第17回
2005年1月7日

医療関連死検証の第三者機関におけるAiの役割

放射線医学総合研究所 重粒子医科学センター病院
江澤 英史

昨夏、四学会(内科、外科、病理、法医)合同ワーキンググループ提案された「医療中の死因解明のため第三者検証組織設置」に対し、厚生労働省が公費対応するという記事が注目を集めた。記事には「東京や大阪など法医学や病理学の医師の体制が整っている5カ所程度の地域でモデル事業を行い、軌道に乗れば全国に広げる」とある(朝日新聞2004年8月22日朝刊記事)。もしも厚生労働省が本気で全国展開するつもりがあるのなら、(そして、本来そうしなくてはならないのであるが)、東京や大阪はモデル地域として不適切である。どちらも監察医制度の恩恵を受けている特別地域だからである。たとえば東京都監察医務院は常勤医8名、非常勤医46名、補助人員53 名、2003年の検案総数約1万、剖検数2627体、年間予算10億だという。(福永龍繁「死亡診断・死体検案システムの現状と問題点」科学.Vol74, No11)。ところが荒川を渡り千葉県に入ると、行政解剖予算は年間20体分程度しかない。(正確な額は知らないが、年間予算1000万円程度だろう)。これは千葉県が低いのでなく、東京都だけ突出して良好な対応をしているのである。厚生労働省は、この上さらに東京に公費投入してモデル構築する。だが、年間10億で運営される施設のモデルが、年間予算1000万円の地方組織で使えるはずはない。ほとぼりがさめたころ、使えないモデルを押しつけられる「地方」はたまったものではない。医療行政が経済的理由から縮小方向へ舵をきっている監察医制度をベースにした「監察医務院モデル」という存在自体が、厚生労働省のスタンスを雄弁に物語っている。もっとも行政としては、国民の権利平等を謳った日本国憲法に反している可能性すらある、監察医制度を規定した政令「監察医を置くべき地域を定める政令(昭和二十四年十二月九日政令第三百八十五号)」に関しては、できるだけ話題にしたくないという気持ちが根底にあるのかもしれないが。

この問題に対する医療行政の本気度は2~3のポイントでチェックできる。モデルとして選択する地域、モデル展開の次の青写真呈示の有無、そしてAiをシステムに組み込むかどうかである。(あるシンポジウムの公開討議で筆者の質問に対する厚生労働省局長代理の回答で明らかになったが、2004年11月の時点では、厚労省はこのシステムに死亡時画像診断を組み込むことは全く念頭においていなかった。)


行政の問題点ばかり追求しても建設的でない。そこでここでは、対案として中立的第三者機関に対しオートプシー・イメージング(Ai)を導入するという提案を行う。Ai 情報は高度な中立性を持つため、透明性と客観性が高まる。遺体全体を見渡せる画像を基に、ポイントを絞った剖検を行える。得られた剖検情報はAi画像に添付できる。さらに剖検非承諾例でも、Aiは承諾される可能性が高い。そして、Aiで異常所見を認めたら剖検を行い確定すればよい。システム上の利点としては、全国展開モデルとして普遍性の高いものが構築できる点があげられる。なにしろCTは全国に1万台以上設置されているのだから。

こうした提案をするとAiさえ行えばよい、という主張だと誤解されてしまうかも知れないが、可能な限り剖検とAiを併用することが望ましいことはいうまでもない。剖検に限界があるように、Aiにも限界が存在する。Aiと剖検は相補的二重らせん構造をとる時に、死亡時医学検索における信頼性の高い検査として完成する。互いのクオリティ・コントロールと相互医療監査が同時に達成されるからである。このことを別の角度から表現すると「21世紀の死亡時医学検索を新たに構築する」ということになる。ここにこそ、PMI (postmortem imaging = 死後画像)とAiの質的概念の違いがある。 医療関連死に関する中立的第三者機関を作る際には、まず死亡時医学検索の必要性と重要性について確定する作業から始めたほうがよい。グランドデザインがないままその上に新たなシステムを構築することは行政の得意技ではあるが、学問に資する者にとっては忌避すべき姿勢だろう。高度先進医療が行われる現代でも、こうした基本的な医学概念が確立されていないことが多いというのは現状ではあるが。

厚生労働省はこれまで、剖検に対する費用拠出に対し具体的な対応を怠ってきた。今回、中立的第三者機関のモデル構築に際し、「この件に関しては」剖検の費用を拠出することが検討されはじめた。これは行政が医療に負債返済をはじめたにすぎない。それはそれできちんと遂行してもらえばよいことであるが、同時に未来への新たな投資も開始すれば、日本の医療はわずかながらよい方向へシフトする。その先行投資こそが、Aiの社会システムへの導入であると考えている。

巨象のように慣性の大きい行政システムを動かすことができるのは、現場の医療従事者や、市民ひとりひとりの切実な声だと思われる。こうしたムーブメントを達成する時にAi学会が果たす役割は、これから大きなものになっていくことだろう。