第81回
2010年10月6日

イギリスの死後画像診断の現状

筑波メディカルセンター 放射線科 塩谷清司 先生
放射線技術科 小林智哉 先生

死後画像診断を積極的に施行している外国と言えば、スイス(ベルン大学)、スウェーデン(リンシャピン大学)、オーストラリア(ビクトリア州法医学研究所)、アメリカ(軍病理学研究所)といった名前が最初に思い浮かぶ。イギリス(ロンドン大学)は前記のような派手さはないものの、名前を挙げなければならない国の一つである。2010年7月30日、われわれは、イギリスのサディン・タイール(Sudhin Thayyil)医師から、論文(1)の別刷をPDFファイルで送ってくれないかというメールを受け取った。彼は、イギリス政府が後押ししている死後MRIに関する先駆的研究の責任者であり、ランセットにその成果を発表している(2)。ホームページに掲載されている研究内容(3)を抄訳して紹介する。

―死後MRI―

研究概要(期間:2007年3月~2010年12月)

MaRIAS (Magnetic Resonance Imaging Autopsy Study)は前向き研究で、死後MRIとCTを使った非侵襲的な解剖と、通常の侵襲的な解剖の正診率を比較する。計600人の胎児、新生児、乳幼児といった小児に対し、二つの方法を二重盲検法で評価する。画像誘導下の経皮生検や内視鏡による組織診断も併せて施行する。本研究はロンドン大学病院とGreat Ormond Street病院で施行する。

背景

臓器スキャンダル(4、5)以降、公衆は侵襲的な解剖を避けたいと考えるようになり、解剖率低下が顕著となった。一方、ロンドン大学病院は、死後MRIが小児の解剖の代替になりうる可能性を以前に発表した(6)。
2005年、イギリス保健省医務局長は、死後MRIが本当に通常の解剖の代替となりうるのかを、もっと系統的に、より厳密に評価すべきだと勧告した。この要請に応えるために、イギリス保健省はこの共同研究に基金を拠出した。

小児の死後MRIの報告は、ほとんどがイギリス発である。イギリスで小児の死後MRIが積極的に施行されてきた理由は、以下の三つと考えている。

  1. ただでさえ低い小児の解剖率が、臓器スキャンダル以降、さらに低下した
  2. 小児は小さいので解剖しにくいが搬送はしやすく、撮影のために一般臨床機が利用しやすい
  3. 小児の死因には奇形が関与していることが多く、それを評価するためには、CTより軟部組織コントラストに優れているMRIを施行する必要がある。
    実は、イギリスで死後MRIが施行されているのは小児だけではない(7)。その最近の流れを2009年4月21日付BBCニュース (8)を以下に抄訳するが、地元紙は1年先行して報道していた(9、10)。
検死官は全身MRIという選択肢を手に入れた

遺族は伝統的な解剖を宗教やその他の理由でいやがるが、解剖の代わりに全身MRIを選択することができるようにイギリス政府が計画している。 ある人々(イスラム教、ユダヤ教信者を含む)は、侵襲的な解剖をいやがっているので、グレーターマンチェスター行政区では検死官が解剖の代わりに MRI装置を利用することを試みている。司法省発表では、この制度をイギリス全土に2010年中に拡大する予定だが、新しい検死法案がイギリス議会を通過することが前提である。新しい制度下では、検死官は遺族の信仰や心情に配慮して、解剖と全身MRIのどちらを施行するかを決めることができる。検死官は症例ごとに、全身MRIが死因を決定するのに適切な方法かどうか、その適応を決定する。

ブリジット・プレンティス司法長官は以下のように言及した。「愛する人を失うことは、どの遺族にも非常に耐え難いことである。故人に解剖の侵襲が加わることは、悲しみと苦悩を増悪させるが、特にそれが遺族の信仰、信条に反する場合にはなおさらである。われわれは遺族の意見を聴取し、新しい制度を提案することができて嬉しい。検死官は家族の希望とその信条を考慮することが許され、侵襲的な解剖の代わりに全身MRIを施行することができるようになる。新しい制度では、解剖自体もより迅速に実施され、宗教的な要請に応えて、早く埋葬あるいは火葬ができるようになる。」 プレンティス長官は、計画している変更点を宗教指導者達と話し合うために、MRI装置が設置してあるロッカデール病院(グレーターマンチェスター行政区)を訪問予定である。
司法省報道官は以下のように言及した。「犯罪の有無の判断とそのための死因究明が優先するが、非犯罪例では新しい制度は柔軟性を発揮する。制度の変更は、すべての遺族に適応され、その恩恵を受けることができる。」

こういった試みは既にジェニファー・レーミング検死官がサルフォード市とボルトン市で始めているが、同地区にはユダヤ教とイスラム教信者が多い(11)。検死官は死因を究明する義務があり、解剖が必要と決定した場合、現状では遺族はそれを拒否できない。


参考文献

  1. Kobayashi T, et al. Characteristic signal intensity changes on postmortem magnetic resonance imaging of the brain. Jpn J Radiol. 2010; 28: 8-14.
  2. Thayyil S, et al. Post-mortem examination of human fetuses: a comparison of whole-body high-field MRI at 9.4T with conventional MRI and invasive autopsy. Lancet 2009; 374: 467-75.
  3. ロンドン大学エリザベス・ギャッレト・アンダーソンInstitute for Women's Healthホームページ ―死後MRI―
    http://www.instituteforwomenshealth.ucl.ac.uk/academic_research/neonatology/pm-mri
  4. BBC news (January 29, 2001): Organ scandal background http://news.bbc.co.uk/2/hi/1136723.stm
  5. 井上悠輔:「展示・陳列される人体」の返還をめぐる議論の意味するもの ―人体組織の管理に関するイギリスでの議論から―」.医療・生命と倫理・社会(オンライン版)3、2004 http://ir.library.osaka-u.ac.jp/metadb/up/LIBMETHK01/3205inoue.pdf
  6. Brookes JAS, et al. Non-invasive perinatal necropsy by magnetic resonance imaging. Lancet 1996; 348: 1139-41.
  7. Bisset RAL, et al. Postmortem examinations using magnetic resonance imaging: four year review of a working service. BMJ 2002; 324: 1423.
  8. BBC News (April 21, 2009): Coroners get MRI body scan option http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/8009767.stm
  9. Manchester evening news (May 29, 2008): Body scan option for religious groups http://menmedia.co.uk/asiannews/news/s/1051700_body_scan_option_for_religious_groups
  10. Salford advertiser (June 05, 2008): Scan alternative to a post mortem. http://menmedia.co.uk/salfordadvertiser/news/s/1052708_scan_alternative_to_a_post_mortem
  11. BCOM(Bolton Council of Mosques)による死後MRI案内パンフレット http://www.thebcom.org/images/documents/2008/MRi_Mailer.pdf