法医学分野における画像診断~諸外国の取り組み
昨今,法医学分野においても画像診断が注目され,世界的な広まりを見せている。その中でも,早くからその有用性に注目し,実際に画像診断を応用している世界各国の取り組みについて,留学先であるオーストラリアを中心に,自ら視察した 2ヶ国を加え紹介し,法医学において画像診断を行うことの意義について述べる。
1.オーストラリア ― 最先端施設での死後画像症例数は世界一オーストラリアのビクトリア州は世界で最も進んだ死因究明制度を持つ。そこではコロナーと呼ばれる法律家が死因調査権を持ち,年間5,000例に及ぶ非自然死体は全て州内一箇所の法医学研究所(ビクトリア法医学研究所,VIFM)に集められ,死因調査が行われる。遺体はほぼ全例CT撮像がなされる上,解剖率は約60%と日本とは比較にならないほど高い。16列マルチスライスCTは2005年に導入され,日常業務で利用されてきたが,実は当初の導入目的は,テロをはじめとした大規模災害の身元確認作業に備えることであった。それが現実となったのが,2009年2月,そのビクトリア州での大規模な山火事である。約200名の被害者はすべてCT撮像された。その結果,CTの使用法に関して新たな方向性が示され,災害犠牲者身元確認(DVI)に,CTが欠かせない機器となりうることが証明された。
2.スイス ― 法医放射線学のパイオニアスイスのベルン大学法医学研究所にはVirtopsy(バートプシー)と名付けられた画像診断概念がある。これはCT, MRIをはじめとした医療機器を用いた遺体の画像診断に限らず,その事案に関連する物体(成傷器や車両など)までをも物体表面スキャナ等を使ってデジタル画像として取り込み,事件・事故の解明に利用しようというものである。ここでは法医学者のみならず,放射線科医や警察の鑑識職員,コンピュータグラフィック専門職員が一体となり,日々新しい知見の習得に努め,これまでに数々の成果を上げている。
3.デンマーク ― 専用CT・MRIを備える大学法医学教室デンマークのコペンハーゲン大学法医学教室には法医学専用のCTとMRIが備えられている。ここでは年間約800例の法医解剖が行われており,解剖前日までにすべての遺体のCT全身撮像が行われ,解剖前にスタッフ全員で画像を用いたカンファレンスが行われている。MRIは症例を選択し施行されている。スタッフは法医学者が主であり,彼ら自身が撮像と読影を行っている。この教室は,我が国の一般的な法医学教室に比べると規模は大きいものの,欧米の法医学研究所と比べ比較的小規模な施設である。その点から,今後日本の大学法医学教室が画像診断機器を導入する際の手本となりうるシステムを備えていると言える。
まとめ世界の各地で行われている法医画像診断について知り,その利点と導入効果,さらには限界を学ぶことは,我が国で画像診断システムを導入する際に大いに参考になると思われる。また,オーストラリアでの大規模火災時に示されたように, CTは今後,世界中で起こりうる大規模災害において,身元確認作業のプロセスを大きく変える可能性がある。