第68回
2009年1月9日

札幌医大ではじめた死亡時画像診断の学生教育への取組み
~ゼロからの出発~

札幌医科大学医学部放射線医学講座
兵頭 秀樹

同僚から紹介された2004年冬のメディカルトリビューンが私の死亡時画像診断との出会いであった。Virotopsyと報告されており、「亡くなった人を撮るのだから、動きのないきれいな画像が撮れる」という率直な感想をもったことを記憶している。当時、私は心臓MRについて臨床応用を始めていたが、使用装置の限界のため動きに対して同期が得られず、満足な画像を得られなかった。心臓が“もし”動いていなければきれいに撮れるのに→止まっている心臓ならきれいに撮れるに違いない→亡くなった方ならきれいに撮れるだろう、と考えた。これが“動き”のない画像すなわちAiに興味を抱いたきっかけであった。

実施までの経緯であるが、まず死亡した患者を通常の臨床で用いられる診断装置で撮像するため、院内倫理委員会にその旨の申請書類を提出した。数ヶ月の審理期間を経て「CT/MRI装置を用いた剖検臓器あるいはご遺体の画像評価(Autopsy imaging)」が承認されたのは2005年8月であった。これを元に放射線技師との話し合いを重ね、実施時間・体制等を検討した。病理学教室とも打ち合わせを複数回行い、既存の病理解剖との取り扱いの違いについて協議を行った。実際の流れを確認するために、2005年12月には固定標本を用いてシミュレーションを行った。ここで得られた修正点を再び検討の材料とし、撮像や連絡の方法について詳細をつめていった。人的・物的な体制が整いながらも、残念ながら実施条件を満たす症例が出てこなかったため、しばらく待機期間が続いたが、2007年に入り、院内死亡例で条件を満たす症例が現れ、病理担当医からの勧めで本院のAi第1例目が施行された。

第1例目のCT/MRI検査は、十分なシミュレーションを行っていたため支障なく実施することができ、引き続き病理解剖が行われた。しかしここで、われわれはAiと病理解剖を行ううえで重要な問題点に遭遇することとなった。すなわち、Aiで撮像した画像を病理解剖に生かすことが本来Aiに課せられた責務と考えるが、Aiで得られた画像を読影し、その所見を病理医が解剖前あるいは同時に閲覧できるシステムがなかったのである。そのためCT/MRIをコンソール読影した放射線診断専門医が剖検室に立会い、病理解剖執刀医に口頭で所見を伝達することとなった。これでは病理解剖所見と画像所見とを即時的に照合させながら観察することが不可能であり、Aiと病理解剖が別々に実施されている印象をうけた。互いの関連性が希薄なままに第1例目は終わってしまったのである。これをふまえ第2例目にはAi実施時に病理解剖執刀医にも画像コンソール読影に同席してもらい、所見を一緒に拾い病理解剖に生かす方法に変えた。しかし、病理解剖時に発見された所見を即時的にCT/MRI画像で確かめるためには、 CT/MRI画像を剖検室で閲覧できるシステム整備が不可欠と感じられた。

待機期間中にはさまざまな診療医にAi+病理解剖について説明を行い、多くの診療医にその有用性を理解してもらう機会を得た。しかし、ご存知のように大学病院はローテーションで医師が頻繁に変わるところである。このため数ヶ月単位でAi/病理解剖の有用性を理解していない医師に入れ替わってしまう状況があたりまえに生じた。Ai+病理解剖の有用性を理解する・病理解剖を受け入れた遺族の思いを汲みとれる感性をもつ・遺族との良好な関係を築いた主治医を見習う、これらのことを医学生のうちに実践させ、将来自身が主治医の立場となった場合にはAi+病理解剖を行いきちんと遺族への説明ができる医師を育てる必要があるのではないかと考えるに至った。

そこで、文部科学省から公募のあった教育GP(good practice)にAiと病理解剖を使った医学生教育について応募した(事業推進責任者・長谷川匡先生)。学内選考・書類選考を経て、2008年9月末日に文部科学省より選定された。これをうけ大学を挙げてAi+病理解剖を学生に対して教育することが可能となった。本カリキュラムの詳細については近日公開される大学HP上の教育GPを参照願いたいが、先進的な医学教育としてのAi+病理解剖の実施に加え、遺族感情に配慮できる人間性豊かな医療人の育成を目指すものとなっている。医学的にAi+病理解剖で病因を探ることのみが目的ではなく、良い患者-医師関係を築ける医師の育成という、情緒的な教育も狙いとしている。

現在(この提言が発表される時点)、札幌医大の本教育GPは3年計画の1年目を迎えたところであり、実際に活動が始まったばかりである。Ai+病理解剖をいかに医学教育に取り込み、学生の関心を維持し、彼らの人格形成を促していくか、われわれの活動に今後も注目していただきたい。機会ごとにわれわれも結果を公表し、広く日本の医療にAi+病理解剖が生かされるよう微力ではあるが尽力してゆきたい。

最後に、本学GPの取組みに際してお世話になりました札幌医科大学学長 今井浩三先生、同医学部長 當瀬規嗣先生、同附属病院病理部 長谷川匡先生、同病理学第一講座 佐藤昇志先生・一宮慎吾先生、同病理学第二講座 澤田典均先生、同放射線医学講座 晴山雅人先生、放射線部、病院事務をはじめとするスタッフの皆様にこの場をお借りして深謝いたします。