医療事故調査制度の概要とAiの意義
1. 制度目的
医療事故調査制度は,平成27(2015)年10月から施行された院内事故調査制度です。本制度は,医療法「第三章 医療の安全の確保」に規定されており,医療安全の一環の制度です。したがって,制度目的は,類似症例の再発防止です。けっして,医療従事者の責任追及ではありません。
2. 本制度の概観
本制度は,下記条件を備える患者の死亡又は死産(以下,死亡等)が対象です。
本制度の主な工程としては,以下のとおりです。すなわち,患者が死亡等に至った場合,まず,当該死亡等が医療事故に該当するか否か判断します。
次に,「医療事故」に該当すると認めた場合,step1;医療事故が発生したことを遺族に説明し,医療事故調査支援センター(以下,センター)に報告し,step2:院内事故調査を実施し,step3:その結果を遺族に説明し,センターに報告します。
院内事故調査に際して,医学医術に関する学術団体等である医療事故調査等支援団体(日本産婦人科学会等の学術団体,日本医師会等の職能団体等)から「必要な支援」を受けるものとされています。
上記の工程が基本ですが,病院等の管理者又は遺族の依頼により,センターによる調査もあります(院内事故調査の検証になると思われます)。
3. 「医療事故」とは
医療法に定める「医療事故」(医療法6条の10第1項。以下,単に「医療事故」とします。)は,「提供した医療に起因し,又は起因すると疑われる死亡又は死産であって,当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの」です。すなわち,①医療起因性と②管理者による死亡等の予期性との2要件から定義され,医療者の過失の有無を問わないこと及び「管理に起因する」死亡等は要件ではありません。
上記①要件は,単なる施設管理上の事象に起因する死亡等や,火災・犯罪・自殺等に起因する死亡等を医療事故の対象外とする要件です。転倒転落等が医療に起因するかはケースバイケースでしょう。
上記②要件は,ⅰ)医療提供前に医療従事者が当該患者に対し,死亡等が予期されていることを説明していたこと,ⅱ)死亡等の可能性があることについて診療録その他の文書等に記録があること,ⅲ)当事者への事情聴取及び医療安全委員会等への意見聴取の結果,医療提供前に医療従事者により当該死亡等が予期されていると認められたもの,の「いずれにも該当しない」場合と「管理者が認めたもの」です(医療法施行規則第1条の10の2第1項)。死亡等の可能性は,全国的な死亡統計(死亡率等)のみならず,既往歴や原病状態等の臨床経過等を踏まえて行う必要があります。
4. 事故調査の手法
管理者は,下記事項のうち,「医療事故調査を適切に行うために必要な範囲で選択し」,「原因を明らかにするために,情報の収集及び整理を行う」(医療法施行規則第1条の10の4第1項)ことになります 。その事項は,診療録の確認や関係者等の事情聴取,検体検査,解剖のほか,Ai(Autopsy Imaging)もその対象です。
5. Aiの特徴と位置づけ
Aiの主な特徴は,侵襲性が無いこと,死亡直後に実施できること,生前の画像と比較できること,多くの施設で実施可能であること,第三者による読影が可能であること,客観性が高いこと,費用が解剖より安価であること,陰性・陽性の所見が得られ交渉にも役立てやすいこと,解剖の一助となること(解剖に際して当たりをつけて臨めること)等多岐にわたります。
Aiは,死亡後に行う検査ですが,死亡時の状況が覚知可能ですから,死亡診断の精度を高める検査と位置づけられます。Aiの実施には,患者又は遺族の同意があることが望ましいものの,Aiは(死亡診断の精度を高める)検査ですので,同意無く実施したとしても違法であるとまではいえません(診断精度が上がる利益があり,かつ,患者及び遺族に不利益がないからです)。もっとも,無用の混乱を避けるために,当職の所属する医療機関等では,入院時の事前同意(採血や比較的軽微な治療等に対する同意書)の中に「Ai検査の実施」を盛り込んでおり,患者から同意を得ています。
6. 医療事故調査における注意点
- (1) 制度目的の遵守
- 事故調査は,再発防止の観点から実施すべきです。
- (2) 当事者への確認
- また,当事者への事情聴取は必ず早期に実施し,聴取内容を本人に確認させる必要があります。マタ聞きは禁忌です。
- (3) 原資料の確認
- 治療に要した医薬品や医療機器の現状を確認し,かつ,診療録その他の診療記録を直に確認する必要があります。
- (4) 非識別(秘匿性)の実効性
- 関係する医療従事者等の識別ができないように処理(非識別化処理)した説明・報告が必要です。
- (5) 確実な事実を記載した報告書
- 報告書は,調査から確実に認定できる事実を記載します。安易な推測は避けてください。また,原因が複数考え得る場合には,それらすべてを記載し,原因が明らかにならない場合には「不明」と記載するべきです。
- (6) 過失の判断はしない
- 事実の調査に徹するべきで,過失判断は禁忌です。
7. Ai学会の今後
本制度に関する「診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究」(19頁。http://www.ajha.or.jp/topics/kouseiroudoukagaku/pdf/h26kk_houkoku.pdf いわゆる西澤班研究)には,Aiが「発展途上の技術であることを念頭に置く必要があること,また,多くの場合,解剖と異なり生前にCTが撮影されることも多いため必ずしもAiを行わなければならないものではない」と評価されています。
確かに,Aiは全ての死因を明確にできるものではありませんが,この評価はいささかAiを過小評価しているのではないでしょうか。カテーテル挿入の適否や空気の有無等,解剖では得られにくい情報を得られますし,また生前画像と死亡時画像との比較は,死因を探る上で非常に重要です。さらに,解剖に際して当たりがつけられるという点で解剖の一助にもなります。したがって,生前にCTが撮影されているからといってAiが不要とはいえません。
Ai学会をはじめ,学会員並びに関連団体が,Aiの理解を普及させ,Aiの実施率を向上させることが重要でしょう。
8. 結び
不正確な事故調査報告書によりエンザイが生まれた事例は,平成以降であってもいくつもあります。これは,医療者のみならず,ご遺族にとっても苦痛を二度味あわせることになります。Aiは,死因の把握の重要な一翼を担いますから,その普及に向けて取り組む必要があります。
なお,本制度に関して備えるべき体制や医療事故発生後の対応に関して,不安がある場合には,この問題に通じた医療者や,医療機関の立場に通ずる弁護士に相談することも一考に値するでしょう。