首都・東京から始める死因究明制度改革試案:都内の医学部法医学教室を統合し「メトロポリタン法医学教室」を創設し、「東京都監察医務院」を「東京都Aiセンター」と改称し、日本版「メディカル・エグザミナー」を創出せよ
前稿では昨年12月、女優の中山美穂さんが急死した件で、死因究明制度における問題点を指摘しました。
死因究明制度の運用が警察の恣意的な判断に任され、情報公開に関して無責任状態にあるということです。
中山美穂さんの死因究明にはかなり問題点があります。(死因に不審があるということではありません)。
① 東京都23区内での異状死は通常は東京都監察医務院の行政解剖になるのに調査法解剖にした根拠が不明。
② 警視庁が死因を調べたが公式発表はなく、事務所の発表を報道機関が伝えたにすぎない。
③ 解剖を実施したという報道と、検死にて死因が判明したという報道がある。解剖を実施したのかどうか、公式発表はない。(公式には解剖が実施されたのかどうか不明状態)
こうした細部にこだわるのは、警察絡みの死因究明でかつて「保土ケ谷事件」と呼ばれた不祥事があったからです。悪名高い横浜市監察医務院が絡んだ事件で、異状死ケースで解剖したと発表しながら、実は解剖されていなかったことが裁判で明らかになった事件です。「悪名高い」としたのは、横浜市監察医務院の担当医が、年間4000例の行政解剖を一人で実施していたと公表していたからです。それではきちんとした解剖を実施できないことは明白なのに、法医学会はそうした状況を黙過し、何も手を打ちませんでした。結局この件は警察は捜査せず、今ではウィキペディアにも載らない事件として風化させられています。(誰か、ウィキペディアに項目を立ててくれないかなあ)。死因究明制度を内輪の組織にすると、不祥事が頻発します。神奈川県警の不祥事が噴出した裏には、警察・検察に好都合だった横浜市監察医務院があったせいだと思います。
不祥事を隠蔽するには、不透明な組織にしておくことが一番好都合なのですから。
実は警察・検察は捜査の「行政」組織であり、「司法」組織ではありません。「森友事件」や「自民党の裏金事件」で検察が不起訴にしたのは「行政」判断で、「司法」判断されていない、つまり「警察・検察行政」が「司法判断を仰がずに独断専行」で「事件性なし」としたわけです。これはまさに「検察独裁」と言うべき状況です。ところが警察・検察を「司法」組織と勘違いしている市民は多い。実はかく言う私もそのひとりでした。
死因究明問題でも、解剖を実施するかどうかの判断は、現在も警察に所属する検死官の胸先三寸で決定されています。これは2006年に大相撲時津風部屋リンチ死事件が起きて、死因究明の制度的な問題点が指摘されてから全く改善されていない点です。
昨年末に再放送された「法医学者たちの告白」(NHKスペシャル)という番組は、そんな法医学界隈の問題を浮き彫りにしたもので、長年Aiの適正な社会導入を目指してきた私の眼から見ると、法医学領域の欺瞞が噴出した番組、つまり法医学者の自爆テロのような番組に見えました。
番組タイトルで検索すると詳細な内容紹介が読める記事が見つかると思います。放映された番組と順序が前後していたり、省略されている部分があり、私の一文を読んだ後に参照いただけると、味わい深いと思います。
以下、番組をご覧になっていない(あるいは、見る暇がない)Ai学会会員のために、内容を要約します。
登場する主な法医学者は4名。登場順に千葉大学法医学教室の岩瀬博太郎教授、旭川医科大学法医学教室の清水恵子教授、東大法医学教室名誉教授で東京医科大学医学部の吉田謙一客員研究員、ホノルル監察医事務所の小林雅彦所長です。最初に登場する岩瀬教授と清水教授のお二人はAi学会の会員で、岩瀬教授はかつてAi学会理事を務めたこともあります。また岩瀬教授と小林所長は吉田先生の門下で同門という濃い関係です。
番組の冒頭、岩瀬教授が率いる千葉大法医学教室の現状が伝えられます。
「千葉大には法医学教室に在籍しているスタッフは総勢40名いて、年間400体解剖している。取り扱う遺体が増えて解剖は数週間待ち。1体の解剖に3時間を掛ける。岩瀬教授は解剖を効率化し、受け入れを増やすよう警察から求められてきた。国の支援がないためNPO法人などを作り体制を強化してきたが去年12月、更なる難題がふりかかる。解剖が1〜2週間待ちになり、来年は東京方面の大学と契約を視野にいれていると通告された。安く早いところへ持って行くのが警察の方針と知り衝撃を受ける。解剖症例が減れば、死因の特定やそれに関する研究が途絶してしまう。そこで解剖を一部効率化して受け入れを増やすという苦渋の決断をした」というのです。番組の最後で岩瀬教授はカメラに向かって呟きます。「殺人事件の捜査の発端になるはずの解剖が、軽視されてきた。検死官は3倍に増やしたが、法医学者は全然変わらない。法医学者がちゃんとしていないと冤罪は作るし、犯罪者を見逃す。何だ、この国。将来が真っ暗に。冤罪が増えたなあ、と思う日が来るだろう。それが悪化するだろう。自分のことと思える人がほとんどいない。」
けれども私はそのコメントに違和感を覚えました。スタッフが40名もいるなんて、日本では監察医制度が機能している東京23区内や大阪市くらいです。そんな恵まれた環境で解剖受付が1〜2週間も遅れるというのは、どういうことでしょう。地方の大学ではスタッフ3〜4名で悪戦苦闘しながらやりくりしています。そんな法医学者から見れば、贅沢すぎる悩みに思えます。そもそも、警察が「安く早いところへ持って行く」のは、迅速な捜査をするため当然で、千葉大法医学教室が「高くて遅い」のであれば、選ばれなくなるのは必然です。自分たちの努力不足を棚に上げて「なんだ、この国」とはあまりに身勝手な言い分で、私からみれば「なんだ、この法医学教室」ということになります。しかもなぜかNHKのホームページでの番組紹介ではイントロにあたるこの千葉大の部分がバッサリとカットされています。何か不都合なことでもあったのでしょうか。
2番手に登場したのが「25年間で4千体の解剖を実施してきた」という旭川医科大の清水恵子教授です。「法医学者の仕事は解剖を通して事件捜査に貢献すること。」と清水教授は言い切ります。薬物犯罪の数少ない専門家で、袴田事件の再審で弁護側から血液鑑定を依頼された清水教授は、「裁判で証言することに迷いがあった」と葛藤を吐露します。「普段、一緒に仕事をしている捜査機関に対し反旗を翻すことになる。けれども科学的で公正な医学的判断をモットーとする法医学に携わる者としては、人間社会のいろんなことへの忖度ではなく、自然科学に対して誠実でありたいと思い引き受けた。」と言うのです。
その「告白」は驚きでした。鑑定業務は市民社会の正義の実現のためにするのが当然の大前提だと思っていたからです。「科学的に正しいことを証言すること」が、「捜査機関に反旗を翻すこと」になるとは、一般市民の心情からかけ離れた感覚です。そんな忖度や呵責は、本来あってはならないもののはず。
法医学者は心情的に、捜査部門の一員だということが露呈した発言でした。
次いで旭川医大に運び込まれた実際の異状死症例が紹介されました。
以下、番組で展開した順番通りに、説明を箇条書きにしてみます。
『① 司法解剖を行うかどうかは警察の検視官が決める。情報も全て警察からもたらされる。
② 解剖の前にCTによる画像分析が行われるのが決まり。
③ 路上の遺体を発見し、解剖が必要と決定。CTでくも膜下血腫。この程度では死因とは考えられない。
④ 低体温症疑い。解剖を実施し、左心室と右心室に含まれる酸素濃度に違いがあり、診断を確定。
⑤ 解剖が進むと意外な所見。頭の天辺に大きな亀裂。くも膜下血腫の原因。
⑥ 自分で転んだだけで、頭の天辺を骨折するのは不自然。犯罪性はわからない。』
でもこの症例提示には大問題があります。
①清水教授や検死官が「頭の天辺の大きな亀裂(骨折)」を体表検視で見逃していたかのように見えること。
②通常ならAiで捜査情報が十分得られているのに、解剖が必須だったかのように誘導していること。
の2点です。
①については、もし番組が事実を伝えていたとすると、検死官と清水教授は体表検索において「頭の天辺にある大きな亀裂(骨折)」を見逃していたことになり、お二人の検視技術はかなりレベルが低いと判断せざるを得ません。更にいえば、CTで頭蓋骨の骨折はわかります。これは画像診断の専門家でない法医学者には難しかったのかもしれませんが、臨床医ならば、そして言わずもがなですが画像診断の専門家である放射線科医であれば、絶対に見逃さない所見です。
上記の遺体検索の流れを、普通の検視官と標準的な医師が対応したらどうなるか、並び変えてみます。
『①路上で死亡遺体を検死官が調べ、頭頂部に外傷を認めたため、事件性を疑い解剖実施を決定。
②司法解剖前に実施したCT検査(Ai)で頭頂部の骨折とくも膜下血腫が判明。
③頭部外傷でくも膜下出血を起こし昏倒、雪中に埋もれ凍死した可能性が高い。』
ここまで「捜査に貢献できる医学情報」を得るにはAiだけで十分です。すると解剖の意義がなくなってしまうので、上記のように手順を「捏造」したのかもしれません。それはAiの価値を低く誤認させる「ヤラセ」の一種といえます。清水教授の司法解剖レベルが低いのか、Nスペ番組が捏造したのかのどちらかです。
まあ、いずれにしてもお粗末な話ですが。
3人目の吉田謙一東大名誉教授が提示した事例は、更に興味深いものでした。
2014年12月1日、栃木県日光市で小学1年の女の子が殺害された事件で発生から9年後、容疑者が逮捕され犯行を自白しました。ところが被告は裁判前に自白は強要されたとして無実を訴えました。この時、殺害現場と殺害時間が争点となり、「ルミノール検査の判定」について岩瀬教授が検察側の証人、岩瀬教授の恩師で先代の東大法医学教室教授・吉田謙一名誉教授が弁護側の証人に立ちました。いわば「師弟対決」です。ここで岩瀬教授の証言は、検察の判断を補強するような使われ方をし、吉田名誉教授はそれを打ち砕く証言をします。
結局、師弟の鑑定合戦は師の吉田名誉教授に軍配があがりました。しかし検察は公判開始後に殺害現場、殺害日時について起訴内容を変更するという、きわめて異例な対応で公判を維持し、有罪判決を勝ち取りました。けれども本来の法の精神に基づけば、裁判官が公訴棄却すべき案件でしょう。
それは「袴田事件」と似た構図で、検察の恣意的な強権体質をよく現している事例です。
岩瀬教授の証言は、「ルミノール反応が本当に血液に反応しているか、問題はありますが、血液だとすれば、それなりに広い範囲に血が落ちているという印象は受けます」というもので、番組スタッフには「ルミノールは鉄があれば反応するので、あえて注釈をつけ、本当にこれが血なのかわからないと丁寧に答えてるわけです。ルミノール反応の限界がありますから」と説明します。しかしもしそれが真意だったなら、「印象を受ける」などという曖昧な言葉は使わず、単純に「ルミノール反応が本当に血液に反応しているか疑念があり、判定不能です」と証言するのが、科学者として誠実な対応だったのではないでしょうか。
「科学は裁判では編集できる。検察官・弁護士も建前は正義でしょうが、個人として裁判に勝ちたいという欲求はあるわけで、その中で脆弱な法医学が非常に悪い使われ方をすることもあります」と岩瀬教授は言います。
その観点から見ると、岩瀬教授の証言は一見誠実そうに見えて実は、「印象を受ける」という主観的感想を混じえることで、検察に「悪い使い方」を容認する余地を残し、自分の科学性については逃げ道を担保した、自己保身に富んだ玉虫色の証言に見えてしまいます。
この時、かなり恐ろしい告発もありました。吉田名誉教授が事件の弁護側鑑定を引き受けたところ、氏が所属する施設に検察からの鑑定依頼が激減したというのです。吉田先生自身はそうした状況を、「弁護側の法医学者」とレッテルを貼られてしまったのだろう、と推察しています。
前述の清水教授が「捜査機関に反旗を翻しても」そうした事態に陥ることがなかったのはおそらく、当地には旭川医大の代替施設が他に見当たらなかったからにすぎないのでしょう。
以上を総括すると「現役の法医学者は事件捜査に協力する捜査行政の一員であり、検察の方針に異を唱えれば仕事を干される可能性が高い」らしい。これでは岩瀬教授や清水教授のような、名の売れた実力者ならともかく、普通の法医学者が警察や検察に忖度せず鑑定業務を実施することは相当ハードルが高いことでしょう。
こうした検察の対応は、根深くて根強い「検察無謬主義(=検察は絶対に間違えない)」に固執しているがために起きます。冤罪は二重の意味で罪深いことです。
① 無実の人を、謂われなき罪人にしてしまうこと。
② 真犯人を野放しにしてしまうこと。
もし検察の本義が、法を通じて社会正義を遂行するということなのであれば、②を解消するため自らの誤りは速やかに正そうとするはずです。そうしないのであればすなわち現在の検察では、組織防衛が最大の目的になっていることを露呈しています。そして捜査機関の下部組織である法医学教室も、残念ながら似たメンタリティを抱えていそうです。法医学の情報閉鎖性は、警察・検察行政の闇の部分を支えており、それは市民社会に不利益をもたらすものなのです。
最後の4人目の主要登場人物が、米国の興味深いシステムを紹介してくれました。
21年間、ホノルル監察医事務所所長を務めている小林雅彦先生です。米国ハワイ州オアフ島で年間3500体の異状死体を取り仕切る「メディカル・エグサミナー」です。
「メディカル・エグザミナー」は自殺か他殺か判断するのが業務で異状死体管理も行い、警察は現場の遺体に触れることはできず、「メディカル・エグザミナー」だけが触れることができる。「メディカル・エグザミナー」は捜査官だけでなく、被疑者の弁護士へも公平に情報を提供する、検察側でも被告側でもなく、中立的で客観的な立場の専門家なのだそうです。凶器を特定することも必要とされず、アメリカでは科学的根拠が薄いとされる死亡推定時刻を求められることもないそうです。なんと「科学的で論理的」な捜査法でしょう。そして米国の警察は犯人逮捕が仕事と割り切っています。
小林所長は「米国では与えられた情報だけでなく、自分から進んで情報を集められる。日本に戻るとそれが損なわれる可能性があるので、日本に戻りたい気持ちはないです。」と言っていました。
小林所長が岩瀬教授の東大法医学教室で同僚だったのも、なかなか興味深い事実でした。
以上はNHKスペシャルの総括でした。
現在、「警察・検察行政」は問題が噴出しています。最大の問題は情報閉鎖性に起因する冤罪で、自白を強要する「人質司法」問題と同根です。「大川原化工機」の犯罪のでっち上げにおける冤罪事件では、警視庁公安部の捜査員3人が昨年11月、取り調べ中に作成した調書を破棄した等の容疑で書類送検されましたが不起訴処分となり、原告側は今年の1月17日、うち2人について不起訴処分不当として、検察審査会に審査を申し立てました。また東京五輪をめぐり大会組織委員会の元理事に対する贈賄罪で逮捕・起訴された大手出版社「KADOKAWA」の角川歴彦元会長(81歳)は、否認すると身体拘束を長期化させる「人質司法」により苦痛を受けたとして、国に2億2千万円の損害賠償を求めています。その取り調べ状況は、「これが近代民主主義国家の捜査なのか」と愕然とさせられるような強迫、拷問まがいの取り調べだったそうで、持病の治療も許されなかったため角川元会長は一時、獄中死を覚悟したほどだったそうです。
現在の警察・検察行政は、捜査における人権侵害を国際社会から警告を受けているという、近代における民主主義国家としては異常な状態にあります。人質司法の改善と司法の現場での人権を守る活動も活発化しており、人質司法に関しては弁護士の高野隆先生が中心になり2024年6月、「取調べ拒否権を実現する会」(RAIS)を立ち上げています。これは中世的で国際的に人権が問題視されている「日本の捜査行政」に楔を入れるもので、下記がそのウェブページです。
https://rais2024.jp/
このように現在の「捜査行政」は根深い組織的問題をはらんでいて、検察の選民思想的な「情報隠蔽・独占体質」は死因究明問題にも色濃く影を落としているのです。
ここで再び、法医学教室の改革を目指す千葉大学法医学教室の岩瀬教授に話を戻します。番組のプロフィール紹介部分でさらりと岩瀬教授の略歴に触れていました。NHKホームページの番組紹介ではバッサリとカットされていますが、それは「長年、東大と千葉大の教授を兼務。法医学教室の改革のため、人員や予算を増やすように国に求めてきた。」というものです。
岩瀬教授が、私の母校でもある千葉大法医学教室の教授に就任したのは2003年。この時私はAi学会を創設するため母校を訪れ、飛び込みで就任直後の岩瀬教授に面会してAi学会入会とAi学会理事に就任を要請、快諾をいただきました。その後、いろいろありましたが2014年、岩瀬教授は彼の母校の東大法医学教室の教授に就任します。
この時驚いたのは、岩瀬教授が千葉大の法医学教室教授を辞めなかったことで、2024年3月まで実に10年の長きにわたり、千葉大法医学教室と東大法医学教室の教授を兼任し続けました。
実はこれは「法医学教室の改革のため、人員や予算を増やす」こととは相反する選択です。
更に2024年4月、岩瀬教授の教室スタッフで2016年に東大に移籍させ、准教授に据えた槇野陽介先生が東大法医学教室の教授に昇進します。お弟子さんを後任にした形は、まるで江戸時代の相伝のようで、アカデミズム領域の地位の私物化に見えます。私は槇野先生とは面識がありませんが2009年、千葉大学Aiセンターが設立された時に山本正二先生の指導下に入り、そこから岩瀬教授の教室に移ったという経緯があり、かつてはAi学会にも入会されていたようです。経歴をきちんと紹介しようと思いネット検索したのですが、東大法医学教室のホームページには槇野新教授の挨拶文はあるのに、経歴は掲載されていません。不思議だったので、ついでに他の千葉大法医学教室のメンバーの経歴も調べてみると、驚くべき事実がわかりました。
東大法医学教室は、槇野陽介・教授(千葉大特任助教)、鳥光優・准教授(千葉大特任助教)、恒矢重毅・助教(千葉大特任助教)、そして特任助教4名のうち3名は猪口剛(千葉大准教授)、本村あゆみ(千葉大特任講師)、千葉文子(千葉大准教授)と、実にスタッフ7名のうち6名までが千葉大法医学教室との兼任なのです。
東大法医学教室は、千葉大法医学教室の植民地みたいで、これでは「はりぼて法医学教室」です。
スタッフを調べていくと、国際医療福祉大学医学部の法医学教室教授に、千葉大法医学教室特任教授の矢島大介先生が就任していることも判明しました。矢島教授の経歴は、2007年に千葉大学大学院で法医学博士号を取得(岩瀬教授指導)、千葉大法医学教室のスタッフを歴任し、2014年に旭川医科大学法医学講座の准教授になっています。そう、Nスペで登場したあの清水教授の部下でもあったわけです。清水教授と岩瀬教授の教室は関係が深そうで、するとNスペは一部系列の法医学者の考えに偏向した番組とも言えそうです。
不自然なのは矢島先生が2017年に旭川医大の准教授から千葉大学大学院医学研究院法医学の准教授に横滑り転任した同年、国際医療福祉大学医学部法医学の教授に就任したことです。どうして一瞬、千葉大の准教授になる必要があったのでしょう。千葉大法医学教室の人事には常識的には理解不能な、不透明な部分があります。しかもNPO法人創設も絡んでいるようですし。
驚いたことに国際医療福祉大学医学部の法医学教室のスタッフも、矢島大介・教授(千葉大特任教授)の下に、本村あゆみ講師(千葉大特任講師)、石井名実子助教(千葉大特任助教)と、3名中2名が千葉大兼任です。そうした実態を示すものなのか、2024年9月3日には「東大・千葉大・国福大連携法医研究会」なる研究会が開催されたようです。因みにここまでは全て各教室のHPに記載されている情報を一覧にしただけです。
ただし国際医療福祉大学のホームページは教授経歴やスタッフの略歴も掲載されていて、東大法医学教室よりはるかにちゃんとしています。てか、「はりぼて東大法医学教室」のホームページが杜撰でお粗末すぎるだけなんですが。
さて、ここで考えてみてください。千葉大学では法医学教室で一番重要な業務であるはずの解剖業務が滞っている、とNスペで明らかにされました。ところが千葉大法医学教室の主要スタッフは東大、国際医療福祉大という3つの医学部法医学教室のスタッフを掛け持ちしているわけです。すると一番地味な千葉県の解剖業務を後回しにしてしまうのもむべなるかな、でしょう。
3つの医学部法医学教室のスタッフを掛け持ちしている本村あゆみ先生など、普段は一体、どういう働き方をしているのでしょう。給与は3個所から貰っているのでしょうか。もしそうなら本来他の法医学者が得られる報酬を千葉大スタッフが独占していることになります。他の2個所から報酬を貰っていないなら、本来であれば法医学者がもらえる報酬を放棄していることになります。
これが千葉大と東大法医学教室の教授を10年間も兼任した岩瀬教授が築き上げた、もうひとつの大成果です。
本村あゆみ先生には興味深いエピソードがあります。2020年5月15日のNHK「あさイチ プレミアムトーク」に出演した際、彼女は法医学の惨状を切々と訴えたそうですがその時、キャスター役を務める博多華丸さんが「Aiは活用しないんですか?」というような意味の発言をしたところ、すごい形相で「Aiで全てがわかるわけじゃありません!」と一喝し、華丸さんがびっくりした顔をして黙ってしまったのだそうです。ただし私自身はこの番組を見ておらず、知人からの伝聞なので多少不正確かもしれませんが。
いずれにしても、千葉大法医学教室のスタッフの人たちは、Aiという言葉を決して使おうとはしません。かつて岩瀬教授は趣旨に賛同してAi学会の理事を務めていたこともあるというのに……。
いずれにしても岩瀬教授が東大に異動すれば、千葉大学医学部の法医学教室教授に就任した人のポジションが空き、法医学者の食い扶持が一人分、増えたことは間違いありません。つまり岩瀬教授は10年間、ただでさえジッツ(役職ポジション)が少ないと言われる法医学者の職を2つも独占し、法医学者の食い扶持をひとつ減じ続けたわけです。私が現役の法医学者なら、「千葉大か東大か、どちらかの教授に決めてくれ。そうすれば自分が千葉大か東大の法医学教室の教授に公募できるのに」と恨みに思ったでしょう。
こうなると、果たして東大法医学教室の教授職は公募されたのか、という疑念すら浮かんできます。今流行の裏取引で新教授が決定されたのではないか、などという、下司な邪推をしてしまうのも「岩瀬教授が東大と千葉大の法医学教室の教授職を10年も兼任していた」ことと、「その間、槇野先生が准教授を務めていた」こと、そして「10年後に槇野先生が教授に昇進した」という、一般的な大学医学部の教室では通常起こりえない状態が続いた結果、東大法医学教室は今や千葉大法医学教室の出先機関のように見える状態になっているせいです。
東大法医学教室も国際医療福祉大教室も、スタッフが千葉大法医学教室と兼任だということはホームページ上のスタッフ紹介に明記すべきです。でないと実情を誤認した志望者が入局し、羊頭狗肉だったと気づいて後悔しかねません。
岩瀬教授が率いる千葉大法医学教室の実態は、人員豊富な巨大組織を謳いながら、内実は千葉県内の解剖業務にも十分に対応できていないのに、東京大学と国際医療福祉大医学部の2つの法医学教室を運営しているわけで、少なくとも後者の2つの法医学教室は名義だけの「はりぼて法医学教室」といえるでしょう。
だってスタッフのほとんどは、千葉大法医学教室との兼任なんですから。
いずれにしてもこれではNスペで紹介された岩瀬教授のプロフィール「法医学教室の改革のため、人員や予算を増やすように国に求めてきた。」という看板には偽りあり、ですね。
さて批判するばかりでは生産性がないので、ここで岩瀬教授が構築したシステムを知ったことでインスパイアされた、建設的な新システムを提案したいと思います。
東京都内の各大学の法医学教室を統合し、「メトロポリタン法医学教室」を創出するのです。これは岩瀬教授が東大教授と千葉大教授を10年間兼任して実現しようとしたシステムの拡大版であり、情報開示にも対応できる、新世代の法医学教室になります。岩瀬教授の試みの弱点は大学の地位の個人的独占に見えてしまうところです。もしそれが私がこれから提案するような、オープンマインドで公益に資するものだと他の法医学者に認知されていたら、少なくとも昨年の法医学学会理事長選で落選することはなかったでしょう。
地方の法医学教室はきわめて乏しい人材で、①大学における法医学の教育 ②地域の死因究明 という二つの大変な業務を負わされています。たとえば前出の旭川医大法医学教室のスタッフは教授を入れてたった4名、しかも准教授、助教の3人は薬剤師出身で、解剖業務には対応できないはず。あるいは法医学教室に所属していれば薬剤師でも解剖できるという抜け道があるのかもしれませんが、ネットで調べると「法医学医や監察医として解剖業務を行うには、医師免許に加えて死体解剖資格と法医学の修学が必要です。」とあるので、旭川医大では清水教授が孤軍奮闘で解剖している可能性が高そうです。
ところが都内の医学部では、「②地域の死因究明」業務はほぼありません。年間3千体の解剖をしている東京都監察医務院が十全に機能しているからです。死因究明はそこに任せればいい。しかも都内は大学医学部も多く法医学教室は過飽和状態です。ですので地方と比べ東京の法医学者は相当ラクをしていると言えます。
こんな顕著な地域格差を放置し続けていては、日本における死因究明制度が機能不全に陥るのは当然です。
ならば①の教育に関して都内の大学の教室を統合すれば、法医学教育を合理的に運営できます。そうして、講師を派遣して地方大学の法医学の授業をすればいいのです。
その上で「メトロポリタン法医学教室」に「Aiセンター」を併設し、米国のような「メディカル・エグサミナー」を創出する。死因究明に際し、まず中立的な「Aiセンター」でAiを実施し、犯罪性があれば捜査現場に回す。これは「検死官が解剖するかどうか判断する」という現在の仕組みよりも科学的かつ合理的で、犯罪見逃しも冤罪発生も減らせる上、市民社会への死因についての説明責任も果たせます。
実は2009年から日本各地で「Aiセンター」が創設されました。ところがその後10年間の警察庁の絶え間ない、現状維持を主眼とした後ろ向きの努力と、厚生労働省の怠慢による無策によって、Aiをベースにした死因究明制度は換骨奪胎で骨抜きにされ、捜査行政は従来の体制の枠組みの維持に成功しました。
しかし残念ながら「警察・検察行政の組織防衛の大成功」は、「市民社会の災厄」でした。
でもまだ諦めるのは早いのです。今回の「中山美穂」さんの死因検索の件で、いいことを思いつきました。
東京都監察医務院を「東京Aiセンター」にすればいい。東京都監察医務院は総務省管轄で警察・検察行政の下部組織ではないので、この「改称」には合理的な根拠もある。捜査行政から独立した組織を構築でき、捜査行政の改善もでき、市民社会への貢献は大きい。前稿でも触れた通り「Aiセンターがあれば、中山美穂さんは解剖をしなくて済んだ」し「死因の説明も、公的機関で公式に対応できた」わけですから。
そもそも中山美穂さんの死因究明の件で、警視庁が通常の行政解剖の適用を避けたことは、東京都監察医務院の面子を潰したともいえる、とても無礼な対応です。
更に、地方でもAiセンターを創設が可能です。各都道府県に「死因究明等推進協議会」なる組織の設置が、法律によって推奨されているからです。この協議会に「Aiセンター」を設置し、地方における死因究明制度の核となる施設とすれば地方の法医学者の負担も軽減でき、かつ死因究明制度で米国の「メディカル・エグザミナー」に準じるシステムを創設することが可能になります。
警察・検察行政の監査システムがないことで、市民社会は多大な不利益を蒙っていますが、「Aiセンター」には捜査行政の監査機能も持たせることができます。捜査行政を警察・検察が、無鑑査で独断専行できるシステムにおける大いなる不利益のひとつが、続発する冤罪です。死因究明制度の改革を、警察・検察行政自身にさせることは不可能です。ということは法医学者にも任せられないことになります。
2014年、死因究明制度の改革を目指し「死因究明関連2法案」が成立した時、結果的に10年の年月をかけて警察・検察当局がやったことは従来のシステムにCTを組み込みつつ、根幹の仕組みは全く変えないという弥縫策でした。ですからNスペで岩瀬教授が嘆いたように、「検死官は3倍に増やしたが、法医学者は全然変わらない。」というていたらくになってしまうのです。捜査機構の下請け組織である法医学者に、捜査行政の制度改革など不可能なのは、この番組を見ても明白でしょう。
最後に、この提言の要旨をまとめます。
① 東京都内の医学部法医学教室を統合し、「メトロポリタン法医学教室」を創立する。法医学教室は大学の医学部組織から切り離し、外部委託制度にする。地方大学の法医学教室で、授業をサポートする。
② 東京都監察医務院は「東京都Aiセンター」と改称し、捜査行政から独立させる。そこで検察側でも被告側でもない、中立的で客観的な専門家「メディカル・エグサミナー」育成を目指す。
③ 地方では「死因究明等推進協議会」に「Aiセンター」を併置する。死因検索については捜査当局と一線を引き、情報発信も実施する。
これにより、死因究明とその情報公開に関する説明義務を果たす基幹施設ができます。それは警察・検察の恣意的な捜査行政を是正する一助になるでしょう。法医学者が、警察・検察行政の改革することは不可能だということは10年間の岩瀬教授や清水教授の努力の結果を見ても明白です。そのことをあからさまにして広く社会に認知させた点で、「NHKスペシャル・法医学者たちの告白」は秀逸な番組だったといえるでしょう。
たとえそれが、番組に出演した法医学者の意図とは違っていたとしても。