第31回
2006年3月1日

CPA症例の死因検索における全身CTの有用性
-監察医制度のない地域の医療現場から-

(独)労働者健康福祉機構 中国労災病院 救急部
吉田 哲

去る1月28日の第3回Ai学会において,来院時心肺停止(CPA)症例の死因検索における全身CT検査の有用性を,救急医の立場から発表しました.発表の概略に続いて,私が日ごろから抱いている意見を述べさせて頂きます.

(発表の概略)当院では1986年来,外来死亡したCPA症例に対して全身CT撮影を行ってきました.最近5年間に経験した395例のうち,外因・窒息・疾患末期を除く内因性のCPAは260例で,うち173例(66%)が心拍再開することなく外来死亡しました.この173例に対して死後全身CTを撮影したところ,急性大動脈解離等の大動脈疾患が33 例,クモ膜下出血等の脳血管障害が6例,肝癌破裂等が5例に認められ, 計44例(外来死亡例の25%)において主病名を診断することができました.ちなみに,病理解剖を実施できたのは3例のみで,全身CTによる死因検索が特に有用と感じられたのは次の3例でした.

症例: 68才男性.狭心症発作が頻発し精査を勧められるも放置.CPA状態で発見され搬送されるも死亡.死後のCTでクモ膜下出血と判明.(本症例はCTを撮影しなければ「虚血性心疾患」と診断され,ご遺族が「あの時,精査を受けていれば」と後悔した可能性があります)

症例: 77才男性.腰痛で近医を受診後CPAとなり救急搬送.死後のCTで腹部大動脈瘤破裂と判明.(本症例では,腰痛との関係について重要な情報が得られたと思います)

症例: 71才男性.食事中に突然昏倒しCPA状態で搬送されるも死亡.超音波で心嚢水(-)であったがCTでStanford A型の大動脈解離を認め,解離に伴う冠動脈閉塞と判明.(ご遺族は「元気だった者が急に倒れて手の施しようもなく死ぬとは納得できない.」と息巻いておられましたが,CT画像を提示して説明申し上げたところ理解して頂けました)

(私の意見)CPA症例に対する死後のCT検査は全国で施行でき,全身検索が可能で客観性に優れ,結果をその場で関係者にフィードバックできます.しかし最大の難点は,健康保険などの社会制度で,死者にCTを撮影することのコンセンサスが得られていないことにあります.CPA患者の救命に全力を尽くすことは救急医の使命ですが,患者さんを救えなかった場合でも,症例・~・に示したように,死因を可能な限り検索して真相を解明することは重要な意味を持ちます.東京など一部の大都市では,この役割は監察医に委ねられていますが,監察医制度のない地域(総人口の約85%に相当!)では,臨床医が乏しい情報をもとに死因を「推定」しているのが現状です.人の一生を締めくくる「死亡診断書(死体検案書)」を曖昧な形で発行しないために,国は監察医制度を全国普及させるか,代替手段を講ずるかのどちらかをすべきですが,財政や人材の実情を鑑みれば結論は明白であり,死因検索のための全身CT検査を早急に保険制度に組み込むべきと考えます.突然死する直前まで掛金をせっせと納付してきた人に対して,健康保険組合が最後に支出するCT撮影料の1万円足らずは,決して無駄遣いにはならないと思います.