第161回
2025年02月16日

医療事故におけるAi活用の工夫

国際医療福祉大学
樋口 清孝

 医療事故調査制度の運用が開始され10年になろうとしています。しかし、届け出件数が低調なだけでなく、Aiの実施率についても不甲斐ない状況です。まして、解剖は実施しているのにAiを実施していない施設も多いというから驚きです。その病院は画像としての証拠を残せない事情でもあるのかと、ご遺族に疑念を抱かれても仕方ありません。詳細な考察については、第152回 1000字提言で三重大学の兼児敏浩先生が「医療事故調査・支援センター年報から読み解くAiの動向」として論じておられますので、ご参照ください。

 さて、私は大学で学生教育を行っている傍ら、一般財団法人Ai情報センター(代表理事 山本正二先生)で監事として勤務しております。そこでは、さまざまな読影のお手伝いもさせてもらっていますが、当センターには医療事故における損害賠償が絡む案件の読影依頼も多く寄せられます。その資料は死後のAi画像だけでなく、生前の検査画像や検査データ、そして膨大な診療録からなり、それらすべてに目を通すことになります。すると、死亡に至るまでの状況が見えてきます。中には医療資源が限られた地方だったが故に救命できなかったと考えられる事例もあり、特に時間外救急医療においては医療従事者の人材不足による医療格差の現実を考えさせられることもあります。このような環境下でも、医療従事者はその時、その場の状況に応じて最善を尽くして働いていますが限界もあります。そして、その場面は二つとして同じものはありません。それでも、結果を振り返り、何か他に方法はなかったのかを検証して、次に少しでも役立てようと日々研鑽に努めています。しかし、残念ながら遺族から損害賠償を請求される事態になっているケースも散見されます。その遺族からの訴えの発端は医療行為そのものに対するクレームよりも、医療者としての態度に対して不満を抱いた結果であることが多い印象です。特に予期せず亡くなられた場合、ご遺族は医療者に対して不信感を持ったまま病院を後にすることになります。そこで、医療事故調査制度の活用が期待されますが、逆に火に油を注ぐことになっている現実があるのです。

 ここで、ご存じの方も多いとは思いますが医療事故調査制度が成立した経緯を簡単に述べます。
 1999年に発生した「患者取り違え事件」、「消毒薬誤注射事件」を契機に、2005年には「診療行為に関連した死亡の調査分析事業」いわゆる「診療関連死モデル事業」が始まりました。そこで問題視されたのは、事故調査は第三者機関が行い、報告書内の「…すべきであった。」「…と改善すべきである。」といった再発防止策を示した文章が、過失の疑いがあるとして訴訟に使われ、医療者が責任追及されるということでした。
 そこで、2015年10月から施行された改正医療法における医療事故調査制度では院内調査を主体とし、非懲罰性、秘匿性、独立性による学習を目的としたシステムとしての運用が開始されました。しかし、実際には遺族へ院内調査結果を報告したことで、先に述べたように医療過誤として訴えられるケースがあるのです。

 発生した医療事故に対して、医療安全の視点から科学的根拠に基づいて改善策を検討することは医療者として然るべきで、医療事故調査制度の目的でもあるはずです。一方、本来は切り離されるべき訴訟や賠償といった司法の視点からの議論において、主材料になってしまっていることは、医療現場の萎縮につながる要因として恐ろしい現実です。
 そこで、現状のような院内調査の手段の一つとしてAiを実施するのではなく、Aiをご遺族への説明材料として活用し、丁寧な対応ができれば医療不信によるトラブルを回避できる可能性があるかもしれません。すなわち、医療事故と判断する前(死亡直後)にAiを実施し、画像を提示しながらご遺族には死亡までの経緯と今後の院内調査について説明することで、人ひとりの死も最期まで無駄にしない医療者の真摯な姿勢から、少しはご理解いただけるのかと思います。

 Aiが提唱された当初、「100万人にAiを…」というコンセプトがありましたが、2023年人口動態統計(確定数)によれば死亡数は157万6016人ですので、今や「160万人にAiを…」ということになります。この趣意は医療における最後の責務としてAiを実施すれば、その結果を誰もが理解できる形で提示することができるということでしょう。Aiはご遺族と医療者をつなぐコミュニケーションツールとしての価値があり、医療事故調査制度が10年を迎える今、Ai活用の抜本的改革を行う時期(ちょっと遅すぎる気もしますが…)ではないでしょうか?