遺伝性白質疾患ガイドライン
脱髄型末梢神経障害、中枢性髄鞘形成不全症、ワーデンバーグ症候群、ヒルシュスプルング病 (Peripheral demyelinating neuropathy, central dysmyelinating leukodystrophy, Waardenburg syndrome, and Hirschsprung disease; PCWH, OMIM#609136)
疾患説明:SOX10遺伝子の変異により、脱髄型末梢神経障害、中枢性髄鞘形成不全症、ワーデンバーグ症候群、ヒルシュスプルング病の4つの症状を呈する症候群。常染色体優性遺伝形式をとるが、ほとんどの症例でde novoの変異であるため、臨床的には孤発性であることが多い。重症度は生直後より呼吸障害を来す最重症例から比較的軽症のものまで幅が広い。感音性難聴に対しては人工内耳、ヒルシュスプルング病に対しては、外科的手術が行なわれる。末梢神経障害と中枢性髄鞘形成不全に対しては、対症的な治療が行なわれる。
1. 概念
定義
オリゴデンドロサイトの発生異常に加え、シュワン細胞、メラノサイト、腸管ガングリア細胞など神経堤由来細胞の発生異常を本態とする稀な疾患である。臨床的には、中枢神経系の髄鞘形成不全に加え、末梢神経系では脱髄型ニューロパチーを呈し、さらにワーデンバーグ症候群、ヒルシュスプルング病を合わせた4症候群を合併する。症例によってはこれらの4症状が揃わないこともある。原因遺伝子はSOX10で、常染色体優性遺伝形式をとるが、多くは突然変異による弧発例である。同じSOX10遺伝子の変異が原因となるワーデンバーグ症候群4型(WS4:ワーデンバーグ症候群とヒルシュスプルング病の合併)とは末梢神経障害や中枢神経症状の有無で区別される。
疫学
本疾患に関する発症率などの疫学的情報は報告されていない。非常に稀な疾患で、これまでの本邦での報告症例数は10例に満たない。
病因・病態
本疾患の原因遺伝子SOX10は、神経発生の中で、神経堤由来の細胞においてその発生・分化の初期から発現される転写因子である(1)。神経堤由来のメラノサイト、シュワン細胞、腸管ガングリア細胞での発現は、それぞれワーデンバーグ症候群、脱髄型ニューロパチー、ヒルシュスプルング病の病態と関連する。また、神経堤由来ではないオリゴデンドロサイト系譜の細胞でも発現されており、これは中枢神経系の髄鞘形成不全に関連する(2)。SOX10の変異により、これらの細胞の発生、分化、維持に様々な程度で障害を来すことが分子病態と考えられている(2-4)。SOX10の変異は、PCWH以外にWS4(5)や難聴を伴うカルマン症候群(6)など様々な疾患で報告されているが、PCWHはこれらの中で最重症型の表現型で、井上らによる最初の症例報告が1999年、疾患概念の確立が2004年と歴史的には新しい疾患である。
臨床症状
多くの症例で出生直後にヒルシュスプルング病に対する外科的治療を要する。神経症状については、重症例では、生直後より末梢・中枢ともに髄鞘形成がほとんど見られず、早期に死亡の転機をとる。中等度の症例では、精神運動発達遅滞と低緊張、約半数で痙性四肢麻痺を呈するとともに、脱髄型ニューロパチーを合併する。軽症例では軽度の運動発達遅滞と脱髄型ニューロパチーを呈する。ワーデンバーグ症候群に関しては虹彩や毛髪、皮膚等の部分的な低色素と感音性難聴を呈する。
検査・画像所見
頭部MRIでは、T2強調画像にて様々な程度で大脳白質のび漫性高信号を認める。重症例では白質の形成不全による脳幹や小脳、大脳白質の萎縮を認める。一方、軽症例では脳室周囲白質の軽微な高信号を認める。末梢神経伝導速度の低下も様々な程度で認める。
遺伝子診断
ほとんどの症例は、原因遺伝子SOX10のコード領域の点変異によるもので、DNA塩基配列決定法により検出する(7)。多くは患児に新規の変異として起こる。SOX10を含むゲノム領域の欠失の報告もある(8)。
PCWHの原因となる変異は、最終エクソンであるエクソン5に位置するフレームシフトやナンセンス変異が多い(3)。一方、上流エクソンの変異はWS4となることが多い。上流エクソンに生ずるストップコドンを含む変異mRNAは、nonsens-mediated mRNA decay(NMD)により破壊されるため、変異蛋白質としては存在せず、病態としてはハプロ不全になると考えられる。一方、最終エクソンの終止コドン変異はNMDを回避するため、変異mRNAから短縮型の蛋白質が翻訳される(3, 9)。SOX10の場合、DNA結合部位が上流にあるため、これらの短縮型蛋白質は野生型よりも強く標的結合配列に結合することが出来る。一方で、C末端の活性化部位を欠落するため転写活性は持たず、結果的に正常アレルから発現される野生型SOX10の結合を競合的に阻害し、優性阻害効果を有すると考えられる。また正常の終止コドンが破壊され、3’非翻訳領域へ翻訳が進み、野生型よりも長い変異蛋白質を生ずる変異(ノンストップ変異)も数は少ないが存在する(2)。これらの変異では、野生型のSOX10のアミノ酸配列はほぼ保存されているにもかかわらず、比較的重度のPCWHの表現型を呈する。これは、3’非翻訳領域から翻訳される非特異的な配列の中に存在するヒト特異的な11残基配列(トリプトファンとアルギニンが多いためWRドメインと呼ばれる)が機能毒性を有することから、機能獲得変異となることが推定されている(10, 11)。すなわち、WS4はハプロ不全、PCWHは優性阻害と機能獲得という2つの分子病態が関与していると思われる。
治療・ケア
先天性白質形成不全症では、現在のところ根本的な治療がないため、各症状に対応した治療を行う。
食事・栄養
合併するヒルシュスプルング病の管理に基づく。PCWHは罹患部位が広い全結腸型となること多く、時に治療に難渋する。
予後
重症型の症例は予後不良であり、生後2ヶ月以内で死亡の報告がある(4, 12)。一方、軽症例では家系例もある。自然歴の調査が存在しないことから詳細は不明である。
2. 診断
I. 主要臨床症状
- 痙性四肢麻痺あるいは下肢麻痺
- 眼振
- 精神運動発達遅滞
- 小脳障害:体幹・四肢の失調症状、企図振戦、小児期には測定障害、変換障害、緩弱言語など
- 脱髄性末梢神経障害
- ワーデンバーグ症候群;感音性難聴および虹彩、毛髪、皮膚等の低色素性皮膚症状
- ヒルシュスプルング病
II. 重要な検査所見
- MRI画像所見:T2強調画像で、白質にび漫性の高信号領域。
(脱髄性疾患の所見のあるものは除外する。) - 末梢神経伝導速度の低下
- 遺伝子解析;SOX10異常
Iの1. 5. 6. 7. からの3項目を含む4項目以上の症状を呈し、IIの1. および2. または3. を満たすものを本症と診断する。
3. 治療指針
末梢神経ニューロパチーに対しては、その程度に応じた対症的治療を行なう。重症例では呼吸筋麻痺に対する呼吸管理が必要になる。中枢神経系髄鞘形成不全に対しては、知的障害に運動障害を伴うことが多いことから、脳性麻痺児に準じた療育を受けることが実際的である。ワーデンバーグ症候群に伴う感音性難聴に対しては、人工内耳の装着を行なう(13)。ヒルシュスプルング病に対しては、出生直後からの外科的治療の対象となることが多いが、慢性便秘のみで経過する症例もあり、個々の患者の症状に応じた外科的および内科的治療が必要になる。
4. 鑑別診断
神経学的徴候が軽微で明らかでない場合には、他のWS4との鑑別が必要になる。ワーデンバーグ症候群4型は、原因遺伝子によってタイプAからCまで分類されており、タイプAはエンドセリン受容体をコードするEDNRB遺伝子、タイプBはエンドセリン3をコードするEDN3遺伝子、そしてタイプCはSOX10遺伝子が原因となる。その他の先天性大脳白質形成不全症の各疾患が鑑別診断となる。
5. 最近のトピック
- SOX10を含むゲノム領域の重複により、性分化異常症を伴うPCWHを呈する症例が報告されている(14)。
- PCWHの原因となるSOX10の延長変異のモデルマウスが作成され、機能獲得変異の細胞病態が明らかになった(11)。
- PCWHの原因となるSOX10のミスセンス変異の分子病態として、核内でp54NRBなどの核内蛋白質と共在して異常凝集を誘導するが、この時に野生型SOX10もこの凝集に取り込まれるために優性阻害作用を呈する(15)。
参考文献(末尾に記載のないものは全てエビデンスレベル6)
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