第86回
2011年3月1日

死因不明社会一掃へのBreakthrough。

静岡県立静岡がんセンター
中島 孝 先生

海堂尊氏の「死因不明社会」は、多くの読者に日本における死因不明社会の存在を認識させ、Aiとは何か、さらにAiの社会的必要性を認めさせることで大きな貢献を果たした。しかし、多くの読者は、日本がこのような死因不明社会であることを理解しても、自分とは遠くかけ離れた社会の片隅でおこっているものとして捉えていたに違いない。そして、Aiの活用により、このような死因不明社会を一掃して、もっと安心して住みやすい世の中になることを期待したことと思う。何を隠そう、私もこのような死因不明社会の認識は、解剖で死因不明を嘆く程度で、闇に葬られる本当の死因不明事件が、私の知っている関係者に起こっていたことはこれまで知る由もなかった。

先日、家内が署名集めを頼まれたといって、署名用紙を持ってきた。それには、『「矢島祥子の死の真相究明」を求める要望書への署名活動』と記載されていた。矢島祥子は平成11年群馬大学医学部卒業で、私の教え子である。私が大学で教職についていた間に卒業した学生は約2,000人、その中でも彼女の顔は今でも覚えている。というのは、彼女の両親は二人とも群馬大学医学部出身で、私の学生時代の先輩に当たり、その子供というレッテルが貼られていたので、印象が深かったからだ。両親を知っている私は「鳶が鷹を産む、ではなく、白鳥を産む」というくらいに思った程、清楚な気立てのよい学生であった。それから10年、これから医師として本格的に活躍するところで、彼女は死因不明社会の闇に葬られてしまった。

彼女は研修を終了してから、内科医となり、大阪西成区の診療所で、日雇い労働者や路上生活者の診療や生活支援に取り組んでいたという。彼女はクリスチャンで、マザーテレサのような仕事を望んでいたのかも知れない。その彼女が、平成21年11月14日未明に行方不明になり、16日に近くの川で遺体となって発見されたのである。しかし、大阪府警は「事件性がなく、自殺の可能性が高い」として、捜査を終了してしまったことに、彼女の両親は納得できず、真相解明を求めて、警察に対して再捜査を求める署名活動を行っているのであった。社会的弱者を救済するために毎日身を粉にして働き、行方不明になる当日も遅くまで働いていた人が突然自殺するとは考えにくく、また、クリスチャンであることからも自殺の可能性が低いことは一般の方々でも容易に察しが付く。さらに遺体頭部にはこぶがあり、警察は引き上げるときにできたものと説明したとか、知るほどに何か余りにもお粗末な検屍内容で、これが日本の警察か、といいたくなるほどの内容であった。この事件はテレビでも取り上げられ、現在、インターネットのYouTubeでも見ることができる。詳しく知りたい方は「矢島祥子」で、検索してみて下さい。

このような死因不明社会をすぐに一掃することは無理としても、早くなくす努力は続けなければならない。死因不明社会に対するAiの活用はその一歩であるが、まだ社会的システムとして機能するまでには至っていない。そこで、Aiを急速に普及させ、社会的システムとして機能させるためには、学会としてどのような方策をとればよいか。社会にインパクトをあたえるBreakthroughとなるものは何か。それは、以前日本医師会とAi学会の話合いで合意したように、現在、社会問題となっている児童虐待に取り組むことがAiのBreakthroughになるのではないかと思う。日本政府が予算不足といっても、15才以下の死因不明死亡にAiを行うぐらいのお金は出せるだろう。まず、この社会システム構築こそが、日本の社会に必要であり、Ai学会からも大きな声を出そうではないか。その際、このシステムは医療業務の一環として一般の病院が担い、放射線科医が中心になって読影することが、Aiの発展につながるのではないかと思う。しかし、多くの病院が放射線科医の不足から、日常の画像診断も間に合わないのが現状なので、放射線科医の増加にも手を打たねば、この社会システム完成には至らない。多くの問題があるが、今後、Aiの方向性だけは見失わないようにしたい。