身元確認のため診療録等保存義務年限の延長を
Aiの主な目的は、死因診断であるのは間違いないが、それ以外にも多くの活用法がある。特に重要なのが、身元確認である。法医学的には個人識別と呼ぶが、ここではわかりやすく身元確認と呼ぶ。法医学領域では身元不明死体を取り扱うことが多く、科学的な身元確認が求められる。
身元不明死体の身元確認の方法はいくつかある。顔貌や所持品の確認といった非科学的な方法もあるが、正確な身元確認には科学的検査が欠かせない。これにはDNA型や歯科所見あるいは指紋などのほか、手術歴などの医学的根拠も含まれる。一般的にはDNA鑑定が万能だと思われがちであるが、DNA鑑定には対照となる本人もしくは血縁者の資料(DNA型)が必要となり、血縁者がいない場合や一家全員が亡くなるような事故や災害時には使えないことがある。
一方、身元不明死体のAi(全身CT撮影)を行えば、対照画像がない場合でも性別判定やある程度の年齢推定ができる。また、身元確認につながる既往歴が体内の手術器具などから見つかり、そこから身元が判明することがある。例えば人工関節やペースメーカー、各種ステント等がそれにあたる。Aiでそれら手術器具が見つかった場合、法医解剖で器具を取り出し、製造番号を読み取り記録する。該当者が見つかれば、その人の生前の診療録を探し、照合する。記録が見つかり診療録に残された器具の製造番号(レセプト請求用のシールなど)と一致したり、生前画像と死後画像の重ね合わせ(スーパーインポーズ)をしたりして矛盾がなければ、その時点で身元判明となり、DNA検査よりも迅速に身元確認ができる。
しかしながら身元不明死体が発見され、該当者があっても生前の診療録が残っていない場合がある。すなわち、法定保存期間である5年(診療録の場合:医師法、歯科医師法、X線画像等は2年:医療法等)を過ぎ、警察が照会した時にはすでに廃棄されていた場合である。
診療録等の保存期間を定めた法律は古く、カルテを紙でX線画像をフィルムで記録した時代に制定されたもので、当時増え続ける診療録等の保管場所を確保するために、便宜上一定の保存期間を区切ったものと考えられる。
一方、医療機関においては電子カルテが急速に普及し、400床以上の大規模病院では令和2年に91.2%(参考:厚労省調査)であり、現在(令和6年)ではほぼ100%に達していると考えられる。
診療録等を電子的に保存する場合、電子媒体以外の物理的な保管場所を確保する必要がなくなり、極めて狭いスペースで大量のデータを保存することが可能である。
死因・身元調査法の施行およびAiの普及に伴い、今後、身元不明者の対照資料として、医療機関は生前の診療録や画像データの提供を求められる機会が増える。そのようなケースや大規模災害時の迅速かつ正確な身元確認に備えるためにも、法定保存期間よりも長期にわたり診療録等を保存しておくことが望ましい。
以上のことから、ここに診療録等の保存義務年限の延長を提言する。具体的な期間は今後多方面から検討する必要があり、永久保存が理想的であるものの、これまでの個人的経験から少なくとも20年から30年間程度は必要であると考える。
【参考】厚労省:電子カルテシステム等の普及状況の推移
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000938782.pdf