大規模火災における災害犠牲者身元確認作業(DVI)に
CTを使用した経験
2009年2月7日,真夏の南半球,オーストラリア・ビクトリア州では最高気温は46℃を記録し,各地で山火事(正確には原野火災,bushfire)が発生した(BlackSaturday 2009)。大気は乾燥し,風向きも強かったことから,火災は広がり,多くの住宅が焼け,各地で多数の被災者が出た。世界最先端の死因究明制度を持つと自負する同州では,コロナー制度の下,非自然死体はすべてビクトリア法医学研究所(VIFM)に集められる。その研究所に法医放射線学を学ぶため留学中であった私は,次々と運び込まれる遺体の身元確認作業(disaster victim identification, DVI)に加わった。
DVIは5段階(Phase1:現場での試料収集,Phase2:死体からの情報収集,Phase3:行方不明者の生前情報収集,Phase 4:生前と死後データのマッチング, Phase 5:DVI作業従事者からの調査)に分かれるが,研究所で行われるのは,Phase 2である。これには,外表検査,解剖,指紋検査,歯科検査,生体試料採取が含まれるが,今回はこれに,「全身のCT検査」が加えられた。
この火災による最終的な死者の数は災害被害者数としては建国以来最悪の172名であった。取り扱った「症例数」は297であった。これは一人分の遺体が複数の袋に分かれていたり,現場で発見されたヒト以外のもの(ペットや野生動物,がれきなど)も誤って運ばれたりしたためであり,遺体がいかに激しい焼損状態であったかを物語っている。それらを含め,すべての症例がCT撮像された。
遺体は,ほぼ全身が保たれているものから,体の一部が焼失したもの,そしてわずかな骨片だけのものまでさまざまな状態のものがあった。
私は放射線科医クリス オドンネル先生の指導の下,CTチームの一員として,それらの画像の読影を行った。
我々の書いた読影レポートは,その後,遺体検査を行うチームに送られ,彼らはレポートと画像を確認しながら解剖を行った。全症例のCT撮像を行うことで,個人識別に関するさまざまな所見が得られ,DVIにおけるCT画像の有用性が証明された。
まず,CT撮像により,建材の中に骨を発見することができた。さらに,発見された骨の形態からペットや家畜,野生動物の骨を除外し,人骨のみを抽出することができた。また,骨の特徴から年齢の推定が可能であったり,骨盤内臓器から性別判断ができたりした事例も多かった。
また,歯牙や顎骨が存在する場合,生前の歯科治療記録との比較ができ,個人識別に非常に有効であった。3D-CT画像では金属など高吸収の物体の位置確認が容易であるため,焼損した遺体に付属した個人識別につながる金属(貴金属,時計,携帯電話など)の存在確認の作業を迅速に行うことができた。また手術材料(人工関節やペースメーカなど)の発見も容易であり,個人同定につながる。この他にもさまざまな有用性があった。
火災発生から約2週間DVI作業に従事したが,すべての遺体の身元確認には最終的に3ヶ月を要した。この火災は,大規模災害にCTが用いられた世界で最初の事案であり,はっきりとその有用性が証明された例でもある。このように被害者数が多く,解剖を行うまでに数日かかるような災害においても,CTを用いれば,死体現象が進行する前の状態を撮像でき,そのデータを残すことができる。CTはDVIの初期段階において,遺体からの情報を迅速に,効率よく収集し,保存するための有効なツールとなる。これらのことから,CTは災害犠牲者身元確認作業において,なくてはならない存在であると言っても過言ではない。CTは今後,世界中で起こりうる大規模災害において,身元確認作業のプロセスを大きく変える可能性があるだろう。