くも膜下出血の予後は出血の程度、発症時の意識状態、神経症状により左右されます。現在くも膜か出血の程度は主に意識レベルにより5段階に分類されています。レベルの悪い4や5の状態では脳の腫れがひどく手術はとても困難です。まず脳の腫脹に対する治療が先決されます。レベルの良いものでは、手術もしくは他の方法で再出血を防ぐことが第一の急務です。
図は78才の女性意識消失を来たして救急に来院。CTで重症のくも膜下出血を認めた。脳血管撮影では内頚動脈に動脈瘤を認めた。やや意識の改善が見られたため手術にて動脈瘤にクリップをかけて閉塞し、くも膜下出血をウロキナーゼという血腫溶解剤で溶解しました。手術後徐々に意識回復し、リハビリをおこない、社会復帰されています。
手術前CT | 脳血管撮影 |
くも膜下出血の再出血率は発症当日が最も高く、その後は1日1ー2%の率で経緯します。1ヵ月以内に約50%が再出血するといわれています。また再出血の予後はさらに悪化します。したがって動脈瘤の治療は来院後なるべく早期、できれば48~72時間以内に行われることがすすめられています。
現在動脈瘤の治療は開頭によるクリッピングといわれる手技と脳血管内から動脈瘤はその本血管にコイルやバルーンをつめる血管内手術があります。クリッピングは未破裂の動脈瘤や状態の良いくも膜下出血を起こした動脈瘤に最も頻回に使われる手術方法です。チタンやステンレスでつくられた小さな洗濯鋏のようなクリップで動脈瘤の首の部分を閉塞し瘤への血流をせきとめる方法です。この方法は20年来おこなわれてきており長期の効果も実証されています。しかし昨年当医局出身の堤先生がクリッピング後でも再出血、動脈瘤の再発が比較的高頻度に見られる知見ををStrokeという雑誌に掲載しました。クリッピングされた後でも慎重な追跡が必要であることを示唆しています。血管内手術はここ10年来発展してきた技術ですが、心臓血管における治療とも同期して非常に進歩の早い分野です。頭を切らずに動脈瘤をつめることができること、脳が腫れている時でも行うことができるなどの利点から日本、欧米でも急速に普及し始めています。しかし未だ慣れない術者が行えば動脈瘤以外の血管を閉塞してしまったり、動脈瘤をカテーテルで突き破ってしまったり合併症が利点よりも問題になってしまいます。また長期予後については確実な結果はまだ発表されていません。大きな動脈瘤はどちらの治療法でも困難な場合もあり、親血管の血流を残すためにバイパスをして親血管そのものを塞ぐ手術などが行われることがあります。今後は血管内に補強をするステントの技術などが進歩しさらに低い侵襲で治療がおこなわれるようになると信じられています。
しかし一方ではくも膜下出血が発生してしまうとやはり大半は不幸な予後をたどることが多く、さきほど述べましたように出血を未然にふせぐこと、また動脈瘤の発生自体を低下させるよう遺伝子学的な研究も進められています。
くも膜下出血を来すと脳実質が損傷される以外にも様々な問題が発生します。代表的なものが脳血管攣縮と水頭症といわれる病態です。脳血管攣縮はくも膜下出血により漏出した血液が脳血管と反応して来されると考えられていますが、数多くの研究にも拘わらず、確実な原因はつかみきれていません。これもくも膜下出血の出血の程度で発生率が変化します。なるべく早期に出血を除き洗い出すことが予防に有効であることが証明されています。手術により血腫を除去し またドレーンから血腫を溶解する薬を注入したり、また当院の鈴木講師が開発したニューロシェーカーという道具で早く血腫を溶解させる努力、また脳血管拡張剤の使用によりこの脳血管攣縮の発成率は低下しています。それでも発生してしまった場合には脳の血流を増加させるよう、輸血や血圧上昇をはかります。また血管拡張剤を動脈に直接注入したり血管内にバルーンをいれちじんだ動脈を拡張したりすることが患者の回復に貢献しています。
水頭症は脳室という脳の部屋でつくられる髄液とよばれる液体がくも膜下出血により吸収されなくなり脳室が拡大し圧力が上がる状態です。これはくも膜下出血発生後すぐに起こるものとしばらくしてから1~2ヵ月後に起こるものとがありますが、実際にははっきりした区分ができない場合も多くあります。急性期には脳室に細いシリコン製の管を挿入して髄液を外部に逃して圧をさげる操作がおこなわれます。またこの状態が長期に及ぶ場合には髄液に感染がないことを確認した後脳室と腹腔内を管で結ぶシャント術が行われます。この発生も早期にくも膜下出血を洗浄することによって抑えられることができると考えられています。
以上くも膜下出血及び動脈瘤の最近の知見を示しましたが、最近の大きな問題点は特に重症のくも膜下出血の患者さんの管理です。このような患者は回復の望みが少ない場合もありますが、回復する場合かなり長期間の高度な医療を必要とします。現在の医療制度では一つの病院に3ヵ月以上入院されると病院の経営を逼迫する状態となり、医療側は患者家族の困惑を知りつつも転院を勧めなければならない状況に陥ってしまいます(平成11年2月NHK放送 『患者の行く先がない』)。ここに医療において最も大切な患者家族と医師との信頼関係が崩れる原因が秘められています。近い将来の医療法の改正が望まれています。