第37回
2006年9月1日

「バーチャル・オートプシーとオートプシー・イメージング」(前編)

筑波メディカルセンター病院
塩谷 清司

オートプシーイメージングとは、患者さんが亡くなられたあとに、CT、MRI、超音波検査といった画像診断を行い、その結果をより正確な剖検につなげ、死因の解明に役立てようとするシステムです。今年4月に開催された日本医学放射線学会総会では、オートプシーイメージングをテーマに初のシンポジウムが開催されました。さらに今年6月には国会でも、オートプシーイメージングを死因の究明に用いる提案がなされ、犯罪や事故の見逃しを最小限にするような検死のあり方について、議論されました。

1895年にレントゲンがエックス線を発見してから3年後には死後のエックス線写真が撮影されていましたので、死後の画像診断は長い歴史を持っています。しかし、死後の画像診断は、画像診断機器の発達と共に発展したとは言えず、1980年代後半以降に死後CTあるいは死後MRIの報告が散見されるという程度でした。

最近、剖検率の低下が世界的な問題となり、それに対処するため、死後の画像診断を利用しようという動きが盛んになってきました。ご遺族から剖検の承諾が得られない場合でも、御遺体を傷つけない死後の画像診断は断られることがありませんし、死因に関する情報がまったくないという最悪の状況を避けることができるという点で、ある程度剖検の代わりになります。剖検と比較すると画像診断は、骨折や体内のガス貯留の状態が容易に評価できる、臓器や病変の位置関係を保った状態で評価できる点が優れていますので、剖検と画像診断の両方が施行できた場合には、お互いの欠点を補い合い、剖検自体の質を高めることが可能です。

2000年頃スイスのベルン大学を中心としたヨーロッパの法医学領域から、バーチャルオートプシーというシステムが提唱されました。2003年にバーチャルオートプシーが北米放射線学会で発表されるとすぐにプレスリリースされ、bloodless(血が出ない)、noninvasive (侵襲のない)、without scalpel (メスが要らない)といったキャッチコピーで大きな反響を呼びました。この影響により、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン、デンマーク、オーストラリアなどの欧米各国で、バーチャルオートプシーが急速に導入され、その有用性が次々に報告されています。具体的には、これらの国々の法医学や病理学の専門施設において、剖検室の隣にCT、MRIが設置されました。そして、剖検前に画像診断を施行し、得られた病理学的所見を画像診断と対比することで、剖検からできるだけ情報を引き出そうとしています。アジアにおいても、いくつかの国々がバーチャルオートプシーのシステムを取り入れることを検討しています。

日本でも2000年頃、オートプシーイメージングの概念が病理学的領域から発表されましたが、日本ではその下地が既にありました。その下地とは、ここ20年来、主に救命救急病院で施行されてきた死後CTです。日本の主な救命救急病院を対象にアンケート調査を行ったところ、約9割が死後CTを施行しているという結果でした。これは日本に特異的な状況ですが、死後CTが日本で数多く施行されている理由は二つあります。その一つ目は、日本では監察医精度が充分に普及していないこと、二つ目は、日本のCTの普及率が世界一ということです。

日本の監察医制度は、戦後、連合国軍総司令部GHQによって導入されましたが、その後は全国に普及するどころか、予算や人員の不足により、次第に規模が縮小されていきました。現在、監察医制度は、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸といった大都市でしか施行されておらず、日本の人口の85%が監察医制度のない地域に住んでいます。監察医のいる地域にある救命救急病院では、来院時心肺停止状態で搬送されたのちに亡くなってしまった患者さんは、監察医が剖検を施行することによって死因が正確に診断されています。反対に監察医がいない地域の救命救急病院では、これらの異状死に剖検が積極的に施行されることなく体表面からの観察だけで死因を推定せざるを得ず、正確な死体検案書を作成するkとおが困難です。一方日本には二万台近くのCT装置が設置されており、これは世界中のCTの半数近くを占めています。監察医のいない地域でも死因を正確に診断したいと願う救命救急医が、世界一の普及率を誇るCTを利用してきたことが、数多くの死後CTが施行されているという日本の現状を生みました。