7:終わりに

臨床脳神経外科学は経験に基ずく科学であり、多くの症例・手術を通じて学んでゆくものである。したがって一人当りの経験数が少ない日本の脳神経外科診療からは“臨床でものが言える脳外科医”が生まれるのは例外的であるとおもわれる。しかし逆説的になるが それは信頼できる脳外科医ができないという意味ではない。これまでアメリカの良い点ばかりを拾って書き、日本の悪い点を示してきたが下に私なりに思った一般的な日本、アメリカの脳外科医の優れているところ、劣っているところを示した。 最初にこれは私の自分自信に対する批判から感じたものであることいっておきたい。日本の脳外科医は症例の経験数また種類が少ないので判断が経験に根ずいていないことが多い。また自分の将来にたいするVision に乏しく決断がおそい。40歳になっても自分の一生がどうあるべきか、臨床に頑張るのか一生研究するのか決めかねている人が多い。一方で1例1例をしっかり診察し、詳しく評価する。したがって知識の幅は狭いがとても深い。また日本人の美徳のひとつと思うが、“見学”の精神に富んでいる。他のいいことを見てまね改善してやろうという意志がとても強い。これとは逆にアメリカの脳外科医は経験が豊富で知識が広い。自分の人生に対する決断が早く、レシデントになったときから自分がどういう脳外科医になるか考えている。但し一方で知識は浅薄であることも多く また症例数が多いので1例1例の慎重な評価に欠くことがある。ルーチーンな判断しか下さない傾向がある。多くのアメリカ人には“見学”という観念が全くない。アメリカの脳神経外科医が他の著名な外科医の手術を見学にいったという話は殆ど聞いたことがない。こと手術の技術に関しては(結果はともかく)、アメリカのレジデント終了後と日本の脳外科専門医とでは日本の外科医の方が、数段うまいと思う。

Comparison between the US and Japanese Neurosurgeons 

Doctors in the US

  1. Profound experience and wide knowledge 広い経験、知識
  2. Early direction and vision for his/her own future 将来を見る目
  3. Rather shallow knowledge 比較的浅薄な知識
  4. Relatively routine decision making (one pattern)
  5. Relatively superficial evaluation of patients
  6. No concept of 見学: visit and learn, watch and learnモ

Doctors in Japan

  1. Relatively careful evaluation and decision 慎重な検討
  2. Profound knowledge 深い知識
  3. 見学, Eagerness to learn from others 東洋人の美徳!!!
  4. Less experience, judgment is not based on his/her experience
  5. Rather wide or indefinite operative indication
  6. Late decision on his/her life and future 将来設計が遅い 

アメリカでは現在脳神経外科の危機が強く叫ばれており、それに対する対応が学会の大きなテーマになっている。いかに血管内膜剥離術を脳外科医の手に戻すか、いかに脊髄、脊椎、末梢神経の手術に参加してゆくかなどはその良い例である。血管外科医、整形外科医、形成外科医といかに症例を分かち合うかは大切な議論である。また血管内手術の進歩により脳動脈瘤の治療において どうやって神経放射線科医と協力してゆくかというのも重大な問題となりつつある。また他科との競合による理由だけでなく本質的な手術適応も減少しつつある。多くの著名な論文に神経膠芽腫にたいする手術が余り予後を変えないと述べられたので、保険会社はこの腫瘍に対する手術費用を出し渋るようになってきている。脳幹部の神経膠腫の生検の意義然りである。ある安い治療が高価な治療より良いまたは同等な効果があると発表されるとそれにとびつくのは企業の原則であろう。論文を書くのに、そのような経済的なまた政治的な考慮が必要だとは思ってもいなかった。またガンマナイフの普及により多くの疾患の手術適応が再考されるようになってきているのは周知のとうりである。少ない脳外科医で構成されるアメリカの学会がこんなに心配しているのに、日本はこのままで良いのであろうか?将来の変化に対応できる確固としたシステムをいまのうちからつくらないと重大なことになるのではないかと危惧するのは私だけであろうか?

これから日本の脳神経外科を担う我々はは、もちまえの“見学”精神でアメリカの脳神経外科訓練システムの優れたところを取り入れ、一人でも多くの信頼できる社会に貢献できる脳外科医を育成する努力をするべきであろう。 そのためには早急に日本の現状にあった確固とした脳神経外科研修カリキュラム、脳神経外科専門医システムをつくりあげる必要がある。また脳神経外科学を広くとらえ、日本の脳神経外科にとっては新しい分野(脊髄、末梢神経など)にすすんで取り組んでいく姿勢を持たなければならない。自分の人生の意義を見据え直し、若手の脳神経外科医は一生かかってどのくらい患者を救うことができるか、教育者にはいかに多くの信頼できる脳外科医を育成できるかとゆうことを考え直していくべきであろう。 そしてアジアの脳神経外科科学をリードしていくために日本という狭い範疇でものを考えず全アジア、世界のレベルで自分達の将来を考えなければならない。

Reference

  1. Office of the Secretary/Treasurer:Book of Information: The American Board of Neurological Surgery Incorporated 1994,
  2. Sundt TM Jr.: Occlusive Cerebrovascular Disease, Philadelphia, Suanders, 1987
  3. Sundt TM, Jr.: 脳神経外科医の道。Neurosurgeons 8: 1989
  4. Sundt TM Jr.: Surgical Techniques for Saccular and Giant Intracranial Aneurysms, Baltimore, Williams & Wilkins, 1990
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