第145回
2023年6月7日

福井大学はなぜ今、「福井大学Aiセンター」を改称しようとしているのか。

福井県立大学客員教授
海堂尊 先生

 2023年3月、私は福井県立大学の客員教授を拝命しました。同大学の米田誠研究科長のご推薦を、窪田裕行理事長、岩崎行玄学長が快諾してくださり実現した人事でした。ここに感謝いたします。

 5月31日、福井県立大学大学院健康生活科学研究科の開設記念シンポジウムの特別講演に招かれ講演してきました。新しい学問分野を作ろうとする諸先生方のレクチャーは、大変な労力を要する地道な研究に基づいた、とても興味深いものでした。

 福井は来春2024年4月の北陸新幹線の乗り入れを前に、県庁や市役所など行政がいろいろな企画を検討しているようです。私は福井とご縁が深く、2012年に「福井大学Aiセンター」が創設された時には、開所式に招かれました。「福井大学Aiセンター」は創設者で、Ai学会理事の法木左近先生がセンター長を務めておられましたが先年、退官され福井県立大学に栄転され、稲井邦博先生がセンター長に昇格されました。そして現在は2022年4月に法医学教授に就任した兵頭秀樹教授がAiセンターのセンター長を兼任されています。

 福井県立大学には、日本中から注目を集めている恐竜学研究所があります。昨年、恐竜の骨のCT検索の希望があり、法木先生に相談が持ちかけられました。「福井大学Aiセンター」はかつて、中国の恐竜のたまごのCT撮影で協力実績があったため、法木先生は「福井大学Aiセンター」副センター長の稲井先生に話をつなげました。その後、稲井先生には音沙汰がなかったそうですが、2023年3月22日に突然、福井新聞に「恐竜の化石をCTスキャンしてみたら……嗅覚や視覚など生態解明へ、福井県立大学恐竜研究所と福井大学医学部が共同研究」という記事が掲載されました。

 記事の最後に「研究は県立大の恐竜分野と、福井大の法医学、放射線医学分野などが連携、大学の垣根を越えた異分野連携で化石のCTスキャンを行うのは国内初としている」とありました。

 一般の人なら読み飛ばしてしまうところですが、私はとても気になりました。「大学の垣根を越えた異分野連携」はその通りですが、福井大学はなぜ既存の「Aiセンター」の枠組みを無視して発表したのでしょう。そもそもこの依頼は、「福井大学Aiセンター」の前センター長の法木先生が、現副センター長の稲井先生に持ちかけたものです。その時、Aiセンターのセンター長は新任の兵頭先生だったのです。

 福井新聞の記事に関し現場責任者として対応したのはおそらく、兵頭Aiセンター長だったのではないかと推測されます。それはわざわざ「法医学」が対応する、と記事にあることからも推測されます。そして記事について、Aiセンターのスタッフである稲井先生は一切認知しておりません。

 そのため、福井新聞の記事には、とんでもない誤報部分が発生してしまいました。

大学の垣根を越えた異分野連携で化石のCTスキャンを行うのは国内初」というのは誤報です。

 以前、「恐竜のたまごの化石のCT解析を、福井県立大学恐竜部門と福井大学Aiセンターが連携して実施している」という事実があるからです。これは、Aiセンターの過去の業績を認識していなかったため起こった錯誤であり、Aiセンターセンター長としては痛恨の失態でしょう。福井新聞の誤報を誘発してしまったのですから。

 後進の学者がこの記事を参考にしたら、学術的に間違えた情報の拡散につながってしまいます。「日本初」という学術的称号を間違えて使ったわけですから、学術領域ではやってはいけない報道です。

 福井新聞は訂正記事を出すべきですし、福井大学上層部は猛省すべきだと思います。

 更に驚くべき話を聞きました。そんな素晴らしい実績のある「福井大学Aiセンター」を改称しようという話が持ち上がっている、というのです。

 名称変更にはそれを必要とする理由付けが必須です。そしてそれは、大学が公の組織である以上、市民社会に対して説明義務が生じます。最近の悪しき風潮で、学長など大学組織のトップの横暴へのチェック機構が働かず、大問題になっている事例が多発しています。「福井大学Aiセンター改称問題」も、そうした上層部の独断的横暴の一事例になってしまうかもしれません。

 この一件には、危機感も抱きました。Ai学会の下に集った学究の徒が築き上げてきた社会的業績を、無にしてしまいかねないものだからです。

 私もAi学会名誉理事として、そして福井県立大学客員教授として、注視していきたいと思います。

 ひょっとしたら福井大学Aiセンター長の兵頭先生は、組織の板挟みで苦しんでいるのかもしれません。兵頭先生は長年Ai学会理事を務め、Aiの普及に努めてきた方で、現在は理事ではありませんが、その後もAi学会の学術集会に出席され、積極的に発言されていると仄聞します。でも着任して日が浅い教授では、大学上層部の意向に逆らえないのかもしれません。けれども「福井大学Aiセンター」の改称の動きを押しとどめることは、若輩者の兵頭先生でも可能です。名称変更に抗議の声を上げれば、これまでの実績を知るAi学会理事の先生方が、バックアップしてくれるはずだからです。Ai学会元理事で現学会員として、Ai学会の支援をメーリングリストで要請すれば「精神的支援のクラウドファインディング」は、たちまち集まるでしょう。微力ながらこの私も、福井県立大学客員教授として、福井県立大学の諸先生方のご理解を得ながら、「福井大学Aiセンター」の存続のための側方支援をさせていただく所存です。

 私にできることがあれば、ご一報くださいませ。

 いずれにしても「福井大学Aiセンター改称問題」は、幅広い議論が必要な、重要問題だと思われます。こうしたことをトップダウンで強行するのは、民主主義精神の破壊につながりかねないことなのです。