東京大学医学部附属病院 肝胆膵外科・人工臓器移植外科

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教授挨拶

専門家集団のバックアップが得られるという利点は
大学病院ならではであり、一般病院や特定の疾患に専門化した
センター病院にはない東大病院の強みです

東京大学肝胆膵外科、
人工臓器・移植外科 教授
長谷川 潔

このたび2017年12月1日付で、東京大学医学部附属病院肝胆膵外科、人工臓器・移植外科の教授を拝命しました。当科は肝胆膵領域のさまざまな疾患の外科治療と肝移植を主に担当しています。前身である東京大学第二外科は明治26年(1893年)開講で、平成30年(2018年)には125周年を迎えます。日本で最も長い歴史を持つ外科の教室です。

当科が取り組んでいる主な疾患として、具体的には肝細胞癌、転移性肝癌、胆道癌、膵癌などの悪性腫瘍が挙げられます。肝切除や膵切除の安全性はすでに確立されたとはいえ、大量出血や術後肝不全、膵液漏など、重篤な合併症と背中合わせの難易度の高い手術です。当科は肝切除や膵切除の症例数で全国有数の施設であり、肝切除では8年にわたり、連続1,056例で術後死亡ゼロという記録を打ち立てたことがあります(Arch Surg.2003;138(11):1198-1206)。比較的難易度・リスクの高い進行例の手術も積極的に行っていますが、それらを含めても、ここ20年間の肝切除術後死亡率は約0.2%であり、全国平均をはるかに下回る良好な成績を維持しています。また、膵頭十二指腸切除という膵右側1/3~1/2、胆管・胆嚢、十二指腸を切除し、膵管と胆管の切り口を小腸とつなぎ合わせる腹部手術の中でももっとも複雑で、患者さんの負担が大きい手術がありますが、当科はこの手術で年間50例を超える症例数をこなしながら、死亡率は1%以下と良好です。

また、長期成績も良好です。まず、肝細胞癌ですが、3個以内で肝機能良好であれば、外科的切除が第一に推奨されます。門脈や静脈・胆管への腫瘍栓を伴う肝細胞癌の切除にも積極的に取り組んでいますが、そのような進行例を含めても、術後5年生存率は約60%と良好です。当科では肝細胞癌に対し、もっとも根治的な治療法である肝移植の経験も豊富で、条件がそろえば、肝移植を行い、その成績は全国でもトップクラスです。さらに特記すべきは当院では肝細胞癌に対するすべての治療が高いレベルで受けられる点です。消化器内科が行うラジオ波焼灼療法(RFA)と放射線科による肝動脈化学塞栓術(TACE)はともに全国トップクラスの症例数を誇ります。肝細胞癌は治癒的治療が行われても、再発しやすいこと、1つの病変が完全に治療されても、別に新しい癌が発生しうること、が知られていますが、当院ではその時点で最適な治療法をハイレベルな診療水準で受けることができます。院内の検討会などを通じ、3診療科が協力しあって、1人の患者さんに対応するという点に肝細胞がん診療における当院の最大の強みがあると考えております。

転移性肝癌も原発巣によっては、切除のよい適応となります。とくに最近罹患数が急増している大腸癌については、肝に転移しても積極的に切除することで長期予後、ひいては治癒が得られる可能性があります。進歩著しい化学療法と手術を組み合わせることで長期成績は飛躍的に向上しています。ここでも大腸外科や消化器内科下部消化管グループとの連携を密にとることにより、適切なタイミングで最適の治療法を行うことが可能になっています。2010年、当院では全国でも先駆けとなる転移性肝癌Cancer Boardを設置しましたが、これが連携の強化に役立っています。大腸癌肝転移でも再発率が高いのが問題ですが、当科ではできるだけ肝実質を温存する、いわゆるParenchyma preserving hepatectomyを基本方針とし、たとえ再発しても再肝切除できる可能性を最大限担保するようにしています。小さく切除するほうが技術的には難しいのですが、当科ならではの取り組みとして、今後も継続していきたいと考えています。

胆道癌、とくに肝門部胆管癌は治療が難しい悪性腫瘍で、唯一の根治的治療である外科治療は高度な技術を要します。世界的にみれば、有名な専門施設であっても、実は手術死亡率10%を超えることが少なくありません。当科では先々代の幕内雅敏教授が開発した門脈枝塞栓術を積極的に行ない、予定残肝を肥大させてから、肝切除することにより術後の肝不全を回避しています。さらに東京大学組織バンクに保存されている凍結血管グラフトを活用して、合併切除せざるを得なかった肝静脈や門脈を再建し、根治性を確保しつつも、手術安全性を高めています。病変が肝門から膵内まで広範囲に及ぶ場合、肝切除と膵頭十二指腸切除を同時に行う肝切除兼膵頭十二指腸切除が必要になります。症例によっては、肝動脈の合併切除を要することがありますが、当院では経験豊富な形成外科医による顕微鏡手術のサポートで、肝動脈再建を安全に行うことができます。そのような最高難度の肝切除兼膵頭十二指腸切除においても、10年以上、50例を超える症例で術後死亡ゼロを維持しています(Ann Surg. 2016 Nov 1. [Epub ahead of print])。

膵癌も難治がんの一つですが、放射線科と内科による詳細な画像診断に基づき、手術適応を慎重に吟味してから根治切除を目指すことによって、5年生存率30%という、全国的にみて良好な成績を収めています。門脈に浸潤した進行例でも上記にも挙げた凍結血管グラフトの活用で治癒的切除の可能性が広がり、かつ術後の門脈狭窄・閉塞のリスクを回避することができます。また、切除できるかどうか、ぎりぎりの症例では消化器内科胆膵グループの協力を得て、術前化学療法を導入し、腫瘍を縮小させてから根治切除に持ち込む手術にも積極的に取り組んでいます。胆膵疾患は減黄処置やステントなど、術前段階から消化器内科との協調連携が欠かせません。当院では消化器内科胆膵グループと病理学教室、放射線科と定期的にCancer Boardを開催しながら診療を行っています。

当科の診療のもう一つの大きな柱である肝移植ですが、1996年以来、生体・脳死をあわせ、肝移植施行数は600例に達しました(2017年12月現在)。レシピエントの周術期死亡率は約5%、5年生存率は約85%で、全国的にも優秀な成績です。本来、健常人である生体ドナーの適応については、とくに慎重に検討しており、ドナーの意志決定過程には移植内科医、移植コーディネーターや精神科の協力を得て細心の注意を払っています。生体ドナーの負担を考えると、本来脳死肝移植のほうが望ましいのですが、わが国では十分な症例数とは言えません。それでも当科では脳死肝移植実施施設として常時数十名の患者を待機リストに登録し、ドナー発生に24時間対応する体制をとっています。

外科学の進歩により、多くの手術術式は完成されつつあり、非手術的治療の発達により、外科手術の適応が狭まる傾向がありますが、肝胆膵外科は手術の効果が顕著に現れ、執刀医の技術が手術成績に直接反映される領域です。最近はコンピューター・シミュレーションやvirtual reality、ロボット手術といった先端技術が肝胆膵外科領域にも取り入れられ、日進月歩の様相を呈しています。また、外科手術における低侵襲化の流れは難易度の高い肝胆膵外科領域にも広がってきています。当科でも腹腔鏡で実施可能な手術は積極的にこれを導入しています。一方で従来の開腹操作では不可能だが、腹腔鏡でしか実施できない、という術式は存在せず、また悪性腫瘍の切除において、腹腔鏡の使用で長期予後が改善されるわけではありません。当科では開腹で想定される術式が腹腔鏡で安全かつ同じqualityで施行できると判断したときに腹腔鏡を採用するようにしています。

高齢化の影響で冠動脈疾患や呼吸器疾患、腎障害などの合併症を有する手術患者の割合が増えていますが、このようなハイリスクの症例に積極的な外科治療を行いながら死亡率ゼロの安全性を確保することは容易ではありません。本院では合併症について、それぞれ担当各科の専門家集団のバックアップがタイムリーに得られるという利点があります。麻酔科とも協力して、リスクの高い症例でも安全に手術を行えるよう、努めております。これこそ大学病院ならではの総合力であり、一般病院や特定の疾患に専門化したセンター病院にはない東大病院の強みと考えています。

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