内閣府提言後の周辺学会の動き
Aiに対する世の中から期待する声が大きくなってきました。ここで関連学会の最先端の動きを俯瞰して述べておきましょう。 画期的な動きを見せたのは、画像診断専門家である日本放射線医学会です。Aiに関するWGが専門医会で立ち上がり、放射線学会として本格的に社会導入に対応する動きが立ち上がりました。これに先立つこと二ヶ月前、放射線技師学会でも同じく、Ai活用検討委員会が設置されています。これにより画像診断のプロが、Aiに本腰を入れるという表明が公に表明されたことになります。特に、日本放射線科専門医会Aiワーキンググループ担当理事でもある千葉県がんセンターの高野英行先生の日経メディカルでのブログ「Aiと剖検が独立した社会システムを」では、放射線科医としての立場から大変優れた意見が述べられています。ご参考まで。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/orgnl/200903/509804.html
病理学会は相変わらず「Aiは解剖ほど死因究明には役立たない」という何とかの一つ覚えの主張を続けています。Aiに関する厚生労働省班会議においても「死後画像撮影は解剖調査に代わる方法とは言い難い。一定の有用性は認められたが、解剖調査に先立つ必須の検査と言えるものではなく、撮影が望ましいというレベルにあると思われた」という仮結論を、放射線科唯一人の班員の反論にも関わらず提出し、仕方なく班会議ただひとりの放射線科医の班員であるY先生が、放射線専門医会のWGでの議論を経て、その結論に反論して、かろうじてAiの可能性を考慮する結論に押し戻されたという経緯です。病理学会全体では、Aiに関しての盛り上がりはきわめて乏しいのが実状です。
一番困った存在の法医学会は、1月に異状死に関する提言を提出しましたが、そこでも画像診断は補助診断扱いで重視されていません。にも関わらず、テリトリー争いではしっかり権益を主張しているという状況です。この姿勢は以下の赤松衆議院議員のブログからも明らかです。私は自民・公明両党による異状死議連で、4月2日に講演を行うことになりました。正式名称は「異状死新究明制度の確立を目指す議員連盟」、2月19日設立総会、第二回が3月5日に行われ、会議は公開で一般マスコミも来ているそうです。衆議院議員である自民党・橋本岳議員と公明党・赤松正雄議員が、私の『死因不明社会』(講談社ブルーバックス・第三回科学ジャーナリスト賞受賞)を読んで下さり、興味を持って下さったとのことです。お二人のAi関連のブログをご紹介します。
http://ga9.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-c29a.html
http://akamatsu.kilo.jp/awp/2009/03/12/1340/
第一回は中園一郎法医学会理事長が「死因究明医療センター」構想について、第二回は福永龍繁・東京都監察医務院院長がレクチャーされたようです。お二方は「死因をきちんと調べることは最後の医療である」「Aiは重要な補助手段であるが、解剖をしないと死因は究明されない」の二点を強調されたそうです。赤松議員のブログでは「講演の終わったあとの質疑で、私からは予算委で自身が取り上げたことを紹介する一方、作家で医者の海堂尊さんの『死因不明社会』で提起されているCTスキャンなどを使っての画像診断を解剖の前段階として、取り入れる考えについて、触れられなかったのはなぜかを訊いてみた。福永先生は、大事な役割をするが、だからといって解剖は外せないとの答えが返ってきた」と書かれていることからも、法医学者のAiに対する姿勢が理解できます。第三回は3月19日、千葉大法医学教室・岩瀬博太郎教授とジャーナリストの柳原三佳さんの予定だそうです。以上の顛末は、橋本議員から3月6日金曜日午後にメールで教えていただきました。橋本議員は2月末、衆議院・富岡議員に海堂へのヒアリングを提案して下さったのですが、その時「第三回で岩瀬教授と一緒に来ていただくことになっている」という返事だったそうです。ところが第三回の予定が上記に変わっていたため驚いて、3月5日に尋ねて下さったところ、「海堂さんの都合か何かで、四回目になった」とのことでした。私は即座に「そんな申し出は受けていません」とメールしたところ、それを転送して下さったのか、そのわずか一時間後富岡議員の秘書さんから電話で、第四回の講演を4月2日にお願いしたいという依頼があり、即諾しました。いったい誰が私の第三回講演を先送りしたのでしょう(笑)。当初は「岩瀬教授と海堂」のペアのレクチャーだったのが「岩瀬教授とジャーナリスト柳原氏」にすり替わったのは事実です。柳原氏と岩瀬教授は『焼かれる前に語れ』という書籍を共著され、大阪弁護士会でもおふたり一緒に講演をされたりと、とても親密な関係にあります。実はお二人を引き合わせたのは他ならぬ私で、面識のあった柳原氏がAiに興味があるというので、五年前に岩瀬教授をご紹介したのです。3月19日というと、千葉大の基礎医学教室に臨床CT機の払い下げ機が設置される頃です。これは法医学教室と解剖学教室の共同利用機で、画像診断はAiセンターの山本副センター長が専任で行うため、「Aiセンターのブランチ」というべき施設です。そこをきちんとプレゼンしていただかないと、いつぞやAi学会メーリングリストで問題になった「死因不明社会」と銘打ったNHK番組・『クローズアップ現代』で、千葉大法医学教室のCTまで紹介しながら、Aiという用語も放射線科医のバックアップで診断されているということも放映されなかった、偏った報道の二の舞になり、世間からAiが誤解されてしまいます。(あの時も最初はNHKのクルーは私の所にAiについて質問しに来たので、筑波メディカルと千葉大を紹介したのですが、最後に岩瀬教授のところであのような形になったと仄聞しています。そのことで取材協力した筑波メディカル病院はNHKに正式に抗議をしています)。さて、こうした背景を前提に、19日の岩瀬教授のプレゼンをメディアがどう報じるか注目です。千葉大に「法医学のCT専用機」が設置されたような記事になれば、真実を見抜けないメディアの不勉強が天下に晒されることになるでしょう。法医学者がAi診断を行っているというのは虚像です。千葉大の場合、Ai画像の診断はAiセンター副センター長の山本先生が行います。19日、20日の報道に注目しましょう。もしも報道されれば、の話ですが、その時はきっと、メディアの取材力に対するランク付けができるでしょう。
岩瀬教授がAiについてお話されるなら、もうひとりの講演者はAiの診断を実際に行う本物の専門家、千葉大Aiセンターの山本副センター長にすべきでしょう。私は山本先生に電話で確認したところ「現時点でオファーはありません」とのお返事でした。さらに驚いたことに翌日、岩瀬教授から山本先生に、発表日に同行してほしいという依頼があったそうです。私(海堂)の議連での発表が決まったため、そのままだと私(海堂)が間違った主張を言いふらす恐れがあるので、ということらしいです。この期に及んでもなお、山本Ai副センター長は岩瀬教授の質疑応答の補足要請のみで、単なるオマケ扱い。そこで私は議連の先生とのやり取りで、内閣府での提言と同様に、山本先生が単独発表していただけるよう手配をお願いしました。岩瀬教授のオマケ扱いより、Aiの進展にとって、そして放射線学会にとって、さらに千葉大Aiセンターにとってもその方がベターでしょう。Aiセンターの中心人物の山本先生や、Aiの創始者であり推進者である私をさしおいて岩瀬教授とご発表される柳原氏とは、どんな方でしょうか。彼女は魅力的な女性で、岩瀬教授との共著『焼かれる前に語れ』の中で、民主党の議員秘書と柳原氏、岩瀬教授の三名でよく「アルコール消毒会」を開催したと書いています。このおふたりの提案に民主党が乗って、2005年に死因究明制度の検討会を立ち上げていますが、ここはいまだに法医学者中心の運営で、Aiに関し話を聞こうという動きすら見られません。なのに今再び、民主党で行ったのと同様の提案を自民党議連でも行おうとしている、このカップルのド根性は、ある意味見習う必要があるかもしれません。
現時点で岩瀬教授が持っているCTデータは、私の施設から払い下げた95年の古い機種でスライス厚10ミリ、モバイルCTで電圧も低く、画像データとしてレベルが低くて、現在の画像診断レベルからすれば、評価にも値しない画像です。そのデータを基に、かなりの画像を独自に読影し「死因究明にはAiは解剖ほどは役立たない」とメディアに流す。コンサルトを受けた山本先生によれば、「法医の先生は画像を誤読したり、見落としたりしている所見がかなりある」とのことで、現在の診断システムを危惧され、新機器導入の際、遠隔診断システムを導入したのだそうです。山本先生は「Aiは弱点もあるが、解剖より優れている点も多い」と主張されています。これまでは、こうしたことを、私のように肩書きのない人間が言っても、国会議員の方たちやメディアには相手にしてもらえませんでした。ここへきてようやく、従来の政治的潮流を打破し、Ai専門家である私の意見が国政の場に載せられようとしています。あれから4年。日本の政治・行政も回り道をしてしまいました。
千葉大医学部付属病院では、今年1月から院内死亡症例に対し、基本的に全例Ai実施という施行を始めています。3月中旬に基礎医学教室専用のCTが臨床機の払い下げとして設置されますが、その画像も山本副センター長が遠隔診断で行うという画期的なシステムが構築されます。法医学教室でのAiも診断は山本先生率いるAiセンターで行われるので、当然Aiセンターのブランチになります。画像診断で重要なのは撮像でなく、診断だからこれは当然でしょう。最先端の医療と融合した新システムのプレゼンを、国会議員連に呈示できる絶好のチャンスをどうしてむざむざ見逃すかなあ、これでは千葉大の素晴らしいチャレンジをアピールできないではないか、と母校・千葉大のことを想うと、本当に残念です。千葉大のアピールとしてもAiに関するアピールに関しても、この議連での発表者の人選は、あまりよろしい設定とは言えません。
さて、ここで国会議員の先生及びAi学会会員のみなさんにミニ・レクチャーを。「死因をきちんと調べることは最後の医療である」という、法医学会の提言は、社会論理的に間違っています。「医療」は患者の「治療」であり、生きている人が対象です。死因を調べることは「医学」です。だから「法医学」なのです。外科学だって同じじゃないか、とおっしゃるかもしれませんが、「外科学の知識を使って、患者を外科治療する」ということで、医療分野では医療と医学の分離は容易く行えます。「医学」は患者への直接の利益誘導はないので、「医療」とは別立ての投資をしないとシステムは回りません。「医療」と「医学」をごっちゃにすると、必ず「死人に使う金があったら、生きている人を優先しろ」という議論とぶつかります。だから「死亡時医学検索」には「医療費外」から「医療現場」に費用を注入する必要があるのです。そうしないと、ただでさえ進行している医療崩壊に更に拍車がかかります。法医学会の提言が採用された場合、医療崩壊を助長する人災になりうるのです。議連は国会議員の集まりですから、まさか「死因究明制度を作るためには、医療を壊しても構わない」などと考えているとは思えませんが、ご自分の専門領域ばかりに目配りしていると、結果的にそのような事態を引き起こしてしまうことになります。ご注意を。死亡時医学検索は、費用は医療費外拠出が妥当ですが、検索するのは医療関係者が行うのが最良です。法医学会が「死因をきちんと調べることは最後の医療である」と言うのであれば、法医学者一辺倒の諮問は間違っています。システム作りはまず医療人に相談すべきでしょう。法医学者は「捜査情報を取得する医学専門官」であり「医療従事者」ではありません。だから医療外の人間ばかりに医療制度について諮問するのはセンスが悪すぎる。法医学者に片寄って諮問し続ければ、新たな国家システムの構築を行う際には大きな齟齬を引き起こすことでしょう。しかし希望もあります。私の後に千葉大Aiセンター副センター長の山本先生、あるいは今年1月に立ち上がった放射線専門医会のAiワーキンググループ班員の方たちに諮問していくことが可能になったからです。
誤解なきように付け加えておきますが、私はAiが解剖の代替になるとは考えていません。解剖も必要な検査です。だが現状ではまずAiを独立して施行し、その後に解剖と関連づける制度を構築すべきだ、と言っているのです。これが体表検案→Ai→解剖という序列化であり、これこそ「Aiセンター構想」のキモなのです。私は、解剖をしなくてもいい、などとは言っていないのに、法医学者の一部の人たちが、「海堂はAiを行えば解剖をしなくてもいい」と言いふらすので大変困っています。私は「Aiで死因がわかった症例ならば解剖を省略してもいい」と言っているだけなのに。ふう。国家財政の窮乏の折り、費用拠出効率のいい、合理的な制度設計を行う義務が国会議員の先生たち、そして私たちAi学会会員、さらにわれわれ市民にはあるのだと思います。
「追記2009/04/08 『当初は「岩瀬教授と海堂」のペアのレクチャーだったのが「岩瀬教授とジャーナリスト柳原氏」にすり替わったのは事実です。』というこの文章部分に限り、後に事実誤認が判明しましたので、ご説明し、関係する富岡議員と橋本議員にはお詫びいたします。当初、この議連に呼ばれるということは、私の元にはまったく話がなく、突然、橋本先生から、「異状死議連に推薦したのだが、三回目に先生のお名前がない。三回目には先生(私・海堂)と岩瀬教授のはずと聞いている。ご都合で断ったのか、確認させてほしい」という主旨のメールがきました。そこで、そんなお話はきていない、というお答えをしました。その日の夕方、富岡議員の秘書さんから直接電話があり、是非、議連でお話ししてほしい、という連絡をいただきました。そして、前回の資料を頂戴したのですが、そこには、「岩瀬教授とジャーナリスト柳原氏」とあったわけです。ですからこのような文章を3月17日の時点で書いたわけです。それで議連に伺った当日、富岡先生にうかがったところ、確かに「岩瀬教授とジャーナリスト柳原氏」に決まっていた、とおっしゃるので、それなら橋本先生が嘘をついたのですか、と伺ったところ、富岡先生は「ご存じのとおり、現在国会がかなりばたばたしていて、岳ちゃん(橋本先生)にはそういってしまったのかもしれない。その点は少々もうしわけなかった」というお話をちょうだいしました。ちょうど、日経メディカルの担当の方も同席していただいていたので、私は、「結果的に事実誤認で、両先生にご迷惑をかけるような文章になりましたが、ご容赦ください」と申し上げたところ、富岡先生も、「いや、こちらも唐突な依頼をお願いしたりして、対応していただいて大変助かりました」というお話をちょうだいしました。一部Ai学会会員の方から、事実誤認部分を明快にした方がいいだろうというご指摘をうけましたので、その文章部分に追記、説明いたします。両先生にはご迷惑をおかけしました」