2:アメリカの社会

アメリカの社会は、日本と根本的に違うので、単に医療のみまたは脳外科のシステムの違いを比較することはできない。私が7年9ヵ月アメリカに住んで感じたアメリカの社会について教育、生活レベル、生活信条、また医療の面で要約してみたいと思う。これは 後述する脳外科、一般医療の違いについて理解するのに役立つと思う。

USA

教育

アメリカの教育の特色は、一言でいえば、学ぶ側に能動的姿勢を要求することと言うことができると思う。ただ教えられたことを素直に受け入れるのではなく、良く言えば議論、悪く言えば言い争いながら学習してゆく。大学の生徒が教授と、レジデントがChairmanと言い争うのは、当り前のできごとである。その代り、争うだけの自信を支える知識をもっている必要があり、まえもって自分で調べておくのである。だから本当の意味で、自分のものにする力を身につける。小学校の低学年または幼稚園の頃から、人の前で意見をいう、発表する力をつけさせられる。医師になった際の、自己表現力、および発表の手際良さはどの人をとっても、立派である。但し、一方では、口からでまかせを言っているのではないかという人が多いのも現実である。アメリカ人の医師でも本当に優れている方は、余りでしゃばらず、ここぞというときだけ、しっかりと重要な意見を述べるように思われる。

生活

アメリカに住んだことのある人なら誰でも感じることだと思うが、大抵のアメリカ人は自分の生活を最も大切にする。健全な自己があってこそ、仕事に勉学に打ち込めると言う信念を持っている。また根底には、それを実現させる国としての豊かさ、国土の広さがあると思う。大都市に住むのでなければ、殆どの人が庭つきの自宅をもち、一個の人間として家庭を営んでいる。またその根底には、アメリカという国が生まれた時からの、個人尊重の思想が流れている。よほど上級管理者でなければ、会社あるいは病院が、自分の家庭o生活より大切と答える人はいないだろう。確かにレジデントの給料は安く(年3ー4万ドル)、学ぶことは多く、拘束時間も長く、生活はハードで苦しいが、彼等は彼等なりに日本の同レベルの医師たちよりもましな生活レベルを保っていると思う。さらに、将来 認定医としての地位と給料は保証されているので安心して学生ローンなどを借りて生活している。私のレジデント同僚の殆どは、自分で医学校の学費を払って生活していたので、15万から20万ドル(日本円で2000万円位)のローンを抱えていた。大変な苦労だと思えるが、彼等にとっては自分の生活、個人の独立(たとえ親からでも)を守るための安い代償なのかもしれない。

Dawn at the Northern Lakes In Minnesota
Dawn at the Northern Lakes In Minnesota

医療

アメリカの医療は今大変換期にきている。多くの医療訴訟、医療費の削減、保険制度の変化、病院の倒産、合併、併合などとても短い文章では言い尽くせない。私なりに思う最も大きな日本との違いは、患者の医療に対する考え方だと思う。患者は医療を買うものと考えている。やはりここでも“個人”という考えが強く、自分の健康は自分で守る、管理するという考えが強い。だから患者は自分の受けている医療・投薬に対する研究を怠らない。私は外来で患者が服用している薬の知識がなく恥ずかしい思いをしたことが何度もあった。患者は自分の家が最高の医療機関・回復施設であると信じている。保険が通らないのも一つの理由であるが、殆どの患者は手術後、ICUをでて急性期を過ぎると帰宅、退院を希望する。それにはまた帰る広い家があるというのも一つの理由であろう。

もう一つの大きな違いは、“分業”のシステムであろう。まずは医院、病院の分業。アメリカでは家庭医、地域医療センター、そして大学病院などの大医療センターの分業がしっかりなされている。例えばある脳腫瘍の患者が家庭医、神経内科医を訪れたとする。その患者は地域の脳外科医に紹介される。もしそのレベルで診断・治療不可能であれば、さらに大センターの脳外科、神経内科に送られ、診断或いは治療がなされる。最初の1ー2回のFollow-upは大学でされるがそれ以後は近医に戻される。また問題があれば大学に戻されるというぐあいである。比較的ルーチンな疾患、救急医療、地域住民の健康管理などは家庭医、地域センターのレベルで扱われ、稀な疾患、高度な先進医療或いは多科の協力を必要とする疾患は大センターに送られる。医師、医療従事者の教育も大センターの大切な役割である。一般に脳外科では1年に30〜50件以上ない手術はしないよう心がけられる。稀な疾患に手をつけて問題をおこせば訴えられ易いということもあるが、一般の常識として数多くやっている施設の方が患者にとっても最良の治療を与えられると考えられている。医療従事者のレベルでの分業も確固としている。医師、看護婦、Paramediacal また専門の手術記載のRecorder、血管確保専門家など、各々が、患者の前では平等という立場で自信と責任をもって働いている。日本では殆どすべてのParamedicalが医師の管理・監督のもとにあるように思えるが、それは本当の意味でのSpecialistの育成に障害になっているのではないだろうか。

最も重大な医療システムの違いは、保険制度である。簡単に言えばアメリカでは保険は国が管理せず個人、保険会社の交渉に任されている。現在は保険会社が医療を支配しつつあり、手術の費用、一つの疾患にかかる入院費等の上限を設定している。さらにはこの疾患にはこの治療など、医療の内容までも指定し始めている。こういった動きに対して医療機関も歯止めをかけようとしているが、なかなかうまくいっていない現況である。

いろいろとアメリカの社会、患者の観点、医療システムの違いを述べたが、医師と患者の関係はやはりアメリカでも信頼と人間愛で結ばれているということを強調したい。

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