聴神経腫瘍について

聴神経腫瘍とは耳の奥、小脳橋角部という部分できる良性脳腫瘍の一種です。その部分には多くの神経が走っていますが、内耳道という頭蓋骨の内部から耳の器官に神経が入ってゆく穴の部分から発生します。その穴には蝸牛神経(聴神経:音を聞く神経)、上・下の前庭神経(三半規管に到達するバランスをとる神経)と顔面神経(顔を動かす神経)の4本の神経が入っています。聴力が低下することで発見されることが多く、昔から聴神経腫瘍といわれてきましたが、実際にはバランスをとる前庭神経から発生することが大半です。
脳腫瘍のなかでは4番目に多い腫瘍で脳腫瘍全体の8~10%を占めます。神経線維を包むミエリンという構造をつくるシュワン細胞から発生するといわれています。腫瘍になる原因ははっきりとは解明されていませんが、遺伝性に発生する病気(神経線維腫症II型:左右両側に聴神経腫瘍、そのほか多くの神経腫瘍ができてしまう病気)もあり、何らかの遺伝子の変異が原因になると考えられています。
症状としては聴力低下、耳鳴り、めまいなどで発見されることが多く、腫瘍が大きくなると、顔面のしびれ(感覚異常)や歩行障害などをきたします。たまたま撮影したMRIで発見されることも近年は多くなってきました。本疾患の一般情報についてはNeuroinfo Japanをご覧ください。

治療方針の決定

治療は症状、大きさ、患者様の状態・生き方 等さまざまなことを考慮して決定されます。
大きく分けて

  1. 手術治療
  2. ガンマナイフなどの放射線治療
  3. 経過観察

があげられます。
我々の施設では、原則として年齢が65歳以下で健康であれば、どのような大きさの腫瘍であっても、基本的には手術的な治療を。もし小型の腫瘍でまったく症状がない場合、また完全に聴力が失われている場合、経過を観察することもお勧めしています。
もし年齢が65歳以上であったり、健康が優れない、または腫瘍が2.5センチ以下のものであればガンマナイフも非常に有用なオプションです。

手術について

後頭蓋窩法

手術治療は頭の後ろ(耳の後方)に約7~10センチの皮膚切開をおき、500円玉より少し大きめの穴を開けます。ここから顕微鏡で小脳の下側方から視野を確保して腫瘍を精密に摘出してゆきます。手術中顔面神経や聴力のよい例では聴力の状況を手術中にモニタリングしながら手術を進めます。
手順としては

  1. 髄液を排除し脳の圧を下げた後、小脳を軽く持ち上げ小脳橋角部を露出し、のどの神経や腫瘍周辺のくも膜を切開する
  2. 腫瘍の術者側に顔面神経のないことを確認して腫瘍を減らす
  3. 腫瘍が小さくなったら、脳幹から第8脳神経の出ている部分を確認し、腫瘍の一番根元の部分を確認し起こす
  4. 同時に顔面神経の脳幹からの出口を確認し、ここに持続刺激電極をおく
  5. 聴覚モニターや顔面神経のモニターに注意しながら腫瘍を少しずつ減らしながら神経から剥離してゆく
  6. 小脳橋角部の腫瘍があらかたとれたところで、内耳道という穴の後壁の骨をドリルで削ります
  7. 内耳動は腫瘍が発生する部分なので、この部分から小脳橋角部にいたる部分は腫瘍はきわめて強く神経に癒着していることが多く、また神経もぺらぺらになっています。これを極めて慎重・丁寧に剥離してゆきます。
  8. もしこの部分の癒着がとても強い場合は、腫瘍の皮膜を一部残して腫瘍摘出を終了します

以上のような手術により、私は100例以上の症例を担当しており、顔面神経の温存は95%以上可能でした。また聴覚に関しては術前聴力が電話を使えるくらいよい場合には、60%以上の患者様で同様またはやや低下程度の聴覚を温存することできます。ただし聴覚神経はきわめて構造的に弱く柔らかい神経で腫瘍が2cmを超えるような大型になると、温存率は30%前後に低下します。
合併症として、重篤なものは極めてまれですが、のどの神経の障害、周囲の動脈や脳幹の損傷など報告されていますが、1%程度の発生率と考えられます。手術中に小脳が腫脹したり出血を来たすことがこれまで3例に経験されました。それ以後、手術中は脊椎に細い管(ドレーン)を挿入し、手術中ほとんど小脳を圧迫しない手術方法に変更し、そのような合併症は起きておりません。
そのほか重篤な合併症ではありませんが、脊髄液が創部や耳を越えて鼻からもれる髄液漏や創部の感染などが5%程度に発生する可能性があります。

本治療法で治療した代表的な例を2例ほどお示しします。1例目は最近の症例で若い男性です。右耳の違和感で発症され術前聴力は正常(10dB)でした。年齢が若く大きめの腫瘍のため手術による摘出をお勧めしました。腫瘍は後頭蓋窩法で摘出され、顔面神経麻痺なし、聴力はやや低下しましたが16dBで携帯電話などを十分使える状況です。手術時間は聴神経を丁寧に剥離するために7時間ほどかかりましたが、術後7日で退院なさり、1ヶ月で仕事に復帰なさっています。(症例1)

2例目は59歳女性で5年前の症例です。
まったく聴力のない患者さまでした。やはり大きめの腫瘍があるため、手術をお勧めしました。
術中腫瘍を術中図1のように認めます。腫瘍はピンク色で小脳の下にもぐりこんでいます。すぐ下にのどの神経があるのがわかります。通常顔面神経は腫瘍の向こう側(腹側)にあります。内耳道を図2のように開放し腫瘍を取り除くとしっかりした顔面神経を見つけることができます。さらに図3のように内耳道および小脳の側方の腫瘍を丁寧に摘出します。途中この症例のように顔面神経に腫瘍が強く癒着する場合、その部分を意図的に残します。この症例は手術後5年たちますが、この腫瘍はまったく大きくなってきません。


手術の変法について(経迷路法)

私は上記の方法の他、まったく聴力のない患者さまで腫瘍が大型の場合、経迷路法という手術方法もとりいれています。これは耳の後ろの乳様突起の部分の骨を削り、ほとんど開頭を行わないで腫瘍を摘出する方法です。メリットとして①小脳をほとんど圧迫しないので、高齢者でも回復が早い。②また腫瘍の末端がよく観察でき腫瘍を徹底的に摘出できる。③脳幹との癒着をよく観察しながら剥離をおこなえる。等です。また手術後に後頭蓋法では20%くらいの患者様が訴える頭痛も程度も頻度も少ないようです。一方、本手術法の問題としては聴力は確実に失われること、また本手術に習熟しないと難しい手術であることなどです。私は本手術法で20例ほど治療を行っていますが、非常に経過は良好です。
顔面神経との剥離については、上記の方法と同様に、もし癒着がきわめて強い場合は、無理をせず神経の表面は脳幹表面に薄い腫瘍の皮膜を残すような治療を行います。

症例3は本法によって摘出された症例です。顔面の痺れで見つかりましたが聴力はほとんどありませんでした。脳幹に強い癒着が予想されましたので経迷路法を選択しました。
脳幹に強く癒着した腫瘍をごくわずか残していますが、MRIではほとんど認めません。顔面の麻痺もなく経過は良好です。

ガンマナイフについて

ガンマナイフやサイバーナイフ、Xナイフ等定位的放射線治療とは、放射線を虫眼鏡のように集中させ、きわめて正確に(定位的に)腫瘍にあて、腫瘍そのものや腫瘍の血管を変性させる治療法です。現在ガンマナイフがもっとも正確と考えられている治療法ですが、腫瘍に最小10~12Grayほどの放射線照射を行います。細かい治療法についてはガンマナイフ紹介をご覧ください。
この治療法によれは、腫瘍が2.5センチ以下であれば80~90%の症例で5~10年間は腫瘍が成長しないことが証明されています。10~20%は縮小する例もあります。顔面神経の温存率は90%以上、聴覚の温存も60%以上で可能とされています。東京大学では辛医師や丸山医師と現在の施設では赤羽医長と多く症例を治療していますが、いずれも良好な成績を収めています。また手術の際に意図的に腫瘍を薄く残した場合、その腫瘍が再発することがありえますが、そのような場合、ガンマナイフが最適な治療法であると考えています。一方ガンマナイフを行った後の手術治療は合併症も多く、部分的な摘出でとどめるようにします。
また極めてまれですが、ガンマナイフ後に聴神経腫瘍が悪性化することも経験されています。全体での発生率は約2万分の1と考えられています。

聴神経腫瘍治療の新しい展開:聴覚脳幹インプラント

先に触れましたが、聴神経腫瘍の患者様の中にはこの腫瘍が両側にできる神経線維腫症II型という病気にかかられる患者様がいらっしゃいます。この病気は4万人に1人発症するというきわめてまれな病気ですが、良性でも腫瘍が中枢神経系にたくさんできて、多くの手術やガンマナイフ治療を必要とされる場合が多く見られます。なかでも聴神経腫瘍が両側にできて最終的には聴力を失われることが多く見られます。そうなると近くに危険が迫っていても環境音を感じることができず、また会話コミュニケーションは手話や筆談に頼らねばならなくなります。近年欧米ではそのような患者様を対象に脳幹聴覚インプラントという機器を頭蓋内に埋め込み聴覚を再生する治療が進められています。すでに400例以上の患者様でこのような機器が使われています。日本では東大病院と虎ノ門病院でのみ使われ始めたところです。私は東京大学において東京大学耳鼻咽喉科加我教授とともに本治療の日本における臨床治験に参加し、2名の患者様に機器を埋め込みました。まず腫瘍を摘出し、その後7ミリ長径の楕円型の電極を聴覚神経核の上に留置、その電極は頭蓋骨表面におかれる3センチほどの薄型レシーバーに接続されています。その後皮膚を閉じます。6週間後創部が治癒してからこの皮下のレシーバーの上にプロセッサーと電極を装着すると皮膚を通して音を電気信号に変換して脳に伝えるというしくみです。
最初の患者さまではよく音を感じることができました。2例目の患者さまでは、会話の60~70%程度を理解するまでにいたっています。
これまでまったく音を感じることができなかった患者様のコミュニケーションを一段と進歩させる技術であることが証明されています。
ただこの器機や治療は日本ではまだ厚生労働省保険適応を取得されておらず、機器は個人輸入に頼らねばならず、300万円ほどの費用が発生します。将来このような治療が福音をもたらすことを信じていますので、ぜひ保険適応の取得に向けて働きかけたいと思います。

脳幹インプラント

症例35歳男性 16歳時より神経線維腫症II型で診療を受けていた患者さんで
左聴神経腫瘍摘出後、右聴神経腫瘍摘出および脳幹インプラント埋め込み目的で東京大学で手術を施行しました。
術前 右側に大きな聴神経腫瘍を認めました。

 


術中所見
経迷路法にて腫瘍摘出後、舌咽神経の内側のルシュカ孔のところで第4脳室の入口をみつけここを電気刺激して音が脳に伝わることを確認します。その上で術中所見のように電極をその蝸牛神経核表面に固定します。


機器の図
そこに装着する器具はこのような形です。同様な器具は現在コクレアインプラントとして軟聴のかたに埋め込まれる手術が耳鼻科にて盛んに行われています。


術後CTはこのように腫瘍は摘出され脳幹に電極がおかれているのがわかります。

術後6週間後に聴力のチェックが行われました。
聴覚は50dB で単音明瞭度(「あ」 とか 「く」とか単語をいって理解度をチェックする)は60%と極めて良好でした。面と向かうと70~80% の会話を理解できました。

術後の聴力は

  • 術後聴力50dB 単音明瞭度60% 
  • ほとんどの会話が筆談無しで可能

 

以上 聴神経腫瘍の治療についてまとめましたが、この腫瘍は脳神経外科治療の中でも最も難しい部類に入る治療です。顔面神経の温存と聴力の温存には施設および術者により大きな差が認められます。さまざまのタイプの治療を組み合わせて患者様のQOLを高める治療が必要です。治療に当たってはできるだけ多くの意見を聞き、治療経験の多い施設で治療をなさることをお勧めします。

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