第8回
2004年4月16日

変死体の検視・検案における車載式CTの試験的導入

千葉大学大学院医学研究院法医学教室
岩瀬 博太郎

日本において変死体が発見された場合、通常、警察官による検視が行われ、そこへ同行した医師が死体の検案を行っている。この制度においては、事件性の有無の判断が、医師および警察官による死体の外表観察、現場状況、および周辺住民の供述などを参考になされ、事件性が疑われる場合には司法解剖が行われ、事件性が無い場合には、殆どの死体は解剖などの検査をされずに火葬されている。この制度は、極めて長い期間、行政によってそのあり方が考慮されてこなかったが、医学的な観点から見ると解決されなくてはならない大きな問題が存在する。それは、外表検査のみによって、外傷などの外因が否定できるか否かという問題である。例えば、頭部外傷による慢性硬膜下血腫で死亡した場合には、外表上の損傷が完全に治癒した後に死亡し、外表観察では外傷の可能性を検出できないこともあり得る。また、急性硬膜下血腫で死亡した場合も、頭髪が長い遺体や、皮下出血による変色が死斑と混じてしまっている場合などでは、外表観察で頭部の皮下出血が見逃されてしまう危険がある。さらには、腹部を蹴られ、肝挫傷や腸管損傷で死亡した場合、腹部に外表上全く所見が無いことが多く、外傷で死亡したことが見逃される可能性がある。このように、外表観察だけでは、死因が外傷に由来するか否かを断定することは不可能である。また、現場状況や周辺住民の供述などを参考としても、必ずしも外傷によって死亡したことを示唆する情報が得られるとは限らず、むしろ、例えば生前に狭心痛のような痛みがあったなどの供述は、誤診を招く可能性もある。このような観点から考えると、検視・検案においては、死体外表に異常が無い場合でも、死体内景を観察できる手段によって、外傷による死亡を否定すべきであるという結論に達する。その方法としては解剖とCT・ MRIなどの画像検査があると考えられるが、中でも、短時間で多くの例を検査できる画像診断は、数多くの変死体を取り扱う検視において有用であると考えられる。

このような考えから、我々の教室では、CTを搭載した車両によって変死体の検査を行い、従来の検視・検案で診断されていたであろう死因と、CT検索を行ったあとに結論付けられた死因を比較検討する研究を行った。千葉県警の協力により、変死体20例の頭部、胸部、腹部、骨盤のCT検査を行ったが、その結果、確定的な診断を行うことができた例が、従来の検視・検案の方法で縊死の1例であったのに対し、CT検査によって9例となることが判明した。また、死因が外傷によるか否かの判別に関しては、確定的な判断が可能だったものが、従来の方法では1例であったのに対し、CT検査を行ったものでは全例可能となった。また、従来の方法ではクモ膜下出血であると考えられたものがCT検査によって硬膜下血腫であることが判明した例が1例あったが、これはつまりCT検査によって内因死から外因死(頭部外傷)に変更されたということである。外傷の原因が他為である場合、犯罪性がある死体となるので、本例は、警察行政の上で極めて重要な情報をCTが提供し得ることを示している。また、仮に他為ではない場合でも、生命保険の災害特約が適用されるか否かに関わるので、遺族にとってCT検査は、遺族の権利を守る上で重要な検査となり得るものと考えられた。

その他、CT検査によって外傷で死亡した可能性が否定的であると判明し、確定的死因は特定できなかったものの、冠状動脈の石灰化像が認められ、心筋梗塞が死因である可能性が示唆できた例が数例あった。また、クモ膜下出血と診断されていたものが脳幹部出血であると判明した例や、心筋梗塞と診断されたであろう例が大動脈瘤破裂であることが示唆された例があった。

このように我々の研究により、検視・検案においてCT検査を導入すると、従来に比べ、格段に正確かつ豊富な情報が得られることが示唆され、特に死因が外傷に由来するか否かの判別には極めて高い精度の情報が得られることが示された。警察行政上、犯罪を見逃さないためにも、また、衛生行政上、死因統計を確実にする上においても、 CT検査の検視・検案への導入は、必要なものであると考えられた。一方、固定式CTと比較した場合、車載式CTのメリットには、いくつかの点が考えられた。車載式CTでは、平時には変死体の検査、災害時には停電した医療機関での傷病者検査に使うことが可能である。また、最近問題となっている受刑者に対する医療水準の低さを改善する目的で、受刑者への検査として流用することも可能である。こうした車載式CTの利点を考えると、行政が1県に数台のCT搭載車を保有することも必要なのでは無いかと考えられた。