国際基準に基づく小奇形アトラス 形態異常の記載法 ―写真と用語の解説



眼窩周囲領域


睫毛欠損(Eyelashes,Absent)
定義
睫毛が存在しない状態(客観的)(図 22)。
コメント
この用語は Ahmad ら(1998)の記載による。先天性で,全脱毛症に合併する場合が多いが,別個に記載すべきである。
同義語
睫毛無毛症(Atrichia of eyelashes)
図 22 成人女性における睫毛欠損

長い睫毛(Eyelashes,Long)
定義
上側の睫毛の中央部が 10 mm 以上ある場合(客観的)(図 23)。睫毛の延長(主観的)。
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睫毛の長さの測定は最も長い部分で行うべきであるが,通常,眼瞼中央部が最も長い。男児の基準値は 7.99±1.05 mm で,女児では7.76±1.03 mm である[Pucci ら,2005]。訳者注:日本人のデータはない。
同義語
太い睫毛(Ciliary trichomegaly)
図 23 男児における長い睫毛
睫毛は長いだけでなく,独特の方向に曲がっているが,この所見は「長い睫毛」に必須ではない。
目立つ睫毛(Eyelashes,Prominent)
定義
睫毛の密度,長さあるいは巻き方が観察者の注意をひく状態であるが,過剰に太い(tricho-megaly)というわけではない(図 24)(主観的)。
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バンドリング用語であるが,日常臨床では便利な表現である。
図 24 目立つ睫毛の男児
睫毛は長いがそれは別個に記載すべきである。
図 21 も参照

疎な睫毛(Eyelashes,Sparse)
定義
睫毛の密度/本数の減少(主観的)(図 25)。
コメント
「疎な睫毛」はしばしば睫毛の形成異常を伴う。疎な部分は眼瞼の特定の領域に限定的な場合がある。どの程度から「疎な睫毛」とするか,特定の基準はない。
同義語
睫毛減毛(Hypotrichosis of eyelashes)
図 25 
「疎な睫毛」の女児であるが,同時に睫毛は細く,眉毛や頭髪も疎である。
図 26 も参照

眼瞼裂隙(Eyelid,Cleft)
定義
下ないし上眼瞼縁の短い不連続部位(主観的)(図 26)。
コメント
下眼瞼の外側部分に出現しやすい。眼瞼裂隙の軽症型は主観的にも客観的にも定義は明確でなく,主観的な用語である。「眼瞼コロボーマ」という用語はもはや使われない。というのは,「コロボーマ」という単語は胎児期に癒合すべき部分の欠損に限定して使用すべきものであり,この場合は該当しない。裂隙の部分を記載する修飾語は「下方」や「外側」となる。
同義語
くびれた眼瞼(Notched eyelid)
過去に使われたが言い換えが望ましい用語
眼瞼コロボーマ(Eyelid coloboma)
図 26 小児にみられた,下眼瞼外側部の裂隙
「下」および「外側」という修飾語に注意のこと。さらに,患児は下側の睫毛が疎である。
・Eyelid, coloboma of:Eyelid, cleftを参照
・Eyelid, notched:Eyelid, cleftを参照
・Hypertelorism:Eyes, widely spacedを参照
・Hypotelorism:Eyes, closely spacedを参照
・Hypotrichosis:Eyebrows, sparseまたは Eye-lashes, sparseを参照

眼窩下部の溝(Infra-Orbital Crease)
定義
内眼角から上顎,頬骨にかけて外側に伸びる皮膚の溝(主観的)(図 27)。
コメント
この所見は頬骨突起の低形成に伴う場合が多いが,所見としては別個に記載する。眼窩下部の皴(Infra-orbital fold)は関連があるので参照のこと。
図 27 女児にみられた眼窩下部の皴で,皮膚のたるみを伴い,平坦頬骨,外側に張りだした耳介を伴う。
図 33 も参照

眼窩下部の皴(Infra-Orbital Fold)
定義
下眼瞼の内側部から起始し,鼻稜にむかってゆるやかな上方に向かう曲線を描く皮膚の盛り上がり(主観的)(図 28)。
コメント
これは逆内眼角贅皮(Epicanthus inversus)と区別する。関連語として,眼窩下部の溝(Infra-orbital crease)も参照のこと。
図 28
顔面上部の浮腫を伴う眼窩下部の皴(浮腫はこの所見の必要条件ではない)これらの皴は鼻稜の外側に伸びていることに着目すべきである。
図 27 も参照のこと。

涙点欠損(Lacrimal Punctum,Absence)
定義
上方,または下方の涙点が欠損している(客観的)(図 29)。
コメント
涙管の開口部は正常では上下眼瞼の内側部に存在する。下眼瞼の開口部は上眼瞼の開口部よりも見えやすい。涙点の欠損はまれな所見である[ Ferreira ら,2000]。通常,無形成が原因であるが,用語には発生機序は含めずに記載する。鼻涙管閉塞をこの用語に加えるかどうか,意見の不一致もみられる。解剖学的でなく,機能的なものなので,除外された。
過去に使われたが言い換えが望ましい用語
涙点無形成(Agenesis of the lacrimal punctum)
図 29 この小児は涙点が欠損している。
同時に眼瞼裂狭小,眼瞼裂斜下,眼間開離,内眼角下方に発赤と腫脹をした涙管を伴う鼻涙管閉塞も併存している。

異所性涙点(Lacrimal Punctum,Ectopic)
定義
涙点の位置が眼瞼内側端以外の部分にある(主観的)(図 30)。
コメント
涙管の開口部は正常では上下眼瞼の内側端に位置する。下眼瞼端の開口部は上眼瞼よりも観察しやすい位置にある。異所性開口部は上眼瞼,鼻稜,下眼瞼内側部などである。
図 30 左眼の内眼角は下方に変位し,左涙点は異所性で左鼻孔の欠損がある。

兎眼(Lagophthalmos)
定義
覚醒時,睡眠時あるい両方において眼瞼を完全に閉じることができない状態(主観的)(図 31)。
コメント
兎眼は単独でみられる場合もあれば,症候群の一部の場合もある[Korula ら,1995]。眼瞼外反(Ectropion)を伴う場合もある。兎眼の場合,慢性的な結膜や角膜の炎症を招くことが多い。
図 31 この 10 代の女性は兎眼である。このため,角膜と強膜の強い刺激がある。
・Mongoloid slant:Palpebral fissure, upslantedを参照

アーモンド型眼瞼裂(Palpebral Fissure, Almond-Shaped)
定義
内眼角にむけて,上眼瞼が描く下向きの曲線と下眼瞼が描く上向きの曲線が鋭角的である。そのため,眼瞼裂の形状がアーモンド型になる。したがって,正中部からの眼角への距離は短く見える(主観的)(図 32)。
コメント
アーモンド型の形状は,眼瞼や鼻稜などの周辺組織の成長とともに目立たなくなる。訳者追加: Prader-Willi 症候群ではしばしばアーモンド型眼瞼裂を認める。
図 32 左眼のアーモンド型の眼瞼裂を示す。
右眼と比較してみると差がわかる。つまり,上方から内眼角に向かい皮膚の角度が急である。

眼瞼裂斜下(Palpebral Fissure,Downslanted)
定義
眼瞼裂の傾斜が年齢標準の 2 SD 以上,下がっている状態(客観的)(図 33)。眼瞼裂の傾斜が年齢の標準より下がっている(主観的)。
コメント
眼瞼裂の傾斜は 2 本の線のなす角度で定義される。両眼の外眼角と内眼角を結ぶ線を想定する。そして顔面は垂直に正面を向き,頭部は伸展も屈曲もせずに自然に前を向いた状態で,左右の内眼角を結ぶ水平線を想定する[ Far-kas, 1994]。Farkas ら(1994)はコーカサス系人種と中国人およびアフリカ系アメリカ人で眼瞼裂の傾斜の基準値を報告した。Hall ら(2007)は 6~ 16 歳のコーカサス系に限定した基準値を報告した。「やや斜上」が各年齢で基準であった[ Farkas, 1994;Hall ら 2007]。眼瞼下垂(Ptosis)や内眼角贅皮(Epicanthus)があると,眼瞼裂の傾斜の判定がしにくくなる。頬骨部低形成や眼間開離(Widely spaced eyes)があると眼瞼裂斜下になりやすい。
過去に使われたが言い換えが望ましい用語
反蒙古様眼瞼裂(Antimongoloid Slant)
図 33 この男児は眼瞼裂斜下,眼間開離,眼球突出,眼下皴を認める。
図 4,11,29,38,39 も参照

長い眼瞼裂(Palpebral Fissure,Long)
定義
内眼角と外眼角の距離は年齢平均の 2 SD 以上ある(客観的)(図 34)。眼瞼裂の長さが明らかに増加している(主観的)。
コメント
Hall ら(2007)や Farkas(1994)は,測定方法や基準値を報告した。「広い眼瞼裂」という表現は曖昧であり,眼瞼が垂直方向に広いのか水平方向なのか,曖昧な表現になるので使用は控えたほうがよい。「眼が大きい」という表現は一般的に使われるが,これも上下の広がりを指すことが多い。
過去に使われたが言い換えが望ましい用語
広い眼瞼裂(Wide palpebral fissure)
図 34 この男児では長い眼瞼裂と眼瞼外反が顕著である。

眼瞼裂短縮(Palpebral Fissure,Short)
定義
内眼角と外眼角の距離が年齢平均の 2 SD 未満である(客観的)(図 35)。眼瞼裂の長さが明らかに短縮している(主観的)。
コメント
測定方法や基準値は Hall ら(2007)や Farkas(1994)らが報告した。これらの文献ではコーカサス系人種のデータのほうが多い。眼瞼裂短縮があると,上眼瞼と下眼瞼の垂直距離が減少し,眼がスリット状に見えるので,眼瞼下垂(Ptosis)のような印象を与える。しかし,眼瞼下垂が存在すれば別個に記載すべきである。眼瞼裂短縮が重度であれば,眼瞼裂狭小(Blepharophi-mosis)になる。
図 35 軽度ないし中等度の眼瞼裂短縮の若年女性
軽度眼瞼下垂も合併している。図 5 と 29 も参照。

眼瞼裂斜上(Palpebral Fissure,Upslanted)
定義
眼瞼裂の角度が年齢平均の 2 SD 以上である(客観的)(図 36)。眼瞼裂の斜上は年齢の典型例より大きい(主観的)。
コメント
眼瞼裂の角度は 2 本の線によって形成される角度で定義される。両眼の外眼角と内眼角を結ぶ線を想定する。そして,顔面は垂直に正面を向き,頭部は伸展も屈曲もせずに自然に前を向いた状態で,左右の内眼角を結ぶ水平線を想定する[ Farkas, 1994]。Farkas(1994)はコーカサス系人種と中国人およびアフリカ系アメリカ人で眼瞼裂の傾斜の基準値を報告した。 Hall ら(2007)は 6~16 歳のコーカサス系に限定した基準値を報告した。眼瞼裂斜上は小頭症と合併することがあるが,これは別個に分類する。眼瞼下垂(Ptosis)や内眼角贅皮(Epicanthus)があると,眼瞼裂の傾斜角度の判定の妨げになる。
過去に使われたが言い換えが望ましい用語
蒙古様眼瞼裂(Mongoloid slant)
図 36 眼瞼裂斜上であるが,眼球近接も伴う。
図 41 B も参照・Palpebral fissure, wide:Palpebral fissure, longを参照

眼球突出(Proptosis)
定義
顔面よりも眼球が突出している。標準的な顔の面よりも眼が前方に突出している状態(主観的)(図 37)。
コメント
この所見は眼窩上縁や上顎/頬骨の低形成と区別すべきである。眼球突出においては,眼球は顔面全体よりも前方に突出している。客観的に測定する方法は知られていないが,この所見の診断は観察者の経験にゆだねられる面が大きい。
同義語
目立つ眼(Prominent eyes)
図 37 両側性の眼球突出(図 33 と同じ)

眼瞼下垂(Ptosis)
定義
上眼瞼の下縁が通常よりも 3 mm 以上低い位置にあり,虹彩の上部にかかっている状態(主観的)(図 38)。上眼瞼下部が部分的に虹彩にかかっている(主観的)。
コメント
真の眼瞼下垂は,通常,眼瞼裂の長さが正常の場合にみられる。「顕著な眼瞼下垂」は眼瞼裂狭小(Blepharophimosis)やそのほか眼瞼裂が短い(Shot palpebral fissures)場合にみられる。偽性眼瞼下垂は,重度の頬骨発育不全に伴うことがあり,顕著な眼瞼裂斜下のために眼球の対角線方向に上眼瞼が下がった状態である。
同義語
Blepharoptosis
図 38 右眼瞼下垂
上眼瞼の縁が部分的に虹彩にかかっている(左は正常である)。本児は眼瞼裂斜下も認める。
図 35 も参照
・Synechiae:Ankyloblepharonを参照

眉毛癒合(Synophrys)
定義
左右の眉毛の内側が正中部で癒合した状態(主観的)(図 39)。
コメント
美容的な眉毛除去や剃毛でこの所見はわからなくなることがある。眉毛の内側が正中で結合することが必須かどうかは議論のあるところである。内側に顕著に伸びていても結合していない場合もありうるからである。訳者追加: Cor-nelia de Lange 症候群(OMIM #122470)でよくみられる所見である。
過去に使われたが言い換えが望ましい用語
単一眉毛(Unibrow)
図 39 眉毛癒合と眼瞼裂斜下を認める患者

眼角開離(Telecanthus)
定義
眼角が平均の 2 SD より間が離れている場合(客観的)(図 40)。内眼角が明らかに離れている場合(主観的)。
コメント
眼角開離は眼間距離が正常でも離れていても存在する(図 40 A,B)。後者の場合,眼間開離(Widely spaced eyes)は別個に記載する。内眼角距離は人種によって変化する。基準値は米国黒人[ Murphy and Laskin,1990],中国人[Wuら,2000],コーカサス系[Laestadius ら 1969;Feingold と Bossert,1974;Merlob ら, 1984;Evereklioglu ら,2001]が報告された。内眼角贅皮(Epicanthal fold)がある場合,眼角間の距離は測定困難である。
同義語
Dystopia canthorum
図 40
A:瞳孔間距離は正常な眼角開離
 内眼角の内側に強膜が確認できない。
B:眼間開離を伴う眼角開離
図 4,10,15, 29 も参照 ・Unibrow:Synophrysを参照

上眼瞼膨満(Upper Eyelid,Fullness of)
定義
上眼瞼の腫脹ないし膨隆(主観的)(図 41)。
コメント
腫脹は浮腫や脂肪その他の沈着ないしは炎症による場合もある。外側上眼瞼の腫脹に対する別個の用語を用いるべきか,議論がある。
図 41
A:上眼瞼膨満を呈する成人女性。この例では,眼瞼浮腫があり,眼瞼が腫脹して反転し,眼に刺激がみられる。
B:小児における部分的な上眼瞼膨満であり,眼瞼裂斜上と星状虹彩も認める。