当院における患者さんへのAi実施の意義と取り組み
本稿では,医療機関内で執務する弁護士としての立場から,死亡入院患者さんに対するAiの実施について,当院の取り組み等を紹介いたします。
死因究明二法とは違うニーズがある
我が国のここ10年間における司法解剖の実施率は,警察庁刑事局に報告のあった死体総数のうち,平均3~5%です(平成25年警察庁資料)。実施率の低さから犯罪死見逃しの可能性が指摘され,司法解剖の実施向上や死因究明の必要から,平成26年6月,「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」及び「死因究明等の推進に関する法律」が成立しました。
しかし,これらの法律は「犯罪死」の死因究明に主眼をおいており,医療機関内でAiを実施すべき必要性とは視点が異なっています。
医療機関でのAiの有用性
医療機関では,悪性新生物(がん)や心疾患のほかに,カテーテル等の抜去中の心停止,転倒による受傷,血栓塞栓症や空気塞栓,誤嚥などを含め,あらゆる原因により患者さんが亡くなっています。しかし,なぜ死亡に至ったのか明らかでない場合も相当数あり,ご家族も納得に苦慮する場合もありましょう。
そこで,医療機関においてAiを実施することが非常に有用です。第1に,医療機関内で患者が死亡した場合,法律上,医師は死亡診断書等を作成し(医師法19条),また,患者さん家族に対し,死因を報告する必要もあり(診療契約に基づく顛末報告義務(民法656条,645条)),正確な死因把握が必要です。第2に,死亡時の情報は死因特定に非常に有用です。経時的に死因の特定は困難になり,また,司法解剖ではエアーの有無や一部の貯留液の有無の判断が困難な場合もあり,死亡時の画像検査が死因特定に重要です。第3に,患者さん家族から医療者の過失を疑われた際に,画像があれば,医療者の身の潔白を示すことができ(陰性所見の重要性),また逆に,例えばカテーテル等の挿入が不適切であった事実があれば,これを前提に話し合いを進展させることもできます。第4に,Ai施行による正確な死因の把握は,医師等の資質向上にも繋がります(死因究明等推進計画の趣旨にも則っています)。
患者さんやご家族の同意は無くても良いが,あれば安心!
死亡時のAi実施に対して,患者さんやそのご家族の事前承諾が必要か問題となります。もちろん,事前承諾があった方が良いことに間違いありません。もっとも,Aiは非侵襲的検査であり,特に,死者に対するAiは被曝などの害を懸念する必要がありません。このことに加えて,正確な死因を把握する必要性があることからすると,患者さんやご家族からの事前承諾が無くても,医療機関の判断でAiを実施することは法的には可能だろうと思います。とはいえ,無用の混乱を避けるために事前承諾を取得した方が安心です。そこで,お勧めの方法としては,入院時の事前承諾書(入院時の基本検査等に関する承諾書)の中に,死亡時の検査としてAiを実施する旨を謳い,事前に承諾を得ておく方法があります。
当院での取り組み
当院は,従前,患者さん家族の費用負担のもと,死亡時にAiについて説明して承諾を得る方法によって,Aiを実施していました。しかし,身内の死亡に悲嘆する家族が,死亡の際に,検査費用を負担してまで死因を知りたいと願うことは多くありません。もっとも,後日,ご家族が改めて死因を知りたいと思うこともあるでしょう。そこで,当院では,「病院の費用負担」にてAiを実施することにしました。医療機関及び患者さんの双方にとって有益だと考えているからです。
Ai実施当初から全死亡患者さんに対してAiを実施することは難しいとの意見もあったことから,現在は,1年以内に全例実施することを目標に,Aiの実施を開始しています。
なお,導入に際しては,死者と生者を同一機器で検査することに対する患者さんの嫌悪感にどう配慮するかが問題となりましたが,死亡患者さんのAi実施時には裏導線を使用するなど一般の患者さんの目に触れない工夫を加えています。
陰性所見を得ることと死亡確認時の状態を撮影することは重要!
当院や当職の顧問先医療機関では,死因が転倒か脳出血かが問題となった事案,空気塞栓の有無が問題となった事案,カテーテル挿入の適否等が問題となった事案,誤嚥か否かが問題となった事案など,死因の特定が難しい事案が様々ありました。Ai実施により,これらの問題の多くは氷解し得ます。とくに,医療機関側が,患者の病態や施術内容等に関し,「確実な事実」に基づいて説明し,交渉できることは有益でした。患者さん家族の推測する死因が存在しないという「陰性所見」は,医療機関側に落ち度がないことの理解に繋がり,無用な争いを回避できます(ご家族も説明に納得しやすくなります)。
大切なことは,「死亡確認時の状態」をそのままAi撮影することです。なぜなら,それらの問題点の解決の鍵は,「死亡確認時の状態」に痕跡が残っていることが多いからです。カテーテルを抜去した後では,適切な部位にカテーテルが挿入されていたといった医療行為の適否を確定することは困難です。もっとも,現場の医療従事者の負担がやや増えることは否めませんが,その負担はやがて患者さん家族のため,あるいは医療者のために実ることになると,現場の職員も理解しています。
他院の皆様におかれましても,是非,死亡患者さんに対するAiを実施することをお勧めいたします。