第116回
2016年3月4日

大災害とAi

京都法医歯科解析センター
藤本 秀子先生

[震災から浮かび上がった課題]

東日本大震災から5年が経ちました。当時、私は日本法医学会に所属する歯科医師として2週間、宮城県で身元確認作業に従事しました。
震災直後、日本法医学会は警察庁の依頼を受け、”大規模災害・事故時の支援体制に関する提言(1997) ”に基づいて検案支援活動を始めました。このころ、私の周りの法医関係者の間では、さまざまな議論が巻き起こりました。特に被災地活動経験者の、「Aiを試みてはどうか」とか「設備や環境の整った検案所を設けてはどうか」という意見は、これから取り組むべき課題を指し示したような気がしました。
新しいことを受け入れる創造的な発想と、5年先10年先を見据えた体制作りが、今求められています。

[横のつながり]

検案所では、自家発電の灯りの下、懐中電灯を持ち、地べたで腰をかがめて歯科検査を行いました。私は少しでも広い視野で検査が行えるように、警察官に死体を載せる検査台の設置をお願いしました。また、泥だらけの死体を丁寧に洗っている警察官の所へ行き、口の周りもそっと拭ってもらうようにお願いしました。時には検案医師と、死体の情報を共有しました。
検案所には、自衛官、海上保安官、警察官、医師、歯科医師などが出入りしました。健全な活動を行うためには、多職種の人々の交流が必要です。そのためにも、将来の検案活動に適応できる、より多くの人材教育が大切です。

[新しい力Ai]

そして何よりも、Aiの必要性を痛感しました。死体の状態はさまざまでした。瓦礫の中から発見された歯が抜け落ちている死体や、開口に制限のある焼死体もありました。これらの死体には、Aiが絶大な威力を発揮します。なぜなら、Aiは遺体袋のままで撮影されるため、抜け落ちた歯の発見や、開口困難な死体の口腔所見採取も可能だからです。その上、証拠の保存や見直しもできます。
Aiを導入すれば、もちろん読影医師や診療放射線技師の協力が必要となります。ツールの選択にとどまらず、何をするのかを明確にし、具体策を講じなければなりません。

[最後に]

“ヒポクラテスの誓い”に、「医師は、患者の利益になることをしても害になることをしてはいけない」という一文があります。遺族がまた何度も死体と対面しなくても済むように、検案活動関係者は、死体やご遺族、そして社会の利益になることをしなければなりません。
何よりも死体の取り違えは、決してあってはならないことなのです。