東京大学医学部附属病院 肝胆膵外科・人工臓器移植外科

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内視鏡外科手術への取り組み

内視鏡外科手術への取り組み(2024.4)

基本的な考え方

  • 手術の安全性と、疾患(腫瘍や炎症など)への治療効果を最優先します。
    • これに大きな懸念のある内視鏡外科手術(腹腔鏡手術、ロボット支援手術)は実施しません(開腹手術で対応します)。
  • 一方、手術後の傷の痛みや生活の質(QOL)にも十分に配慮します。
    • 疾患の根治/再発の状態とは別に、傷の大きさや痛みが手術後の生活に大きく影響することは事実です。
      安全性と治療効果が損なわれなければ、積極的に内視鏡手術を検討し早期に日常生活に戻れるようサポートいたします。

現在の診療内容

腹腔鏡手術は、ほぼ全ての保険収載術式に対応しています。

主な手術

  • 腹腔鏡下肝切除
  • 腹腔鏡下膵体尾部切除(脾臓温存術式を含む)
  • 腹腔鏡下膵頭十二指腸切除

ロボット支援下手術(ダ・ヴィンチ、hinotori)も積極的に行っています。

診療の流れ

手術までの診療の流れは以下になります。

1

まず教授初診外来(長谷川)を受診いただきます。

2

その後、内視鏡手術専門外来(河口)でも診察いたします。

3

専門チームで検査予定を組み、結果を当科のカンファランスで検討します。

4

高難度の手術に関しては、外科医以外も参加する多職種専門チームでも妥当性を検討します。

5

検討結果を担当医から患者様にお伝えし、手術方法について十分に協議します。

6

高難度の手術は、内視鏡手術だけでなく開腹手術の専門医資格を持つ医師が手術に参加できるように手術日程を調整します。

手術の実際

当科における内視鏡外科手術の基本的な手順は以下の通りです。ロボット支援下手術の場合は標準的には下記の通り臍部に4-5cmの小切開+2か所の8mmの創で手術を行っています。

肝切除
膵体尾部切除
膵頭十二指腸切除
  • 腹部に径5~12mmの「トロッカー」という装置を挿入・設置します(3~4か所)。
  • 体に無害な二酸化炭素ガスを腹腔内に注入し、お腹をドーム状に膨らませること(気腹と呼びます)で手術のスペースを確保します。
  • 臍の部位のトロッカーから径5~10mm程度のカメラを挿入し、両脇のトロッカーから術者と助手が手術器具を出し入れして手術を進めます。
  • 切除された標本は、腹腔内でプラスチック製のバッグに収納し、上記の傷のうち1か所を拡大して体外に取り出します。
  • 出血などのトラブルがないことを確認し、気腹を終了。トロッカーが入っていた腹壁の穴を縫い閉じます。
  • 抜糸がいらない方法で皮膚を縫い閉じて手術を終えます。

内視鏡外科手術のメリットとデメリット

メリット

手術の傷が小さい(=痛みの程度が軽く、傷が目立ちにくい)という点が、通常の開腹手術と比べた場合の最大のメリットです。
手術の内容によりますが、開腹手術よりも出血が少ない、腸の動きが良く食事の開始がスムーズである、早く退院できる、などの利点も報告されています。
最近は内視鏡外科手術用のカメラが高性能になっており、手術の場所によっては開腹手術よりも「見やすい」などの、外科医にとってのメリットもあります。2022年以降、早期退院と早期の日常生活への復帰に焦点をあてたマネジメントを導入しています。

低侵襲肝切除後の合併症率と術後入院期間は2021年までと比べ2022-2023でさらに改善しています。
合併症率は概ね20%から13%、術後入院期間中央値は7日から6日と短縮しています。

肝切除

低侵襲膵体尾部切除後の合併症(膵液漏)率と術後入院期間は2021年までと比べ2022-2023でさらに改善しています。合併症(膵液漏)率は48%から32%、術後入院期間中央値は13日から7日と短縮しています。

低侵襲膵体尾部切除

低侵襲膵頭十二指腸切除後の合併症(膵液漏)率と術後入院期間は2021年までと比べ2022-2023でさらに改善しています。合併症(膵液漏)率は57%から6%、術後入院期間中央値は15日から8日と短縮しています。

低侵襲膵頭十二指腸切除

デメリット

開腹手術よりも手術に時間がかかる傾向にあります。
手術器機の操作性に限界があるので、複雑な手技に対応できないことがあります(ロボット支援手術では改善が期待できます)。
出血などのトラブルは開腹手術でも起き得るものですが、内視鏡手術では対応が遅れる可能性があります。

上記のデメリットを最小限にするために、当科では以下の対策を行っています。

  • 手術前に、内視鏡外科手術の対象として適切か、診療科全体で判断する。
  • 開腹手術に移行する基準を定めている。
  • 手術当日は、内視鏡手術に参加していない外科医に相談できる体制をとる。

当科における内視鏡外科手術導入の歴史

当科は開腹手術での実績をご評価頂くことが多いですが、実は内視鏡外科手術の発展にも積極的に関わってきました。
その経緯を紹介します。

当科の前身である東京大学医学部「第二外科」は、内視鏡外科手術の黎明期から技術の開発と普及に中心的に取り組んできた歴史があります。
最も代表的な内視鏡外科手術である「腹腔鏡下胆のう摘出術」は、1987年にフランスで「世界で初めて」、1990年5月に「日本で初めて」実施された報告がありますが、「第二外科」でも1990年9月から翌年10月までに早くも81例の手術が行われていました。
1991年3月には、元教授であった出月康夫先生が会長となり、安全な外科手術としての普及発展を目指して日本内視鏡下外科研究会(現在の日本内視鏡外科学会の前身)が発足しました。
そして、「第二外科」の活動が認められ、1994年に第4回世界内視鏡外科学会を主催するなど、この領域を先頭に立って発展させてきました。

出月 康夫先生

出月康夫先生お写真

1994年からは幕内雅敏教授のもと、一般的に合併症が多い肝胆膵手術であっても「死亡率ゼロ」が達成できるように、手術方法や術後管理法の開発に取り組みました。
当時は、複雑な肝胆膵手術で安全性を最優先するために「開腹手術」が用いられていましたが、それでも「8年間、1000例以上の肝切除で死亡例ゼロ」などの報告は、すでに内視鏡外科手術を積極的に導入していた外国人外科医からも注目されました。
この時期に構築されたネットワークが礎となり、当科から留学生をパリの内視鏡外科手術専門施設に派遣し、この分野の権威であるGayet(ガイエ)教授から最先端の技術を導入することができました。

幕内 雅敏教授

幕内雅敏教授お写真

2007年に就任した國土典宏教授は、安全性を損なわないように配慮しつつ、早期から肝胆膵外科に内視鏡外科手術を導入していきました。例えば腹腔鏡下肝切除は、保険収載の2年前にあたる2008年に当科での第1例を実施し、その後は左肝切除などの系統的切除にも適応を拡大しながら、これまでに200例以上の手術を行ってきました(術後在院日数中央値7日)。
腹腔鏡下膵体尾部切除も保険収載と同年の2012年から当科で臨床応用を開始し、手術総数は50例を超えました(術後在院日数中央値13日)。
同時に、手術中に癌や胆管などの構造を光で表示する「蛍光イメージング」と呼ばれる技術を開発し、内視鏡外科手術の安全性と有効性を向上させるために役立ててきました。

國土 典宏教授

國土典宏教授お写真

2017年に就任した長谷川潔教授は、当科に培われた「安全な開腹手術」、「安全な内視鏡外科手術」のノウハウを共に生かし、さらに幅広い手術方法で治療に対応できるように取り組みを継続・発展させています。
具体的には、2018年から腹腔鏡下膵頭十二指腸切除を導入しています。
また、2020年3月にはロボット支援下(ダ・ヴィンチ)膵体尾部切除、2021年1月にはロボット支援下(ダ・ヴィンチ)膵頭十二指腸切除、2021年12月にはロボット支援下(ダ・ヴィンチ)肝切除、2024年4月にはロボット支援下(hinotori)膵体尾部切除術を実施し、その他の先端技術の活用も推進しています。
2023年12月までにロボット支援下手術は70例を超えた経験を有しています。

長谷川 潔教授

長谷川潔教授お写真

2011年からの低侵襲肝切除、膵切除の推移は以下のグラフの通りです。
徐々に開腹手術から低侵襲手術の比率が増えており、2023年は肝切除で50%、膵体尾部切除で50%、膵頭十二指腸切除で30%の症例に対し低侵襲手術を施行しています。

肝切除
膵体尾部切除
膵頭十二指腸切除

今後の展望

内視鏡外科手術に関する展望を、専門外来担当医の私見を含めて概説します。

展望 1

正確な手術を行うために必要な情報(癌の場所や広がり、体の構造、血流など)を、通常の肉眼観察やカラーイメージングよりも「見やすく」するために、対象を「光らせて」表示する「術中蛍光イメージング」技術が様々な用途で開発されています。
当科でも、例えば膵切除で大きな問題となる「膵液の漏れ」を光らせて、手術の安全性向上に役立てるために研究開発を続けています。
内視鏡手術はもともと画面(モニター)を 見ながら行う手術ですので、このような画像処理技術との相性が非常に良いという特徴があります。
スマホのカメラが年々進化しているように、腹腔鏡やロボット支援手術の画像も急速に高画質化・高機能化しています。

展望 2

また、ロボット支援手術(ダ・ヴィンチやhinoroti)は、腹腔内という限られた空間で、手術器具を自由自在に操ることができる(場合によっては人の手では不可能な角度で操作可能)という点で画期的でした。
今後は様々なメーカーがこの分野に参入し、ロボット支援下手術で「できること」が増えていくと期待されます。
器機の小型化も進んでいますので、例えば術者の体に装着できるロボット手術装置が開発されれば、内視鏡手術とロボット支援手術との境界がなくなっていくかもしれません。
カメラと手術装置の進歩が融合することで、「内視鏡外科手術の方が開腹手術よりも見やすく、操作もしやすい」という分野が拡大していくと予想されます。

展望 3

一方で、肝胆膵外科の手術は複雑であり、出血などのリスクと隣り合わせです。
ですから、内視鏡手術が進歩しても、「開腹手術が望ましい、開腹手術でないとできない」という手術は決して無くならないでしょう。
また、内視鏡手術で手術を開始しても、途中で出血などのトラブルに遭遇した時には開腹手術に切り替える必要があります。
このような事態に迅速かつ適切に対応するには、内視鏡手術だけでなく開腹手術に関する十分な知識と経験が必要になります。
したがって、患者さんとしては、内視鏡外科と開腹 手術の両方に経験豊富な医師・病院で手術を受けることが大切だと考えられます。
外科医の立場としては、内視鏡外科手術の割合が大きくなっていく中で、開腹手術を含めた外科治療の教育を十分に提供していくことが大きな課題であると認識しています。

専門外来担当医紹介

准教授
河口 義邦

平成17年卒/東京大学

スタッフ紹介

参考資料(当科関連のもの)

当科は、手術の方法や治療成績を論文や書籍、学会などで積極的に報告しています。

  • 國土典宏(編集), 阪本良弘(編集幹事). 東京大学医学部肝胆膵外科, 人工臓器・移植外科手術の流儀. 南江堂, 東京, 2017.
    - 当科で行っている手術を、詳細なイラストで解説しています。
  • Kawaguchi Y, et al. Comparisons of financial and short-term outcomes between laparoscopic and open hepatectomy: benefits for patients and hospitals. Surgery today 2016;46:535-42.
    - 担当医個人の初期の開腹/腹腔鏡下肝切除の成績を参照いただけます。

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