MRIによる死後画像診断の有用性検討に向けて
厚生労働省の「死因究明に資する死亡時画像診断に関する検討会」は、その第1回が6/15に開催されて以来、第8回(12/17)で終了し、今年末までに報告書を作成する予定である。私は第5回検討会(1)で、イギリスにおける死後画像診断の現状を報告した。そこで紹介したイギリスの研究は、保健省が基金を拠出し、死後MRIとCTを使った解剖と、通常の侵襲的な解剖の正診率を二重盲検法で比較した(2)。さらに、イギリス司法省は、解剖の替わりにMRIを利用できる制度を2010年中にイギリス全土で実施すると発表した(1)。現在の日本の死後画像診断で使用しているモダリティは圧倒的にCTだが、将来的にはMRIを併用することになると考え、第6回検討会(11/17)ではそのように発言した(3)。
平成20~21年度厚生労働省科学研究費補助金研究事業‘「診療行為に関連した死亡の調査分析」における解剖を補助する死因究明手法(死後画像)の検証に関する研究’(4)において、主に使用された画像診断モダリティはCTである(以下、死後CT検証研究と呼ぶ)。死後CT検証研究は、その報告書(4)で‘高性能MRI装置での検討を継続すべきである’と提言した。臨床現場で標準的に使用されているMRI装置の磁場強度は、現在1.5テスラだが、近い将来3テスラとなる。 今後、科研費で行われるであろう死後MRI検証研究では、3テスラ以上のMRIが必要となる(5、6)。
死後CT検証研究は、イギリスやスイスの研究と同様、世界的に早期に施行されたこと、国が研究費を拠出したこと、さらに、説明、読影のガイドラインや実施・撮影、解剖マニュアルが作成されたことが高く評価できる。私自身も研究協力者として死後CT検証研究に参加したが、非常に勉強になった。また、謝辞に死後CT検証研究の名前を記載した論文(7)の別刷りがイギリスから請求されて以来、相手とメールで討議するようになったことから、死後CT検証研究に感謝している。一方、死後MRI検証はどのように研究されるべきかという観点から死後CT検証研究報告書(4)を読み返すと、死後MRI検証研究では踏襲しないほうがよいだろうと思う主要な点があった。主要な二点は以下である。
①死後画像と解剖は厳密な盲検で評価されていないこと報告書(4)の‘死後画像による病変の情報によって解剖手技や検索方法の選択の一助になった’という記載は、死後画像情報を知った上で解剖していた例があったことを示している。反対に、死後画像は解剖結果情報を知らされずに読影していた。死後画像と解剖を厳密に比較するには、解剖も死後画像情報なしに施行する必要がある。しかし、死後画像が撮影されている場合、この情報なしに解剖することは難しいかもしれない。死後画像は計画的な解剖、解剖精度の向上、執刀医の負担軽減になるからである(8、9)。
②有用性分類、一致水準という二つの評価基準があったこと評価基準が二つあったので、毎回の検討会では悩みながら評価していた。今回、報告書(4)を読み直すと、やはり二つの評価基準の関係が理解しにくいと感じた。2010年6月に読売新聞と共同通信は死後CT検証研究の結果を伝えたが、二つ記事から受ける印象は全く異なるので、研究結果が社会に正しく伝わったのかどうか心配になった(10-13)。
【「死後画像で十分」はわずか3% 厚労省研究班の調査で】(2010年6月12日付共同通信)(15) 診療に関連して死亡した患者152例の死因を死亡時画像診断(Ai)と解剖の両方で調べた結果、所見がほぼ一致したのは20%で、「Aiだけで死因が究明できた」と医師が判断したのはわずか3%だったことが12日、厚生労働省研究班の調査で分かった。 診療関連死をめぐり、解剖と比較したAiの効果検証は初めて。調査に当たった深山正久東大教授(病理学)は「診療関連死の死因調査では、解剖の代わりにはならない」と分析。遺体を傷つけないAiを遺族が求めるケースが増えつつあるが「限界を十分に説明し、あくまで補助的に使う必要がある」としている。 調査は09年度に東大病院や筑波メディカルセンター病院など7機関で実施。152例はほとんどが各機関で診療中に亡くなった患者で、遺族の了解を得てCTで遺体の画像を撮影した上で解剖。その後、放射線科医約10人に画像と解剖所見を比較してもらった。その結果、「Aiと解剖所見の一致水準が高い」と判断されたのは37例(24.3%)。詳しい組織検査まで実施した125例に限ると26例(20.8%)にとどまった。
【CT、死因推定に有用…厚労省研究班調査 解剖補完する効果】(2010年6月14日付読売新聞)(14)死因究明にコンピューター断層撮影法(CT)などを利用する「死亡時画像診断」について、厚生労働省研究班(代表=深山正久東大教授)が152の死亡例について調べたところ、半分近い75例で死因の推定が可能との結果が出た。(中略)
調査は、2009年度に東大の医学部など計7施設で行われた病理解剖や司法解剖など152例を対象に実施。画像診断をしてから解剖も行い、それぞれで突き止めた死因などを比べたところ、75例で死因とみられる疾患が一致。このうちの5例は死因以外の細かい疾患もほぼ一致した。残る70例は死因以外の疾患では食い違いがあり、正確な死因特定には解剖が必要なケースだったが、解剖を補完する効果は期待できた。(以下略) 記事元となった報告書(4)の部分を以下に抜粋する。
『実施症例は165症例であり、死後画像を撮影し、その後明らかになった解剖所見と対比した。内訳は病理解剖症例133例、モデル事業調査解剖2例、法医承諾解剖17例、司法解剖13例であり、ネクロプシー症例5例を含んでいる(集計表1)。ただし、脳解剖の施行率は病理解剖の場合は42/133例、32%であり、画像所見と剖検結果の対比は脳に関しては十分とはいえなかった。(中略)
一致率、有用性の分析死後CT画像を用い、病理解剖症例を対象とした場合、一致水準1、2に分類される症例、すなわち画像のみで死因、病態を確実に説明することのできる症例は、評価の終わっていない司法解剖、ネクロプシー症例を除いた152例中37例、24.3%であった。さらに組織学的検査を含む詳細な解析を行った症例では、125例中26例、20.8%であった。この割合は対象を病理解剖、モデル事業調査解剖症例に絞ってもほぼ同様であった。このことから、今回の研究の対象となった症例に関しては、少なくとも80%は、病態、死因の理解のために解剖による確認、詳細な検討が必要であった。また、有用性分類では、有用性bは152例中5例(3%)であり、有用性c、d、eは各々70例(46%)、54例(36%)、18例(12%)であった(著者注)。(以下略)』
著者注:bからeまでの合計は147例97%であり152例100%にはならない。
報告書文中で使用している病理解剖所見との一致水準の定義は以下である(簡略化しているので、原文は報告書(4)を参照)。
- 死後画像のみで病態解析および死因究明が可能
- 死後画像のみで病態解析および死因究明はほぼ可能
- 死後画像のみでは病態解析において一致しない項目もあるが、死因についてはほぼ指摘できる
有用性分類の定義は以下である。
- 生前画像のみで病態解析および死因究明が可能であり、死後画像の必要性はない
- 死後画像のみで病態解析および死因究明が可能であり、解剖の必要性は殆どない(異状死は除く)
- 死後画像で病態解析および死因究明はある程度可能だが、病理解剖による確認が必要である
有用性の評価においては、生前画像の情報を考慮に入れる点で、一致水準の評価とは観点が異なっているが、おおむね、b=1、c=2、3である。 報告書(4)の要旨に記載されている数字は、20%(死後CT画像と病理所見が非常によく一致した症例)と3%(解剖調査が必要なかったほど有用と判定された症例)の二つだけである。共同通信は、有用性bの152例中5例(3%)をもって、「死後画像で十分は3%」の見出しとした。一方、報告書(4)には75例49%という数字はない。読売新聞は、有用性bと有用性cを合計(=一致水準1、2、3を合計)して152例中(5+70=)75例(3+46=49%)とし、「半分近い75例で死因推定可能」と算出したのであろう。
報告書が理解しにくくなった原因の一つは、有用性分類、一致水準という二つの基準を用いたためと考える。
参考文献
- 1)第5回死因究明に資する死亡時画像診断に関する検討会 議事次第 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000uo02.html
- 2)ロンドン大学エリザベス・ギャッレト・アンダーソンInstitute for Women’s Healthホームページ ―死後MRI―
http://www.instituteforwomenshealth.ucl.ac.uk/academic_research/neonatology/pm-mri - 3)第6回死因究明に資する死亡時画像診断に関する検討会 議事次第 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000wi6u.html
- 4)厚生労働省科学研究費補助金研究事業 地域医療基盤開発推進研究事業「診療行為に関連した死亡の調査分析」における解剖を補助する死因究明手法(死後画像)の検証に関する研究 http://humanp.umin.jp/
- 5)Thayyil S, et al: Post-mortem examination of human fetuses: a comparison of whole-body high-field MRI at 9.4T with conventional MRI and invasive autopsy. Lancet 2009; 374: 467-75.
- 6)Cha JG, et al: Utility of postmortem autopsy via whole-body imaging: initial observations comparing MDCT and 3.0T MRI findings with autopsy findings. Korean J Radiol 2010; 11: 395-406.
- 7)Kobayashi T, et al: Characteristic signal intensity changes on postmortem magnetic resonance imaging of the brain. Jpn J Radiol. 2010; 28: 8-14.
- 8)菊地和徳:病理医からみた死後画像の有用性と限界.医学のあゆみ2009;231:885-189.
- 9)飯野守男:先進諸外国における法医学分野の画像診断の取り組み.法医病理2010;16:89-96.
- 10)DoctorKuju:死後画像診断を報じる二つの記事で一致せず.http://corgieonechan.blog.ocn.ne.jp/blog/2010/06/post_37ea.html
- 11)うろうろドクター:CT(Ai)も解剖も死因の推定に有用ですが、限界があります. http://blogs.yahoo.co.jp/taddy442000/31589816.html
- 12)法医学者の悩み事:もっと掘り下げるべきでは? http://blogs.yahoo.co.jp/momohan_1/50746254.html
- 13)人間万事塞翁が馬Doctor Blog医師が発信するブログサイト:同じソースでこうも印象の違う記事ができるとは.http://blog.m3.com/NBS/20100615/1
- 14) 2010年6月14日付読売新聞CT:死因推定に有用…厚労省研究班調査 解剖補完する効果.http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=26639
- 15) 2010年6月12日付共同通信:死後画像で十分」はわずか3% 厚労省研究班の調査で.http://www.47news.jp/CN/201006/CN2010061201000414.html