千葉大学法医学教室における解剖前CTの導入について
既に報告させていただいた通り、当教室では平成16年1月に検視・検案の現場に試験的に車載式CTを導入し、その結果CTは、法医学領域における死因診断に有用であることを示した。その後、我々は、法医学領域へCTを本格的に導入できないか検討してきたが、放射線医学研究所の江澤英史先生、松本徹先生、千葉大学放射線科の山本正二先生らのご尽力により、放射線医学研究所が大阪府の検診車として貸し出し中の車載式CTを中古で購入する機会に恵まれた。この車載式CTは平成18年1月から千葉大で稼働となったが、この4ヶ月間で既に約40の司法解剖例を検査することができた。
当初は、前回の試験導入のように、検視・検案の現場まで駆けつけて活用する予定であったが、3月から排気ガス規制の規制対象となったため、現在は廃車となり、単なる解剖前のCT室として使用されている。とはいえ、既にその威力は十分に発揮している。
例えば、死後2週間程度経過した死体の解剖では、頭部CTによっては、脳の断面が記録可能であり、明らかな血腫を認めないことが確認されたものの、解剖では脳は泥状化しており、割面を写真撮影することが困難なものもあった。また、硬膜下血腫の経過中、血腫は消褪傾向にあったものの、大脳半球の脳浮腫が著明となり、脳ヘルニアで死亡した例では、CTによっては、脳浮腫の像と典型的な脳ヘルニア像を記録することができたが、解剖によっては、脳の軟化等によりこれらを記録することは困難であった。また、顔面を殴打された後に死亡した例での解剖では、警察から「救急病院のCTでは頭蓋内出血が見つかった」とのみ言われ、こちらでCTを撮った所、脳底部のクモ膜下出血であることが判明したので、早々に牛乳パックを購入に走り、解剖中に椎骨動脈に挿入したカテーテルから牛乳を注入し、出血部位が後下小脳動脈の起始部であり、外傷性である可能性が高いことを示せた例もあった。このように、解剖前CTの導入によって、司法解剖における死因診断がより適正化されたことは間違いない。また、一般に、CTによって解剖前にある程度の内景所見が把握できてしまうので、解剖前に執刀医と補助者の間で臓器出しの分担を決めることが可能であるし、何も分からずに解剖していた時のストレスがかなり軽快したようにも感じる。
一方で、CTの欠点も明らかになってきている。その一つが、骨盤骨折や、肋骨骨折の例である。これらの骨折で、骨に転位の無いものに関しては、CTでは発見できにくいのである。法医学領域においては、虐待を受けた老人が、多数の肋骨骨折や骨盤骨折で死亡していることも多いが、こうした症例がCTだけで適正に診断可能とは思えない。死体検案でCTを用いるときは、CTで脳内出血など明らかな病変が発見された場合はまだしも、 CTで明確な疾病が発見されない場合や、外傷の関与が否定できないようなケースではむしろ積極的に解剖されるべきでもあると思われた。
以上、これまでの簡単な経過報告をさせていただいたが、今後も症例を重ねて検討を加えていく予定である。