終末期ケアとAi~緩和ケア医の立場から~
一般的に緩和ケア病棟で亡くなった患者は病理解剖を行わないことがほとんどである。緩和ケア病棟に入院する患者はがん患者であり,予想された経過をたどることが多いことや,これまでのがん患者のつらい治療の経過や死後の家族の心理的な負担への配慮が上記理由として挙げられる。また,そもそも死後に侵襲的な病理解剖を行うことは,終末期を苦痛なく過ごし,穏やかに最期を迎えることを大切にしている緩和医療に反するという気持ちが緩和ケア医や治療医に少なからずあることも病理解剖が行われない大きな理由として考えられる。
Aiに関しても病理解剖と同様に終末期ケアでは行われることが少ない。今回,Aiが終末期ケアにおいても有用かつ必要な検査手法であることを,緩和ケア医の立場から主に2つの観点(①ご遺体へのケア ②デスカンファレンス)で述べてみたい。
1つ目はご遺体へのケアに関してである。緩和ケア病棟での遺族評価の報告では,ご遺体の容姿・様相を生前のように保つことや個人が生前と同様の配慮や扱いを受けることは家族(遺族)の終末期ケアにおける満足度と関連があることが明らかになっている1,2)。Aiは病理解剖と異なり,短時間に全身検査が非侵襲的かつ非破壊的に行えるため,死後においてもご遺体を傷つけず,家族の心理的な負担を軽減できることは言うまでもない。
2つ目はデスカンファレンス(以下,カンファレンスとする)におけるAiの活用である。カンファレンスでは,患者の死後,終末期に医療者が行ったケアを振り返り,今後のケアの質を高めることを目的として行われる。私たち緩和ケアに従事する医療者は,患者が自分らしく苦しむことなく過ごし,静かに眠るように息を引き取る最期を目指して終末期ケアを行うが,時として患者が安らかな最後を迎えられず,無力感や敗北感,葛藤や後悔の念を抱くことがある。このような体験を繰り返すと自己効力感は低下し燃え尽き(バーンアウト)につながりかねない。カンファレンスにおいて抱いていたケアの困難さを医療者間で共有することで,ストレスコーピングや燃え尽きの予防にもつながる。ただ,現在,実臨床で行われているカンファレンスは医療者の感覚や直感をもとに行われることが多いため主観性が高く,客観的なデータをもとに実際に行われたケアを評価することが困難である。ここで自験例を1例紹介する。喀痰貯留が多く頻回な気管内吸引が必要であった終末期肺がん患者が,入院後わずか8日間で亡くなった。死後に開催されたカンファレンスで担当看護師が,他業務に追われ気管内吸引を十分に行えなかったため喀痰貯留による窒息を生じてしまったと自身を責め,後悔の念を口にした。ただ,本症例で実施したAiでは,気管内に窒息を来すような喀痰貯留は認めず,両側肺野に数量共に著明に増大した多発肺腫瘍を認め,腫瘍の急速増大に伴う呼吸器不全が死因と判断した。カンファレンスの中で,担当看護師のケアに問題がなかったこと,短期間での急速な腫瘍増大の経過を多職種間で共有した。このようにAiという客観的なデータを用いてカンファレンスを行うことで,終末期ケアの際に医療者が抱いていたケアの困難さの軽減あるいは解決するため方法(真実)に近づくことが可能となる。
私は緩和ケアチームの活動中に他診療科の医師から「緩和ケアってエビデンスに乏しいから,結局のところ経験がものを言うんでしょ」と時代錯誤も甚だしいことを言われることがある。日本における緩和医療の歴史は1973年に淀川キリスト教病院で開始されたホスピスプログラムが最初であり,まだ50年弱と歴史は浅いが,この50年間で着実にエビデンスが積み上げられ,現場ではエビデンスに基づき確実に症状緩和が可能となってきている。それでも,なお死の直前まで行われる終末期ケアにおいては,まだエビデンスに乏しく,緩和ケア医は患者が死に至るまでに本当に苦しみを最小化することができたのか,良かれと思って行ったケアが新たな苦痛をもたらしたのではないかと日々迷いながらケアを行っている。Aiを行い過去の症例を分析し医療者間で共有することで,終末期ケアの質を向上させることができる可能性がある。また,Aiによる終末期ケアのデータが大量に蓄積されれば,将来的な終末期ケアのエビデンス確立にもつながることが期待される。私たち緩和ケア医は,自分たちが行ったケアが本当に妥当であったのか自分達が終末期患者に行ったケアを顧み,死後を含めて最後まで患者と向き合い続ける必要がある。その先に,次の患者の苦痛を最小化するためのケアを実践する力や緩和医療の発展がある。患者・家族に対して終末期ケアにおけるAiへの理解を深めていくためには,終末期に限ってAiを提案するだけではなく,さまざまな場面で患者・家族と人生会議 (Advance Care Planning*)の話し合いを進める中で,Aiについても患者・家族に適切な時期に説明し,時間をかけて話し合うことが今後,重要となってくる。私たち緩和ケア医は,患者の死と同時に全てを終わらせ闇に葬り,「終末期ケアにおいてAiが有用かつ必要であるという現実」から目を背け続ければ,終末期ケアは”一人よがりの医療”であると言われ続けることになりかねないことを覚悟しなければならない。
*人生会議(Advance Care Planning):これから受ける医療やケアについて自分の考えや思いを家族や医療介護関係者と繰り返し話し合い人生の最終段階での意思決定に生かしていく取り組み
【参考文献】
1) Shinjo T, Morita T, Miyashita M, et al. Care for the bodies of deceased cancer inpatients in Japanese palliative care units. J Palliat Med 2010;13:27‒31.
2) 山脇 道晴, 森田 達也, 清原 恵美.ご遺体へのケアに関する遺族の評価と評価に関する要因.Palliative Care Research 2015;10(2):101‒7.