遺伝性白質疾患ガイドライン
カナバン病
Canavan disease (OMIM #271900)
疾患説明:アスパラトアシラーゼ(Aspartoacylase: ASPA)遺伝子の異常により生じる進行性の大脳白質変性症であり、常染色体劣性遺伝形式をとる。発症時期により、先天型、乳児型、若年型の3つのタイプに分類されるが、典型例では乳児期早期より低緊張、易刺激性、定頸不良を呈し、徐々に大頭症、精神運動発達遅滞、痙性麻痺、視神経萎縮が顕在化する。検査所見として、尿中のN-acetylasparitic acid (NAA)の著明な上昇が特徴的である。多くは10年以内に死亡する予後不良な疾患である。
治療:中枢神経のNAAの蓄積を抑える目的で、リチウム、リポ酸、グリセリルトリアセテートなどの治療が試みられているが、根本的な治療は存在しないが、ウイルスベクターを用いた遺伝子治療が試みられている。
1. 概要
C.Q1 カナバン病とはどのような病気ですか?
定義
Canavan (1931)により最初に記述され、後にBertrandとBogaert(1949)により確立された症候群である(1, 2)。常染色体劣性遺伝形式をとる大脳白質変性疾患であり、神経病理学的には大脳白質の浮腫と海綿状変性を特徴とする。その後の遺伝学的検索により、アスパラトアシラーゼ(Aspartoacylase; ASPA)遺伝子の異常がこの病気の主たる原因であることが明らかにされた。ASPAはTCAサイクルで生じたN-acetylasparitic acid (NAA)を酢酸とアスパラギン酸に加水分解する酵素であるため、この酵素活性が低下することにより、中枢神経系にNAAが蓄積し神経症状を引き起こす(3)。
疫学
本邦ではわずか1例の報告しかなく、またアンケート調査でも、他に確定診断となった症例の報告がなく、極めて稀な疾患と考えられる(4)。一方、Ashkenaziユダヤ人での報告例が多く見られている(3)。
病因・病態
ASPAは、通常脳内のオリゴデンドロサイトに多く発現しており、NAAはオリゴデンドロサイトで酢酸とアスパラギン酸に加水分解される。ASPA遺伝子の異常によりASPA酵素活性が低下すると、NAAが蓄積するうえに、髄鞘の基質となる酢酸の供給が減少するため、結果として海綿状変性をきたすと考えられている(5, 6)。
臨床症状
最も重篤な先天型では生後数週間以内に、最も一般的な乳児型では生後6ヶ月までに、最も軽症の若年型では4−5歳までに症状が明らかになる。典型例では、病初期には易刺激性と低緊張が見られ、運動発達は定頸から遅滞する。その後、大頭症、追視不良、失調、嚥下障害、けいれんなどの症状が顕在化する。視神経萎縮と痙性麻痺が進行し、思春期になる前に亡くなることが多い(5,7,8)。
検査・画像所見
検査所見として疾患特異的なものとして、尿中のNAA排泄が著明に上昇する。患者では、通常の排泄量の数十倍に上る(9)。一般的な血算・生化学検査には異常は認めない。頭部MRI検査では、び慢性の白質変性の所見が認められ、皮質下白質に軽度の浮腫を伴う。脳室周囲縁や内包といった中心部白質は初期には保たれることが多いが、症状が進行すると冒され、萎縮性変化をきたす。淡蒼球や視床は冒されるが、被殻や尾状核は保たれる(10)。MRスペクトロスコピーではNAAの異常ピークがみられ、NAA/コリン比の上昇が見られる(11)。
遺伝子診断
尿検査をスクリーニングとして、疑わしい例ではASPA遺伝子検査により診断を確定する。ヒトのASPA遺伝子は、17番染色体短腕に存在し、Kaulらにより1991年に同定され、30kbの大きさで6つのエクソンと5つのイントロンからなる(12)。Ashkenazi ユダヤ人の96%以上が、codon 285のミスセンス変異か(Glu285Ala)、codon231のナンセンス変異(Tyr231X)が原因であるが、本邦を含め非ユダヤ人からは他の変異も見つかっている。
2. 治療、ケア
カナバン病は、現在のところ根本的な治療がないため、各症状に対応した治療を行う。
a. 精神運動発達遅滞
知的障害と運動障害の重複障害を伴うことから、最も罹患率の高い脳性麻痺時と同様の療育を受けることが実際的である。保健所あるいは診断を行った病院より、療育センターや病院のリハビリテーション科を紹介する。姿勢保持、関節拘縮予防などの必要なケアを行う。発達退行がみられる点で脳性麻痺とは臨床的に異なる。
b. てんかん
カナバン病の何割にてんかんがみられるのかについての系統的な報告はみられないが、発作のタイプにより、部分発作にはカルバマゼピンやラモトリギン、全般発作にはバルプロ酸やゾニサミドなどが用いられる。
c. 呼吸障害、嚥下障害
喉頭咽頭機能不全のため、誤嚥性肺炎をきたしやすい。経口摂取が難しい症例では経胃管あるいは胃瘻からの栄養補給が行われる。筋緊張亢進のために胃食道逆流をきたす症例では、噴門形成術を併用する。
3. 食事・栄養
特に推奨される食事・栄養はない。バランスのとれた食事が望ましい。
4. 予後
自然歴の調査は存在しないが、乳児型では思春期までに死亡すると考えられている。
5. 鑑別診断
大頭症をきたす神経変性疾患として、アレキサンダー病、テイ・サックス病、が挙げられる。3-ヒドロキシ-3-メチルグルタル酸血症がある。大脳の海綿状変性をきたす疾患として、ミトコンドア病などの先天性代謝異常症やウイルス性脳炎があげられる。
6. 最近のトピックス
カナバン病の中枢神経症状の原因に関してはまだ不明な点も多いが、NAAの蓄積による浸透圧性浮腫の軽減や、NAA由来の髄鞘構成脂質の基質補充、酸化ストレスの軽減などをターゲートとした治療が試みられている(13)。また、実験室レベルではあるが、遺伝子治療も試みられている。
a. リチウム
中枢神経へのNAA蓄積の軽減を目的とした投薬の効果が期待されている。その中でも、リチウム、塩化リチウム45mg/kg/dayの投与により、重大な副作用なく、部分的に神経症状を改善させ、中枢のNAA濃度の低下と髄鞘化の促進が報告されている(14).
b. グリセリルトリアセテート(GTA)
NAAの加水分解障害による酢酸の供給不足に伴う髄鞘形成不全と変性を抑える目的に、髄鞘形成に必要な基質を補充する治療が試みられている。GTAは安全に髄液中の酢酸濃度を上げることができるが、神経症状は改善されないとする報告と、高容量では安全に、海綿状空砲と運動機能改善が見られるとする報告がある(15) (16).
c. 遺伝子治療
Leoneらは、ウイルスベクターを用いたASPA遺伝子治療を13人のカナバン病患者で報告しており、副作用はなく、中枢のNAA濃度は低下し、けいれんの頻度や脳萎縮の進行が遅くなったことを報告した(17)。
引用文献 (末尾に記載のないものはエビデンスレベル6)
- Canavan WP. Reaction of the contents of Trichinella spiralis cysts. Science 1931; 74: 71.
- Bertrand I, Van Bogaert L. [Demyelinizing diseases in man and animals: Remarks and conclusions]. Acta Neurol. Psychiatr. Belg. 1954; 54: 682–91.
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文献検索
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