第120回
2016年11月4日

注目される新技術:多相死後血管造影MPMCTAと施行時の留意点

鳥取大学医学部社会医学講座 法医学分野 教授
オートプシー・イメージング学会理事
JOFRI(国際法医放射線画像診断雑誌)副編集長
飯野守男先生

オートプシー・イメージング学会は日本国内でAi(死亡時画像診断)をキーワードとして各分野のスペシャリストが集まる学術団体である。一方,この分野の国際学会として,ISFRI(International Society of Forensic Radiology and Imaging,国際法医放射線画像診断学会)(以下,和訳は筆者による)が存在する。ISFRIは2012年にスイスで設立された死後画像診断に特化した国際学術団体で,毎年1回ヨーロッパで総会を開催している(2017年はデンマークで開催予定)。総会はIAFR(国際法医放射線技師会)と共同開催である。また学術雑誌JOFRI(Journal of Forensic Radiology and Imaging,法医放射線画像診断雑誌)を定期刊行するなど,幅広い活動を行っている。筆者を含め,Ai学会会員も何名かは毎年ISFRIで発表したり,あるいはJOFRIに投稿または編集者・査読者として協力するなどしており,両学会の関係は深い。

最近のISFRIのトピックは「死後血管造影」と「死後MRI」であり,特に前者の発表が増えている。死後血管造影の手技であるが,日本国内では,一部の施設において胸骨圧迫により行われている。一方,海外ではカテーテルと体外式ポンプを用いるのが一般的である。スイス・ローザンヌ大学のSilke Grabherr(シルケ グラープヘア)教授が中心となって開発が進められてきた死後造影に関する技術は,専用装置(Virtangio,バートアンギオ,スイスFumedica AG社)が開発されて以来,ヨーロッパに広まった。

専用装置開発後,標準プロトコールの開発,有用性の検証,そしてさらなる技術進歩を目的として,同じ装置を用いる法医学機関が協力し,研究班が設立された(TWGPAM(Technical Working Group Postmortem Angiography Methods, 死後血管造影法技術開発ワーキンググループ,“トゥウィックパム”と発音)。TWGPAMには,ヨーロッパの6か国9機関が加盟し,5年間かけて500症例について造影と解剖を行い技術の検証が行われた。その結果,死後造影は解剖と組み合わせることで,解剖単独や造影単独よりも優れた結果を示すことが証明され,この組み合わせが新たなゴールドスタンダードとして提唱された。また,標準プロトコールとして,専用の親油性造影剤(Angiofil)を用いたMPMCTA(Multiphase Postmortem CT Angiography,多相死後血管造影)が提唱された1)。これは動脈相,静脈相,ダイナミック相の3相造影を行うもので,このことにより詳細な診断につながり,過剰診断や過小診断がなくなるとされる。また,研究班は,法医学分野で懸念される解剖に付随するさまざまな検査に対して,血管造影が与える影響についても検証した。すなわち,血管造影後の病理組織学的検査,中毒学的検査,微生物学的検査,生化学的検査,そしてDNA型検査である。結論としては,それぞれの検査について造影による影響は全くあるいはほとんどなく,血管造影と解剖は両立できるというものである2)。詳細については死後血管造影に関する初めての成書である「Atlas of Postmortem Angiography」(死後血管造影アトラス,Springer社)としてまとめられており,これを参照されたい2)。

Aiがかつてないほど一般的になった我が国において,死後画像診断は新たな時代に入っていくと思われる。その際,死後血管造影の有用性は決して無視できない。しかしながら,ヨーロッパで開発された本手技は,カテーテル挿入時に遺体に切開を加える必要がある。そのため,我が国の現行法においては侵襲を伴う解剖と同一視され,解剖許可(司法解剖における鑑定処分許可等)がない場合,刑法(190条 死体損壊罪)に触れるおそれがある。法医学における死後画像診断において,非常に有用性が高いとされる方法であるが,施行時にはその目的だけではなく,法的根拠も念頭に入れながら行うことが必要である。

なお,ISFRIの2018年の第7回大会は,初めてヨーロッパ外,オーストラリアのメルボルンでの開催が決まった。大会長は第13回Ai学会(2015年,東京)で特別講演されたChris O’Donnell先生であり,日本のAi学会からも多くの参加を期待しているとのことなので,会員諸氏は奮って参加されたい。

参考文献
  1. Multi-phase post-mortem CT angiography: development of a standardized protocol. Grabherr S, Doenz F, Steger B, Dirnhofer R, Dominguez A, Sollberger B, Gygax E, Rizzo E, Chevallier C, Meuli R, Mangin P. Int J Legal Med. 2011. 125: 791-802.
  2. Advances in post-mortem CT-angiography. Grabherr S, Grimm J, Dominguez A, Vanhaebost J, Mangin P. Br J Radiol. 2014. 87.
  3. Atlas of Postmortem Angiography. Editors: Silke Grabherr, Jochen M. Grimm, Axel Heinemann.Springer, 2016