診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と検討の方向性について
4 調査組織における調査のあり方について(2)に関して
千葉県における解剖の現状と問題点医療関連死あるいは診療に関連した死の中には、疾病の悪化が主な原因で死亡したケース、医療行為が原因で死亡したケース、その両方が混在したケースが存在すると考えられる。モデル事業の解剖においては、法医・病理・臨床の三者が立ち会うものとされているが、解剖執刀医や解剖手順については再考されるべきである。また、新しい制度下においては、各病院の病理部での病理解剖を行うべきであるという意見も散見されるが、それは避けるべきであろう。病理解剖の本来的意義や、千葉県内での現状等を踏まえた場合、以下の点について考慮した制度設計が必要であると考えられる。(1)ある疾病で亡くなった方に関して、その病変の広がりや治療効果を調べるためであれば、病理解剖の実施が相応しいであろう。しかし、手術操作のミスや薬物の誤投与などの過誤に関しては、病因を究明するための病理解剖というより、薬物検査なども実施した上での、死因究明を行う解剖であるので、「死因究明解剖」と定義づけ、別の扱いをしたほうがよいと考える。「死因究明解剖」の必須の要件は、中立性の確保(密室性の排除)、外表所見の記録、写真等の証拠保全、薬物検査等の実施、死体検案書発行である。その上で、病理学者と法医学者が協力の上、質の高い解剖結果を迅速に提供していくシステム作りが必要であろう。
(2)医療関連死に関しては、臨床医の間から、各病院の病理部での解剖を促進して欲しいとの声が聞かれる。しかしながら、千葉県においては、各病院に病理部がない病院が多く、このようなことは現実には困難である。また、一人しか病理医のいない病院も多く、そうした病院の病理部の定員を倍に増やしたとしても、死因究明に関する解剖に関しては教育・研修がおろそかになり、人材育成につながらないし、日常業務である病理診断の合間をぬって、解剖が入るような運営では、病理医の業務に支障を来たすであろう。また、各病院の解剖室に法医学者や病理学者を派遣してはどうかとの意見も耳にするが、日ごろそれぞれの持ち場で業務を抱える病理学者や法医学者を派遣するということも非現実的である。従って、千葉県のような地域においては、以下のように、大学において医療関連死解剖を集約して実施するシステムを構築し、人材育成を同時に実施するべきである。
大学附属の死亡時医学検索センター設置に関する提言以上に記した点を考慮し、千葉大学としては、大学附属の死亡時医学検索センターを設置することを提言する。
医療関連死のうち、医療事故で死亡したのか疾病で死亡したのかはっきりしないグレーゾーンの事例を解剖するためには、高度な専門性を有する人材が求められる。しかし病理・法医とも、そうした人材を提供することに困窮しているので、人材育成なしでは、病理・法医とも人材の枯渇により、従来実施していた業務にも悪影響を与えるだろう。従って一義的には人材を養成することが急務であり、医学生の間から教育を実施できる大学において人材育成ができる制度設計が求められている。このためには、各地域内の医療関連死の解剖(病理解剖・死因究明解剖)は、各病院病理部での病理解剖を促進するのではなく、大学に集約して実施した上で、病理学と法医学の人材育成のためにも利用することが必要である。また、そうした機関で育成された人材は、将来それぞれの領域に進ませて、それぞれの専門医を取得していくべきであろう。
具体的には、大学の附属施設として死亡時医学検索センター(仮称)を設置すべきであると考えられる。同センターは、病理診断部門(細胞レベル~個体までの原因究明)、法医診断部門(個体~社会までの原因究明)、画像診断部門(初動でのCT、MRI検査)、薬物検査部門、DNA検査部門、遺族対応部門(事務、調査機関との連携、遺体の運搬、遺族対応、社会精神保健教育研究センターとの連携)の各部門より構成されるものとする。同センターは、まず、調査機関から運び込まれた死体に関して、CT やMRIなどの画像診断を実施する。画像診断結果とカルテ、臨床医の供述などから、調査機関の担当官とも相談の上、病死の可能性が高いものと、そうでないものを振り分け、病死の可能性が高いものに関しては、病理医が執刀する病理解剖もしくは死因究明解剖を実施し、訴訟の可能性が高いケースや、明らかな医療事故の事例、または犯罪の疑いのある事例のものは法医学者が執刀する死因究明解剖もしくは法医解剖を実施することとする。病理医が実施した解剖に関しては、必要に応じて法医学者に相談でき、一方法医学者が執刀した解剖に関しても、組織診断においては、病理医との連携のもと、質の高い組織診断を実施する。また、法医解剖に回った事例に関しても大学内で剖検症例検討会(CPC)を実施するなど、精度管理や情報の透明化に努める。また、全ての事例に関して血液・尿を保管し、薬物の誤投与の可能性のある事例では薬物検査、検体取り違えなどの可能性がある事例に関してはDNA検査を実施し、正確な死因究明のための基礎的データを提供することとする。
以上の運営により、死因究明という仕事を学生にとって魅力のある仕事とし、大学において新たな人材を養成し、センターで研修した人材を、病理学へ向かうコースと法医学へ向かうコースそれぞれに供給すると共に、これまでにない質の高い死因究明を実施することができると考えられる。
死亡時医学検索に関して、千葉県は、東京都と異なり、監察医務院が存在せず、また各病院の病理部も充実してないなどの問題を抱えている。他の道府県の多くが千葉県に類似している状況と考えられるが、このような地域においては、以上に記したシステムは、必要な制度と考えるので、ここに提言するものである。