第14回
2004年10月04日

死体検案の現状  警察医の憂鬱

千葉大学大学院医学研究院法医学教室
早川 睦

警察医、とは一般の医師にとって聞きなれない言葉かもしれない。或いは漠然とした印象を受けるのみで、その実体を知る医療関係者はわずかであろう。都道府県によって多少制度は異なるが、千葉県における警察医は県内の臨床医108名が任命され、医院もしくは自宅の属する所轄警察署の嘱託を受けて医師免許を必要とする警察業務(被疑者の採血等)を行う。監察医制度のない都道府県においては異状死体の検案も警察医の嘱託業務であり、その結果事件性があると判断された場合には司法解剖が行われ、それ以外は殆どの場合警察医が外表所見のみから死因を推定し、死体検案書を発行し終わる。即ち我々が解剖を行うにあたりその適否を判断するのは検案現場の警察医であり、従って死体検案制度について論じ、或いは問題を指摘することには彼らの意見が不可欠であると考えられる。

本年我々は車載式CTを死体検案時に導入し、死因判定の補助とする試みを行った。このことは第8回1000字提言においても述べているので参照頂きたい。後日この時検案を行った警察医13名にアンケートを送付し、各事例に関する質問並びに検案制度に対する考えを回答してもらった。これによると、検案時普段参考にしている所見(複数回答)は多い順に、後頭下穿刺13(100%)、警察の捜査情報12(92%)、既往歴11(85%)、現場の状況8(62%)、胸腔穿刺5(38%)、経験と勘2(15%)、トライエージ・その他各1(8%)であった。しかし後頭下穿刺・胸腔穿刺は厳密にいうと本来裁判所の令状がないと死体損壊罪に抵触する可能性がある。また警察の捜査は必ずしもその場で明確な背景が判明するというものではなく、既往歴は受診歴がなければ判明しない。従って警察医は実に不確定な要素から死因を判断せざるを得ない状況にあることが伺える。実際この状況下で外表所見のみで死因を判断することに不安があるかという質問には、大いにある8(62%)、少しある3(23%)、あまりない2 (15%)、という結果であり、合計11名(85%)の警察医が何らかの形で不安を感じている現状が示された。

それでは従来警察医がおかれている検案制度にはどのような問題点があるかという質問(複数回答)を行った所、死因が不明確になる11(85%)、犯罪を見逃す9(69%)、死因統計に影響を及ぼす7(54%)、遺族が納得しない・生命保険額が変わる・その他各2(15%)であった。即ち公衆衛生上の問題並びに犯罪が見逃される可能性が検案現場から多く挙がっていることは特記すべきことであろう。これらをふまえて検案時にCT撮影を行うことに対しては、従来の検査より優れている11(85%)、いない・わからない各1(8%)、であり、更にCTを導入した方がいい10(77%)、いいえ1(8%)、わからない2(15%)、という結果が得られ、検案時の画像診断に警察医が高い関心を示していることがわかった。

警察医は普段臨床の場で診療を行っている。受診した患者は痛みや不快感を訴え、場合によっては様々な画像診断を行った上で診断することが可能である。しかし彼らが一たび検案の場に立つと、目の前の遺体は何も語らない。内部の画像を得ることすら出来ない。このような状況で彼らは犯罪を見逃す危険を感じながら外表所見のみで死因を判断せざるを得ず、しかも荼毘に付された後は最早再検査は不可能である。故に検案現場から画像診断を求める声が出てくるのはごく自然の流れであり、潜在的なAiの要求は想像以上に高いのではないだろうか。

今回のアンケート調査では、多くの警察医が検案の現状に不満・不安を訴え、逆にCT撮影が検案の段階において本来解剖すべき外因死を見逃さないための手段として高い評価を得られたことがわかった。司法解剖を行う我々の立場だけでなく、検案現場の警察医にとってもCT等の画像診断、即ちAiの導入が期待されており、その需要は既に臨界値に近づいていると言っても過言ではないであろう。