大脳白質形成不全症などの白質疾患にも十分応用可能と考えられる。移植医療の進歩が、そうした難治性疾患にとって新たな選択肢をもたらすことを期待したい。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1038/s41586-025-08700-0
マウスの一生にわたるオリゴデンドロサイト前駆細胞の転写プロファイルの解析
Transcriptional profiles of mouse oligodendrocyte precursor cells across the lifespan
Heo D et al., Nature Aging, published online, 31 March 2025
細胞移植による髄鞘や神経細胞の再生医療については、なかなか大きな進展が論文に現れてこないので、少し話題を変えたい。髄鞘再生のカギとなるのは、髄鞘形成細胞オリゴデンドロサイトの前段階の細胞であるオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPCs)である。今回紹介する論文はOPCsの増殖能や分化能が加齢に伴って著しく低下することを報告している。著者らは、OPC特異的遺伝子であるMatn4の発現制御下に蛍光タンパク質EGFPを発現させるトランスジェニックマウスを作成してOPCsを可視化、分離可能にしている。そのうえで、マウスの生涯にわたってOPCsのトランスクリプトーム(遺伝子発現プロファイル)をシングルセルRNAシーケンシングで解析した(30日齢と720日齢で比較)。
その結果、老化OPCsでは、HIF-1αおよびWNTシグナル経路の過活性化が原因となって、細胞周期進行や分化にブレーキがかかっていることが明らかになった。さらに、これらの経路を薬剤によって阻害すれば、老化したOPCsの分化能力を若齢と同等レベルまで回復できることが示された。
ただし、この実験はマウスの大脳皮質を用いているので、髄鞘の再生医療に応用するとなれば、ヒトの白質で同じことが言えるのかについて確認する必要はある。再生医療のために用意する移植用OPCsは若い状態のものになると思われるが、本研究で示されたシグナル経路がどうなっているかを調べておくことにより、OPCsの髄鞘形成能力を保証することは有用かもしれない。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1038/s43587-025-00840-2
慢性期胸髄損傷に対する神経幹細胞移植の単施設第1相試験から得られた長期臨床成績と安全性
Long-term clinical and safety outcomes from a single-site phase 1 study of neural stem cell transplantation for chronic thoracic spinal cord injury
Martin JR et al., Cell Reports Medicine, 5, 101841, December17, 2024.
脳・脊髄への細胞移植治療は1980年代にまで遡り、胎児中脳組織がパーキンソン病の患者脳に移植され一定の効果を得たのが最初になる。以降、主にパーキンソン病や脊髄損傷をターゲットとして細胞移植治療の実用化が検討されてきた。今回、紹介する研究はカリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームによるもので、脊髄(胸髄)の損傷から1年以上経過した4名の患者(胸部脊髄の損傷が対象)に胎児由来の神経幹細胞(NSI-566)を移植している。2018年に同じ患者の移植手術について18ヶ月間経過観察した報告が出ており、今回の論文は安全性や効果について5年間にわたって調査したものになる。
結果、2名の患者で運動・感覚機能に改善が見られた。具体的には、1名の患者で脊髄損傷の部位以下にある筋肉の電気的な活動が確認され、最終的には腹部の筋肉に自発的なコントロールが部分的ではあるが回復した。また別の患者では、損傷部位以下の特定の筋肉で反応性が向上したことが筋電図で確認された。この改善は移植後6ヶ月にはみられており、5年後も安定して持続していた。ただし、損傷から完全に機能を取り戻すには至らず、自発的な筋の動きにはつながっていない。著者らはこれが移植細胞による再生の限界や、脊髄損傷の長期的影響によるものだと考えている。また、術後の痛みについても2名で大幅に軽減し、生活の質の向上が確認された。劇的な回復には至らないことや患者数が少ないという問題点については、今後の、より大規模な臨床試験を待つ必要がある。
この細胞移植治療に重大な副作用はみられず、画像診断でも移植部位における腫瘍形成や免疫拒絶反応といった有害な兆候はなかった。第1相試験なので安全性が確認されればよいのだが、やはり患者の目からすると、もっと効果があってほしいと思うものである。遺伝子治療、遺伝子編集といった技術が日々進歩するなかにあって、長い歴史をもつ移植再生医療にもなにかブレークスルーがもたらされなければならない。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1016/j.xcrm.2024.101841
オリゴデンドロサイト産生を促進する化合物としてファーマコゲノミクス・スクリーニングにより同定されたロイコボリンとジクロニンは脳修復のために転用できる
(Pharmacogenomic screening identifies and repurposes leucovorin and dyclonine as pro-oligodendrogenic compounds in brain repair)
Huré JB et al., Nature Communications 15, 13 November 2024.
髄鞘を再生するためには、自己の、あるいは移植された神経前駆細胞やオリゴデンドロサイト前駆細胞 (OPC)が増え、さらにオリゴデンドロサイトに分化し、オリゴデンドロサイトは髄鞘形成に働かなければならない。また状況によっては周辺環境の炎症を抑える必要もある。髄鞘再生を促進する化合物を探す研究では、これらいずれかのステップに効くものを遺伝子/経路候補から探るため、どうしても効果が一面的になってしまう。この研究では、髄鞘形成過程全体を促進する化合物を探すために、より包括的なアプローチを試みている。
著者らはParis Brain Instituteのウェブサイトで一般に利用できるOligoScoreというオリゴデンドロサイト産生に関わる転写調節の知識を要約したプラットフォームを用いている。詳細は省くが、データベース検索からオリゴデンドロサイト系譜細胞の広範な転写イベントを把握し、同様な転写変化を起こす化合物を検索した後、これら化合物をOligoScoreを用いてランク付けして、オリゴデンドロサイト産生を包括的に促進する化合物候補を絞り込んでいる。そしてin vitroの神経前駆細胞やオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)の培養、ex vivoでの小脳組織片培養、in vivoの早産児脳損傷 (PBI)や多発性硬化症 (MS)のモデルマウス実験などを通して、ロイコボリンとジクロニンを有望な候補として同定した。
PBIモデルマウスの実験では、どちらの化合物も神経前駆細胞の増殖とオリゴデンドロサイトの運命獲得を促進し、ロイコボリンは分化をさらに促進した。MSモデルマウスの実験では、OPCの数を維持しながらその分化を促進することにより、髄鞘再生を改善した。さらにはミクログリアを炎症促進型から再生促進型へと変化させて、ミエリン残渣の除去を促進した。
この研究ではこれら化合物の作用機序にまでは迫れていないものの、ロイコボリンは葉酸製剤、ジクロニンはのど飴の有効成分として使われるような表面麻酔薬として、すでにFDAに認可されているため、転用して臨床試験に持ち込みやすい。
これら化合物はPBIやMSの治療を念頭に同定されたが、例えば細胞移植による髄鞘再生治療に利用しても、移植されたOPCからの効率的な髄鞘化を促す効果が期待できるかもしれない。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1038/s41467-024-54003-9
BCAS1陽性オリゴデンドロサイトは多発性硬化症の大脳皮質を効率的に再髄鞘化できる
BCAS1-positive oligodendrocytes enable efficient cortical remyelination in multiple sclerosis
Bergner CG et al., Brain, awae293, September 2024
BCAS1は元々、breast carcinoma amplified sequence 1としてガン細胞株でみつかり、後に脳のオリゴデンドロサイトに特異的に強く発現していることがわかったタンパクで、この論文ではbrain-enriched myelin-associated protein 1と紹介されている。機能はよくわかっていない。BCAS1+オリゴデンドロサイトは胎児期〜生後まもなくまで白質に豊富に存在する。ところが、成人になると白質からはほぼ消失し、灰白質に多く存在するようになる。BCAS1+オリゴデンドロサイトはOlig2陽性であるが、その前駆細胞のマーカーであるNG2は陰性、かつ成熟オリゴデンドロサイトのマーカーであるCC1やTTTP/p25も陰性で両者の中間段階の細胞と考えられる。成人の脱髄疾患である多発性硬化症(MS)では、白質よりも大脳皮質において効率的に病巣の再髄鞘化が起こることから、本研究ではBCAS1+オリゴデンドロサイトの再髄鞘化における重要性を調べている。
クプリゾン投与により脱髄を起こしたマウスの大脳皮質では、再髄鞘化のステージになるとBCAS1+オリゴデンドロサイトの形態が、突起のみられない静止型から、分枝して髄鞘を形成する活性型へと変化していた。この活性化は炎症反応に呼応してみられるようだった。
MS患者からの生検・剖検組織でも再髄鞘化部位におけるBCAS1+オリゴデンドロサイトの活性化は炎症反応(マクロファージ・活性化ミクログリアの細胞密度)と相関していた。これら骨髄系免疫細胞からどのような炎症性のシグナルが働きかけているのかについては明らかにされていない。
さらに、慢性MS患者の顕微鏡的には正常にみえる脱髄のない大脳皮質を調べたところ、正常人の大脳皮質とは異なり、BCAS1+オリゴデンドロサイトが減少して、成熟した髄鞘化オリゴデンドロサイトへと移行していた。すなわち長い病期のなかでオリゴデンドロサイト分化がみられる一方で、BCAS1+オリゴデンドロサイトが十分に補充されていないことがわかった。このBCAS1+オリゴデンドロサイトの枯渇が、慢性MSの大脳皮質で再髄鞘化がうまくいかない原因になっているのかもしれない。
このように再髄鞘化に貢献するBCAS1+オリゴデンドロサイトであるが、なぜ白質では乏しいのか不思議である。NG2+オリゴデンドロサイト前駆細胞がいるとはいえ、炎症性のシグナルに反応して即時に再髄鞘化してくれるBCAS1+オリゴデンドロサイトが白質に多くいてくれてもよさそうなものである。先天性大脳白質形成不全症に対する髄鞘再生治療において、移植細胞のひとつのフェノタイプとして検討する価値があるかもしれない。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1093/brain/awae293
TNF-NFκB-p53軸はヒト多能性幹細胞由来ドーパミン神経細胞の生体内での生存を妨げる
TNF-NF-κB-p53 axis restricts in vivo survival of hPSC-derived dopamine neurons.
Kim TW et al., Cell, Volume 187, Issue 14, July 2024, Pages 3671–3689.e23
病的あるいは失われた神経細胞を正常な細胞で補うという細胞移植治療は、黒質-線条体のドーパミン神経細胞が失われるパーキンソン病で古くから試みられてきた。しかし未だに決定的な成果が出ていない状況である。大きな問題の一つとして、脳内に移植された細胞が死んでしまって生着しないことがある。細胞移植の基礎研究において同じ問題を経験している研究者は私も含めて多いと思われるが、うまくいかないものは論文として世に出ないので、あまり触れてこられなかった話題でもある。こうした、移植された細胞の初期の生存という大変重要なイベントにスポットを当てているのがこの論文である。
ここではヒトES細胞から誘導したドーパミン神経細胞を化学的に誘発したパーキンソン病のモデルマウス脳に移植している。そしてプール型CRISPR/Cas9スクリーニングとよばれる技術をin vivoで用いて、p53分子が移植したドーパミン神経細胞のアポトーシスによる死を誘導していることをつきとめる。さらにはTNFα-NFκB経路のシグナルがp53による細胞死にリンクしていることを確認している。そして、臨床で使われている抗TNFαモノクローナル抗体であるアダリムマブを移植する細胞の懸濁液に混ぜてTNFαをブロックしたところ、移植後の細胞生存を劇的に改善することができた。このときアダリムマブは移植を受ける組織の炎症環境に作用するのではなく、移植用ドーパミン神経細胞自身がつくるTNFαを抑制していた。
ペリツェウス・メルツバッハ病では2012年に4名の患者さんが神経幹細胞の移植を受けたが(doi: 10.1126/scitranslmed.3004373.)、期待したような移植細胞による髄鞘化の広がりは観察されず、効果は非常に限定的であった。この場合の移植細胞はドーパミン神経細胞とは異なるし、移植細胞に対する抗体の出現など他の問題もある。しかしグリア系の前駆細胞でも同様な細胞死のメカニズムがあるのか、またp53以外に細胞生存のキーとなる分子がないかなどを検討したうえで、今回紹介した論文のような移植細胞保護のアプローチを試みるべきであろう。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.05.030
タイム イズ ミエリン:多発性硬化症では大脳皮質髄鞘の早期修復は大脳皮質の萎縮と病期の進行を防ぐ
Time is myelin: early cortical myelin repair prevents atrophy and clinical progression in multiple sclerosis
Lazzarotto A. et al., Brain, Volume 147, Issue 4, April 2024, Pages 1331–1343.
多発性硬化症(MS)における大脳皮質の脱髄と再髄鞘化については、これまで神経病理学的に検討がなされてきたものの、その過程が神経変性や症状の不可逆的な進行にどれだけ影響しているかについては未だにはっきりしていない。この論文で著者らは、半定量的磁気共鳴法である磁化移動イメージング(MTI)を用いて、様々な病期段階の140名のMS患者について大脳皮質の髄鞘の変化とその臨床的相関を評価する多施設縦断研究を行った。
皮質髄鞘の変化をみた3つの指標は患者間で不均一であり、臨床的表現型や治療群に違いによる有意差はみられなかった。脳脊髄液に近接する部位では皮質の再髄鞘化が乏しい傾向にあり、このことは年齢、罹病期間、臨床的表現型に関係なかった。皮質の脱髄の動向を示す指標が高く、皮質の再髄鞘化の指標が低いことは、1年後の皮質の萎縮が大きいことと有意に相関しており、これは年齢やMSの表現型とは無関係であった。大脳皮質の脱髄の程度から、5年後の臨床的進行度合いを高い確率で予測できた。これに対し、大脳皮質の再髄鞘化が5年後に臨床的障害を蓄積するリスクを減少させているかについては、罹病期間が短く、脱髄の程度が限定的な患者グループのみで有意であった。この患者グループでは、皮質の再髄鞘化が30%増加すると、MSの再発とは無関係に、5年後の臨床症状進行のリスクがほぼ半減していた。
以上から、大脳皮質の髄鞘動態は神経変性とそれに続く不可逆的な神経障害に重要な役割を果たしていることがわかった。同時に、早期に大脳皮質の再髄鞘化を促すことで、MS患者における不可逆的な神経症状を予防できる可能性があることが示唆された。
先天性大脳白質形成不全症でも同じことが言えるのかどうかについて答えるのは難しいかもしれない。先天性大脳白質形成不全症の場合はMSとは異なり、髄鞘形成細胞そのものに遺伝的な異常をもつことが多いため、自然経過としての再髄鞘化を評価しがたいからである。しかし、大脳白質形成不全でも大脳皮質の萎縮を認めながら病期が進むことを考えると、できるだけ早期に大脳皮質の髄鞘を修復することは重要課題としなければいけないかもしれない。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1093/brain/awae024
アストロサイト由来TIMP-1はオリゴデンドロサイト分化阻害因子であるアナステリンの産生およびFTY720の効果を制御する
Astrocytic TIMP-1 regulates production of Anastellin, an inhibitor of oligodendrocyte differentiation and FTY720 responses
Sutter PA, et al. PNAS, Jan. 24, 2024. 125 (5) e2306816121
TIMP-1はプロテアーゼ阻害剤であると同時に成長因子としてもはたらくタンパクで、慢性炎症の場ではアストロサイトからのTIMP-1分泌が減少することが知られる。著者らはTIMP-1をノックアウトしたアストロサイトのプロテオーム解析から、アナステリンとよばれるフィブロネクチンに由来するペプチドを同定した。アナステリンはin vitroでラットのオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)のオリゴデンドロサイトへの分化を阻害したほか、フィブロネクチンのもつOPC分化抑制作用を増強した。
アナステリンはFTY720(フィンゴリモド、多発性硬化症の治療薬)が作用するスフィンゴシン-1-リン酸受容体1に結合する。このためアナステリンは多発性硬化症において、フィンゴリモドによる自己反応性T細胞の中枢神経系への浸潤抑制作用を弱めてしまうと考えられるが、それ以外にもフィンゴリモドがもつ髄鞘形成促進作用をも阻害することがin vitroの実験で明らかになった。フィンゴリモドは多発性硬化症モデル(EAE)マウスで有効性を示すが、Timp1ノックアウトマウスを用いたEAEには無効であった。
プロテオミクスデータベースの解析からも、疾患活動性が高い多発性硬化症患者の脳脊髄液中にアナステリンがより豊富であることがわかった。多発性硬化症においては、アストロサイトのTIMP-1産生低下によって増加するアナステリンがフィンゴリモド治療への応答を鈍らせるだけでなく、再髄鞘化そのものを阻害する方向に働いている可能性があると結論づけている。
中枢神経系におけるアナステリンに関しては報告がほとんどなく、白質ジストロフィーではどうなっているのか興味深い。もっともTIMP-1発現は種々の白質ジストロフィーで上昇傾向にあるようだが、慢性的に緩徐に進行するケースでは多発性硬化症に似た慢性炎症を伴うTIMP-1の低下や髄鞘化の阻害はみられないだろうか。髄鞘再生を妨げる物質はことごとく気になってしまう。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1073/pnas.2306816121
ミエロイド系細胞の芳香族アミノ酸代謝は中枢神経系の髄鞘再生を促進する
Myeloid cell-associated aromatic amino acid metabolism facilitates CNS myelin regeneration
NPJ Regenerative Medicine, Jan. 2, 2024; 9(1):1.
髄鞘の疾患において、中枢神経系のミエロイド系細胞(ミクログリアとマクロファージのことを指す)は環境に応じて髄鞘を破壊(脱髄)または再生(再髄鞘化)に導く、いわば相反する二刀流の働きをすることが知られている。したがってその治療のためには、ミエロイド系細胞を髄鞘の保護・再生に協力させるべく制御する方法を知ることが必要である。この論文では、アミノ酸酸化酵素であるinterleukin-4 induced 1 (IL4I1)により生成される芳香族α-ケト酸(AKA)が、多発性硬化症(MS)のモデルマウスの再髄鞘化を促進することを紹介している。再髄鞘化の際にミエロイド系細胞のIL4I1発現が上昇したので、ミエロイド系細胞特異的にIL4I1をノックアウトしてみると、再髄鞘化の効率は低下した。さらにIL4I1の発現を欠損させたマウスでは、再髄鞘化部位のAKA、フェニルピルビン酸、インドール-3-ピルビン酸、4-ヒドロキシフェニルピルビン酸が減少していた。AKAレベルの低下は、実際のMS患者でも、特に再髄鞘化が障害される進行期において観察された。そこでAKAを局所性脱髄のモデルマウス(リゾレシチン投与モデル)に経口投与すると、ミエロイド系細胞が起こす炎症の調節、オリゴデンドロサイトの成熟促進、再髄鞘化の促進がみられた。先天性大脳白質形成不全症の場合はMSと違って、オリゴデンドロサイト等に遺伝子異常を抱えるため、これだけでは不十分だが、AKAが経口投与で髄鞘化を促進できることは大きな利点であり、細胞移植や遺伝子治療と組み合わせることで効果を発揮してくれるかもしれない。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1038/s41536-023-00345-9
一次繊毛はヘッジホッグ非依存的なCREBシグナルを介して白質障害時のオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を制御する
Primary cilia control oligodendrocyte precursor cell proliferation in white matter injury via Hedgehog-independent CREB signaling
Cell Reports, Oct 31, 2023; vol. 42, Issue 10, 113272
体中のほとんどの種類の細胞は一次繊毛とよばれるアンテナのような小器官をもっている。波平さんの髪の毛のように1本だけが細胞膜から突き出ていて、それが微細であるため普段あまり注目されないが、一次繊毛の異常により様々な病気を生じることからも重要な機能を持つことは明らかである。しかしそれぞれの細胞種について一次繊毛の機能には不明な点が多く、オリゴデンドロサイト前駆細胞 (OPC)の一次繊毛も例外ではない。この論文では白質障害へのOPCの応答における一次繊毛の役割を調べている。繊毛内輸送に関わる遺伝子Ift88を欠失させマウスのOPCから繊毛を除去すると、OPCは増殖が低下して、白質障害の病巣に再分布することができなくなった。一次繊毛はヘッジホッグ (Hh)シグナルとGタンパク質共役受容体(GPCR)シグナルを伝達する。しかし一次繊毛を欠損させてもOPCのHhシグナルへの反応には影響がなかった。かわりに転写因子であるCREBを介した転写の機能不全が生じた。OPCにおけるCREB活性の阻害がOPC増殖を減少させたことから、GPCR/cAMP/CREBシグナル経路が白質障害に応答したOPCの増殖を制御していると考えられた。多発性硬化症などにみられる白質障害では、病変部位でOPCが増殖・再分布してくれず、髄鞘再生がうまくいかない。この現象にOPCの一次繊毛がどの程度関わるのかは不明だが、せっかくOPCがアンテナを出して情報を待っているのだから、将来、一次繊毛シグナルを効果的に活用して再髄鞘化を促す方法が見つかるとよいと思われる。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2023.113272
オリゴデンドロサイトへの分化指向をもったヒト脊髄神経幹細胞の移植は頚髄損傷のモデルラットにおける病態生理学的改善と機能回復を促進する
Human Spinal Oligodendrogenic Neural Progenitor Cells Enhance Pathophysiological Outcomes and Functional Recovery in a Clinically Relevant Cervical Spinal Cord Injury Rat Model
Pieczonka K, et al. Stem Cells Translational Medicine, Aug 24, 2023, published online.
外傷性脊髄損傷ではオリゴデンドロサイトの傷害により髄鞘が失われた後、その保護を受けていた神経軸索が次第に変性し神経学的症状が固定してしまう。したがって受傷後早期にオリゴデンドロサイトを補充し神経細胞死を防ぐことが治療のターゲットといえる。そこで著者らはオリゴデンドロサイトに分化しやすい神経幹細胞(oNPC)をヒトiPS細胞から誘導し、頸髄損傷モデルラットの病巣に移植することで、神経細胞やアストロサイトも供給しつつ、主としてオリゴデンドロサイト/髄鞘を再生させることを試みた。著者らは2008年にもラット胸髄をクリップするモデルで同様の報告をしているが、今回は脊髄損傷の頻度が高い頚髄での報告である。結果、移植されたoNPCは損傷した組織に保護的に働き、グリア瘢痕を軽減、再髄鞘化を促進した。またラットの運動機能を改善することができた。神経因性疼痛を増悪させず腫瘍形成は起こさないことも確認している。実際の脊髄損傷をげっ歯類で忠実にモデル化することは難しいと言われるもののoNPCは脊髄損傷の細胞治療ツールとして期待がもてるものである。
大脳白質形成不全症のモデルとしてよく用いられるshivererマウスでは移植された前駆細胞は好んでオリゴデンドロサイトへと分化してくれる。しかし実際の大脳白質形成不全では疾患によっては強い炎症を伴うなど、脳組織の状況は様々で動物実験の通りになるとは限らないだろう。こうしたオリゴデンドロサイトになりやすい細胞は有用であるかもしれない。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1093/stcltm/szad044
アストロサイト-オリゴデンドロサイト連関による中枢神経系再生の調節
Astrocyte-oligodendrocyte interaction regulates central nervous system regeneration
Molina-Gonzalez I, et al. Nature Communications Vol. 14: 3372. June 8, 2023
中枢神経系の再髄鞘化を左右する因子としてはミクログリア/マクロファージが関わる炎症環境がよく取り沙汰されるが、中枢神経系を支えるグリア細胞の筆頭であるアストロサイトと髄鞘の関連はそれほど話題に上らない。この研究はアストロサイトが自身のコレステロール生合成を介して再髄鞘化をサポートすることを報告したものである。
ここではマウスの大脳白質にライソレシチンを投与することで脱髄を生じさせた後、再髄鞘化されるまでのアストロサイトの遺伝子発現の変化を調べている。結果、再髄鞘化が起こるときに転写因子Nrf2の発現が低下し、Nrf2のターゲットのひとつであるコレステロール生合成が高まることを見つけている。そこでアストロサイトのNrf2を過剰発現するマウスで同様の実験をするとオリゴデンドロサイトの細胞死が増えて再髄鞘化が妨げられた。Nrf2の過剰な活性を抑えることができる薬剤であるルテオリンを投与すると、アストロサイトのコレステロール合成酵素が強く発現し、オリゴデンドロサイトの生存は促進され、このモデルマウスの再髄鞘化が回復した。In vitroの実験では前駆細胞から分化したオリゴデンドロサイトに対して、アストロサイトがコレステロールを提供していることが示唆された。さらに、多発性硬化症の患者脳を用いた解析では、再髄鞘化が乏しい部位のアストロサイトのNrf2活性は高く、コレステロール生合成は低下していることが示唆された。
上記の結果は細胞移植による髄鞘再生治療に応用できる可能性がある。大脳白質形成不全症において、アストロサイトのNrf2活性が変調をきたしているかどうかはわからないが、もしそのような病態があれば、アストロサイトのNrf2発現を抑制する、またはコレステロール生合成を助ける薬物治療が移植細胞による髄鞘化を助けてくれるかもしれない。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1038%2Fs41467-023-39046-8
ヒト神経幹・前駆細胞の精製と特性解析
Purification and characterization of human neural stem and progenitor cells
Cell Vol. 186: 1179-1194. March 16, 2023
ヒトの脳は妊娠中期に急速に発達し、神経幹細胞および前駆細胞(NSPC)から神経細胞、オリゴデンドロサイト、アストロサイトを生み出す。実験動物と違って、ヒトではNSPCを正確に精製することが困難であるために、NSPCにどのような種類のものがあり、それぞれがどのような機能をもつのかを明らかにすることが難しかった。この研究では、細胞表面マーカーを用いた高次元フローサイトメトリーとシングルセル・トランスクリプトミクスを組み合わせ、妊娠中期(17週から19週)に発生するヒト脳のNSPCを包括的に精製している。そしてin vitroだけでなく、免疫不全マウスへ細胞移植を行うin vivo解析も行って、NSPCの機能的な特徴づけを試みている。
その結果、放射状グリア、ニューロン前駆体、オリゴデンドロサイト前駆体、アストロサイト系細胞など10種類のNSPC集団を同時に精製して、NSPC系統の階層を明らかにしている。CD24-THY1-/lo細胞は放射状グリアに富み、マウス脳内で3つの細胞系譜すべてに分化した。THY1hi細胞は、オリゴデンドロサイトのみに分化する前駆細胞であり、CD24+THY1-/lo細胞は、興奮性および抑制性の神経細胞系に分化することを示した。特筆すべきは、アストロサイトとオリゴデンドロサイトのみに分化し、ニューロンには分化しないTHY1hiEGFRhiPDGFRA-グリア前駆細胞を同定しており、マウスへの移植実験ではオリゴデンドロサイトとして白質に広範に生着していた。この細胞は今後、細胞移植による髄鞘の再生治療に応用できるかもしれない。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.02.017
進行性多発性硬化症患者への神経幹細胞の移植(オープンラベル第1相試験)の報告
Neural stem cell transplantation in patients with progressive multiple sclerosis: an open-label, phase 1 study
Nature Medicine Vol. 29: 75-85. Jan. 9, 2023
イタリアのサン・ラファエレ病院で進行性多発性硬化症の患者12名に対して、ヒト胎児神経幹細胞を髄腔内に移植する第1相臨床試験が行われた。これは移植神経幹細胞が神経保護や免疫調節効果を発揮して多発性硬化症の症状を改善、また進行を遅らせることを期待したものである。この論文では2年間の追跡調査により治療の安全性が確認された。もう少し踏み込んだ解析では患者の脳萎縮の割合が低く、種々の抗炎症性および神経保護性分子の脳脊髄液中濃度が上昇することが示された。髄鞘化については特に述べられていない。
このイタリアのグループが動物モデルを用いてこうした神経幹細胞の効果を発表したのは2005年のことで、当時は彼らが学会に出てくるたびに総攻撃を受けていたことを思い出す。移植細胞自身が髄鞘をつくることが当然の治療戦略であると考えられていたことと、神経保護や免疫調節の分子メカニズムについてはなんら説明がなかったことから私も含め多くの研究者が懐疑的だった。まだ第1相試験で治療が安全に行えたというところなので、治療効果については今後の報告に期待したい。
先天性髄鞘形成不全症では、多発性硬化症と違って、髄鞘を作る細胞そのものに機能異常があることが多いため、根治療法としてこれと同じアプローチを適用するのは難しいだろう。しかし補助的に神経細胞や髄鞘形成細胞を護ることには応用できるかもしれない。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1038/s41591-022-02097-3
発生過程におけるアストロサイトの足突起形成はオリゴデンドロサイト前駆細胞の移動停止を制御している
Astrocyte endfoot formation controls the termination of oligodendrocyte precursor cell perivascular migration during development
Liu S, et al. Neuron 2022 Nov. 15; in press.
オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)は発達中の中枢神経系において、血管を足場として移動することで広範囲に分布する。その後に適切なタイミングで血管を離れてオリゴデンドロサイトへと分化し、神経軸索に髄鞘を提供する。そのメカニズムの解明に迫ったのがこの研究で、アストロサイトの足突起(エンドフット)が血管上に形成されることと、OPCの血管周囲への移動が停止することの間に相関関係があることを見いだした。足突起がOPCを血管領域から追い出すことをex vivoおよびin vivoライブイメージングで示し、足突起形成に関わる遺伝子の欠損がOPCの血管からの離脱とその後の分化の両方を阻害することを示している。そして、この現象がアストロサイト由来のセマフォリン3aおよび6aによって起こることを突き止めている。
この論文を紹介した理由は、OPC移植によって髄鞘化を試みる動物実験において、移植細胞が未分化のままであったり、逆に脳内の狭い範囲でしか髄鞘を形成させられないことをしばしば経験するからである。この論文は発生過程での話であり、生後脳にそのまま応用はできないかもしれない。しかしOPCが移動・拡散し、続いて適切に分化できるように脳内環境を制御することを考えれば、ヒトの大きな脳でも広範囲の髄鞘修復が可能になるかもしれないと夢を抱かせる論文だと思った。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1016/j.neuron.2022.10.032
オリゴデンドロサイトのマクロオートファジーは髄鞘の代謝回転に必須であり、神経変性と神経細胞死を防いでいる
Oligodendroglial macroautophagy is essential for myelin sheath turnover to prevent neurodegeneration and death
Cell Rep. 2022 Oct 18; 41(3):111480.
大脳白質形成不全症をはじめとする髄鞘の疾患の初期には、髄鞘の異常そのものに起因する神経学的症状が生じる。しかし、病勢が進行するに從い、髄鞘を提供されるべき神経細胞の変性または死によって非可逆的かつ進行性の症状を呈してしまうことが問題である。この研究では、マクロオートファジーによる髄鞘の代謝回転を阻害したたマウスにおいて、髄鞘の構造が変化し、最終的には進行性運動機能低下、神経変性、神経細胞死が生じることを示している。成熟オリゴデンドロサイトは細胞質内と膜貫通型の髄鞘蛋白をアンフィソーム中間体内に集めた後にマクロオートファジーを実行して髄鞘蛋白を分解しており、マクロオートファジーによって髄鞘を絶えず自律的に維持することが神経細胞の維持にも大変重要であることがわかった。
もし髄鞘の疾患においてオリゴデンドロサイトのマクロオートファジーが障害されているならば、オートファジーを正常化してやることで、髄鞘や神経細胞の保護が可能になるかもしれない。実際、ペリツェウス・メルツバッハ病のモデルマウスではオリゴデンドロサイトの細胞質にオートファジー空胞が観察されると報告があるが、その病的意義の詳細は未だ不明である。過剰産生されたPLPをオートファジーにより適正に管理することができれば治療法開発につながるのかもしれない。
〈用語解説〉
- マクロオートファジー:細胞の自食作用(オートファジー)の1つで、中心的なものである。オートファゴソームという二重膜構造が、その中に細胞質成分を閉じ込め、リソソームと融合して細胞質成分を分解する。
- アンフィソーム:オートファゴソームとエンドソームが融合してできる小胞で、リソソームと融合する手前の段階のもの。
文責:近藤洋一
doi: 10.1016/j.celrep.2022.111480.
没食子酸とアスコルビン酸の補給は、ラットの塩化カドミウムによる認知機能障害と神経病理学的傷害を軽減する
Gallic and ascorbic acids supplementation alleviate cognitive deficits and neuropathological damage exerted by cadmium chloride in Wistar rats
Adebiyi O, et al. Scientific Reports. 2022 Aug 24; 12(1):14426.
カドミウムは活性酸素の発生を介してDNA の修復機構を阻害することで高い神経毒性をもつ重金属である。著者らは没食子酸(茶などの植物に含まれるポリフェノール)、およびアスコルビン酸(ビタミンC)の抗酸化作用に着目して、塩化カドミウムによる神経毒性に対するこれらの保護作用を検討した。カドミウムと没食子酸、またはカドミウムとアスコルビン酸の経口投与を続けたラットは、カドミウムのみを投与したラットに比べて、Morris水迷路試験、強制水泳試験およびオープンフィールド試験などで認知機能の改善がみられた。組織学的解析では、こうした治療群のラットの髄鞘は保全されており、神経細胞の脱落も防がれていた。この論文の免疫染色のプレゼンテーションなどはやや雑ではあったが、酸化的ストレスに弱いオリゴデンドロサイト/髄鞘が入手しやすい抗酸化物質により保護されることは歓迎したい結果である。カドミウム毒性と大脳白質形成不全症のような遺伝疾患とは直接比較はできないものの、髄鞘を護るという観点からは参考になるかもしれない。
文責:近藤洋一
doi: 10.1038/s41598-022-18432-0.
若い脳脊髄液はFgf17を介して老齢マウスのオリゴデンドロサイト新生と記憶を改善する
Young CSF restores oligodendrogenesis and memory in aged mice via Fgf17
Iram T. et al. Nature. 2022 May 19; 605:509-515.
中枢神経系(脳と脊髄)を浸す脳脊髄液(CSF)は老廃物を除去するなど中枢神経系の恒常性を保つ重要な液体である。本論文では、若いマウスのCSFを老齢マウスの脳に直接注入すると、記憶が改善されることが報告されている。この脳の若返り現象を分析したところ、海馬ではオリゴデンドロサイトが増え、老化によって減少していた髄鞘が修復されていることがわかった。若いCSFは培養したオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)の増殖と分化を促進したが、このOPCの増殖にSRFという転写因子が働いていた。海馬のOPCでは加齢に伴って減少したSRFの発現が、若いCSFの投与によって回復した。そこで若いCSFに含まれるどの成分が OPC の SRFを活性化するのかを探索し、線維芽細胞成長因子(Fgf)17を見出している。そしてFgf17を老齢マウス脳に投与すると、若いCSFを投与したのと同じように、オリゴデンドロサイトが増え、長期記憶の改善が誘導できた。さらにはFgf17シグナルを中和抗体によって遮断すると若いマウスでも認知機能が低下することが確認された。
この実験系が髄鞘の疾患の治療へ直接応用されるということはないだろうが、髄鞘再生を促進させる方法を考える際にヒントを与えてくれる興味深い研究である。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1038/S41586-022-04722-0
マクロファージのリポファジーを改善することで多発性硬化症の髄鞘修復が改善する
(Targeting lipophagy in macrophages improves repair in multiple sclerosis)
Autophagy. 2022 Mar 14;1-14. (Published online)
髄鞘の病気、特に脱髄疾患の病巣を観察すると細胞内に髄鞘の断片を多く含んだ泡沫状マクロファージがみられる。こうした脂質を慢性的に蓄積したマクロファージは炎症の促進に働いてしまう。そこで泡沫状マクロファージでは脂質滴の分解を進めるオートファジーの一形態であるリポファジーの乱れが存在することを示し、オートファジーを刺激することで脂質の負荷を減少し炎症性の性質を軽減できることを示したのがこの研究である。二糖類であるトレハロースによって、マウスを用いたex vivo脳スライスモデルやin vivoキュプリゾン誘発脱髄モデルにおいて再髄鞘化を促進することができた。これはリポファジーの誘導が再髄鞘化促進の有望な治療戦略となる可能性を示している。これらex vivoおよびin vivoモデルが多発性硬化症治療のモデルとして解釈できるかどうかの問題は残るものの、多発性硬化症においてはリポファジーの改善によって髄鞘の自己再生促進が期待できるかもしれない。白質ジストロフィーのような遺伝疾患でも細胞移植治療に合わせて移植部位でのマクロファージのオートファジー環境を整えてやれば髄鞘再生の成績がよくなることが期待できる。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.1080/15548627.2022.2047343
外傷性脊髄空洞症モデルラットに対するヒトiPS細胞由来神経幹細胞移植の効果
(Multiple therapeutic effects of human neural stem cells derived from induced pluripotent stem cells in a rat model of post-traumatic syringomyelia)
eBioMedicine. 2022 March; 77, 103882.
2021年12月、脊髄損傷の患者さんに対し、第1例目となるiPS細胞由来の神経前駆細胞移植が慶應義塾大学病院にて行われました(実施責任者:慶応大学医学部 岡野栄之教授)。これにより、まずは亜急性期の脊髄損傷に対する移植治療の安全性が評価されます。
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2022/1/14/220114-1.pdf
この世界初となる脊髄損傷に対するiPS細胞由来細胞の移植を記念してということではないですが、脊髄損傷(脊髄空洞症)モデルラットに対するヒトiPS細胞由来神経幹細胞移植の実験を紹介します。脊髄空洞症は脊髄損傷の慢性期に生じて徐々に神経症状を悪化させます。この論文ではラットの脊髄に外傷を与えてモデルを作製し、1週後(亜急性期)または10週後(慢性期)にヒトiPS細胞由来神経幹細胞を脊髄内に移植、さらにその10週後に脊髄に生じた空洞の容積を評価しました。移植群のラットでは対照群に比べて空洞容積が減少し、移植神経幹細胞は主にグリア細胞へ分化することで組織修復に貢献していました。グリア瘢痕およびコンドロイチン硫酸プロテオグリカン4の密度は減少し(神経突起伸長を促進)、ラット自身のオリゴデンドロサイト前駆細胞の移動と増殖が促進され(髄鞘の再生)、活性ミクログリア/マクロファージは減少(炎症の軽減)していました。そして亜急性および慢性移植後ともに軸索再生が促進されていました。iPS細胞由来神経幹細胞の移植は複数の作用機序によって脊髄損傷の改善効果もたらすと期待されます。
文責:近藤洋一
doi: 10.1016/j.ebiom.2022.103882
ヒトオリゴデンドロサイト前駆細胞の移植は早産による大脳白質傷害モデルラットの神経学的症状を改善する
(Transplanted human oligodendrocyte progenitor cells restore neurobehavioral deficits in a rat model of preterm white matter injury)
Frontiers in Neurology. 2021 Nov 10; 12: Article 749244.
周産期に胎児が低酸素状態に曝されることなどにより大脳の白質が傷害される。これは脳室周囲白質軟化症として知られ、脳性麻痺の主要な原因となっている。この病態をモデルラットを用いて、ヒト由来のオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)を脳内移植することで神経学的な症状が改善したというのが本研究である。具体的には生後3日のラットに低酸素を負荷し、生後7日に脳室内へOPCを移植した。移植13週後、OPCの多くは傷害された白質へ分布して、オリゴデンドロサイトとなり髄鞘を形成していた。白質の希薄化は軽減し、運動機能・認知機能も改善した。
ここ最近、白質疾患の再生医療に関する研究論文を見かけず、紹介に困っていたが、今回は数報まとまって目に止まった。どれも強いインパクトのあるものではないのだが、髄鞘の再生以外にもOPC移植による治療メカニズムが示唆されるところが興味深いので、あと2つほど論文の概要を紹介したい。
Oligodendrocyte precursor cells transplantation improves stroke recovery via oligodendrogenesis, neurite growth and synaptogenesis. Aging and Disease. 2021 Dec 1; 12: 2096-2112. マウスの一過性脳虚血を起こした部位にOPCを移植したところ、その後の神経症状や脳萎縮の改善がみられた。移植によりC-X-Cケモカインの作用が増強し、内在性OPCの増殖と遊走が促進されたために髄鞘形成が増強していた。さらには移植OPC由来のNetrin-1がDCC受容体を介して神経突起の成長とシナプス形成を促進していると考えられた。
Oligodendrocyte precursor cell transplantation promotes angiogenesis and remyelination via Wnt/ β-catenin pathway in a mouse model of middle cerebral artery occlusion. J Cereb Blood Flow Metab. 2021 Dec 8; published online.マウスの脳梗塞モデルに対してOPCを移植したところ、運動・認知機能が改善し、脳萎縮が軽減した。OPC移植により髄鞘の再生だけでなく、移植細胞からのWnt7a産生によって新しい血管の形成も促進されており、その両方が脳機能改善に有益であると考えられた。
文責:近藤洋一
https://doi.org/10.3389/fneur.2021.749244
生体内でアストロサイトを神経細胞へ転換する実験の検証
(Revisiting astrocyte to neuron conversion with lineage tracing in vivo)
Cell. 2021 Oct 14; 184(21):5465-5481.
今回は華々しい内容の再生医療論文が見当たらなかったので、研究上の注意喚起を促す論文を紹介したい。
目的とする細胞を移植によって補うことだけが再生医療ではない。例えば、患者さんの体内で別種類の細胞を目的の細胞へと転換させる方法(ダイレクトリプログラミング)もその一つであろう。近年、AAVウイルスベクターを用いてマウス脳内でグリア細胞(アストロサイト)を神経細胞へと転換できたとの報告が相次ぎ、パーキンソン病などで神経再生治療への応用が期待されている。
この研究では、そうした革命的な結果が本当なのか、厳格なリニエージトレーシングによって検証している。結果、マウス脳内でアストロサイトから転換したと見なしていた神経細胞は、元々神経細胞であった。アストロサイト特異的なプロモーターを使ったのに、これが神経細胞でも活性化し得るために解釈を誤ったというものであった。in vitroからin vivoへのステップアップはやはり難しいことを示している。
文責:近藤洋一
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0092867421010527
https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.09.005
転写因子SOX10、OLIG2、NKX6.2による線維芽細胞からオリゴデンドロサイト様細胞へのワンステップ誘導
(One-step Reprogramming of Human Fibroblasts into Oligodendrocyte-like Cells by SOX10, OLIG2, and NKX6.2)
Stem Cell Reports. 2021 Apr 13;16(4):771-783.
ペリツェウス・メルツバッハ病(PMD)をはじめとする大脳白質疾患の再生医療では、髄鞘をつくる細胞であるオリゴデンドロサイトまたはその前駆細胞を得て脳内に移植することが考えられている。こうした細胞はiPS細胞、ES細胞、または胎児由来の幹細胞などからつくりだすことができるが、複雑な培養操作、時間、多額の費用がかかることが問題である。この論文ではヒトの線維芽細胞(皮膚などから簡単に得ることができる)に3種類の転写因子を作用させて培養することで、一気にオリゴデンドロサイト様の細胞を誘導できることを紹介している。論文では「様」という言葉をつけて慎重を期しているが、ナノファイバーのまわりに髄鞘をつくることが示されている。動物実験などによって、この細胞が実際の脳内で安定して髄鞘がつくれることの証明が待たれる。
また、この論文ではPMD患者さんから得た線維芽細胞を用いて同様にオリゴデンドロサイト様細胞をつくっており、PMD研究のツールとしても利用できることが示されている。
例えば患者さん自身の皮膚細胞から、まず遺伝子編集などの技術で遺伝子異常を修復した後に、すばやく移植用のオリゴデンドロサイトをつくることができるようになれば、拒絶反応の心配がない再生医療を加速させることができるかもしれない。
文責:近藤 洋一




