第109回
2015年5月7日

新しい医療事故調査制度に向けて準備すること

三重大学医学部附属病院 医療安全・感染管理部/Aiセンター
兼児 敏浩先生

長年議論されてきた、医療事故調査制度が盛り込まれた改正医療法が本年10月から施行となる。その骨子は、医療安全の確保と医療事故の再発防止が目的であることを大前提とし、①医療機関は、医療事故が起きた場合に、医療事故調査・支援センターに報告、②各医療機関が院内調査を実施、③その結果をセンターに報告、遺族に説明、④センターは、①の報告事故に関して、医療機関もしくは遺族からの依頼があった場合に、調査を実施、⑤センターは、報告事例を整理・分析して再発防止策を検討となっている。対象は病院だけでなく診療所も含むすべての医療機関であることも注目すべき点である。骨子が定まった後でも多くの議論がなされてきた。報告すべき事故とは何か。センターは警察へ通報するのか。そもそも医療事故調査・支援センターをどこに設置するのか。等々…つい最近も遺族への説明の際、報告書を渡すのか否か等の議論が行われた。喧々諤々の議論がいまなお続いているが、多くの関係者は、その行方を不安をもって見守っている。新制度に自施設が対応可能かどうかとの思いが強いからである。確かに中小の施設では事故調査委員会を開催した経験がないところも少なくなく、外部委員の参加のある事故調査員会となるとその閾値はさらに高くなる。ましてや診療所では対応のしようがない。といった感じである。

しかし、視点を変えれば、(このご時世であるので、どの道、事故発生時は避けることができない事故調査を)本制度はしっかり支援してくれる公的な仕組みであると捉えると相当に気分は楽になる。すなわち、初動さえ、誤らなければ、あとは何とかなるという発想である。ここで強調したいことは、初動時に重要なことはセンターに届けるかどうかの判断ではなく、発生時の状況を確実に保全可能かどうかである。一見、届けるかどうかの判断がもっとも重要であると思われがちであるが、発生直後は届ける必要はないと判断しても発生時の状況さえ保全されていれば、再検討を行って届けることも可能であろう。その後に続く調査委員会のあり方であるとか、遺族への対応であるとかは、センターが支援してくれるはずであるし、何よりも時間的には多少余裕があるので、適切な対応をとることは難しくない。いま一度強調するが、新制度においてもっとも重要なことは事故発生時の状況を保全することである。

事故発生時には①診療録・診療記録、②検体、③Ai画像、④解剖所見を保全することが求められる。診療録・診療記録は改竄の問題は常に指摘されているが、電子カルテ導入施設では多くの場合、問題なく保全が可能である。検体は敢えて保全を行わなくても検査室に残されていることが多いが、可能であれば死亡直前の検体を確実に保全する。さて、Aiと解剖であるが、すべての死亡事例についてはAi→解剖を行うことが理想であることは論を俟たない。しかしながら、新制度においては、Ai、解剖の実施は望ましいとしながらも必須とはしていない。多くの施設が対象となる本制度では医療事故による死亡の全例に解剖を行うことは事実上不可能であるからであろう。Aiについても必須とはしていないが、CTの普及状況等から考えると医療事故死に関して、Aiを行わないことはむしろ不自然であると判断される可能性がある。すなわち、診療録・診療記録の保全とAiの実施・画像の保全が医療事故発生時に最も重要な初動であるといえる。換言すれば、新制度に向けてすべての医療機関が準備すべきものは、何時でもAiが施行な体制を構築することとなる。Aiは単なる撮影だけでなく、後の評価に耐えうる良質なAiが求められる。上質な読影は次の段階で考えればよい。その意味で、Ai撮影方法の標準化等、当Ai学会が果たしてきた役割は大きい。今後、Ai学会会員は近隣の施設に対しても一定水準以上のAi が撮影されるように、啓発をしていくべきであろう。

診療所であっても必要時には一定水準以上のAiの撮影が可能な方法を確保する、これが本年10月までに全国の病院・診療所に求められる。もちろん、自施設にCTがない場合は連携や契約で体制を確保すれば問題ない。