東海大学脳神経外科
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下垂体腫瘍

1. 脳下垂体

脳下垂体とは、脳の下面から垂れ下がった、指の先ほどの 大きさの組織ですが、ここからたくさんの種類のホルモンが産生されて、体の 働きの調整がなされており、生体にとって大変に重要な組織だと言えます。脳 下垂体は、トルコ鞍といわれる、頭蓋底の骨のくぼみのなかにはまり込んでい ますが、脳とは下垂体茎とよばれる細い茎のような組織でつながっています。 前方から、前葉、中葉、後葉というような構造に分かれており、各々の部分で 産生されるホルモンが異なります。

2. 下垂体ホルモン

下垂体の前葉 からでるホルモンには、乳腺刺激ホルモン(プロラクチン)、成長ホルモン、副 腎皮質刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、性腺刺激ホルモン、等があります が、いずれも生体を維持していく上で大切な働きをしています。また、下垂体 の後葉からは、抗利尿ホルモンとよばれるホルモンが分泌されており、これは、 尿の量を調節する上で、たいへん大事な働きをしています。以下に各々のホル モンについて簡単に説明します。

(1)プロラクチン

プロラクチンは、女性では、主に妊娠後期から分娩後に分泌され、乳腺の発 達を促して、母乳を分泌させる働きがあります。

(2)成長ホルモン

成長ホルモンは、名前のごとく、体を成長させるホルモンで、思春期に多く分泌されて、骨格や筋肉を発育させます。

(3)副腎皮質刺激ホルモン

副腎皮質を刺戟して、副腎からのホルモンの分泌を促します。副腎皮質から は、血液中の電解質のバランスを調節したり、ストレスに対抗したりするなど の働きを持つ、副腎皮質ホルモンが分泌されます。

(4)甲状腺刺激ホルモン

甲状腺を刺激し、甲状腺ホルモンの分泌を促します。

3. 下垂体腺腫

下垂体腺腫は、主に下垂体前葉で、ホルモンを産生している細胞が腫瘍化し、 大きくなってできるものです。ほとんど全て良性の腫瘍と考えても良いでしょ う。大きく分けて、ホルモン産生性のものと、ホルモン非産生性のものに分け られます。 ホルモン産生の腫瘍は、その細胞が元々産生していたホルモンが、 過剰に分泌されるため、分泌されるホルモンによって、各々異なる特有の症状 を呈します。 従って、腫瘍がまだ小さいうちに、ホルモン過剰の症状で発見 されることが多いのですが、それに比べて、ホルモン非産生性の腫瘍では、腫 瘍が大きくなって、上方で視神経を圧迫し、視野の障害や視力低下の症状がで て、初めて発見されることが多いようです。

(1)ホルモン産生性下垂体腺腫

a. プロラクチン産生腫瘍

腫瘍がプロラクチンを産生するため、血中のプロラクチン 濃度が高くなる ことにより、症状を起こします。主な症状は、乳汁の分泌と無 月経です。乳汁 の分泌とは、出産もしていないのに母乳が漏出することで、下着などに母乳が 付着していることで気づくことが多いようです。乳汁分泌の症状がなく、月経 不順だけの症状でみつかることもよくあります。 診断には、血液検査で、血液 中のプロラクチン濃度の測定と、頭部のMRI検査が必要です。

治療には、薬物療法と手術の選択肢があります。手術で腫瘍をきれいに摘出できれば、 それで治癒することができますが、 プロラクチン産生腫瘍には、非常に有効な薬があるため (ブロモクリプチン、等)、薬で治療することもできます。 薬の効果がない場合、あるいは、薬の副作用のため、内服が困難な場合、などは、 手術による治療が必要になります。また、薬を飲み続けるのはいやで、手術で治 してしまいたい、という場合も、もちろん手術を選択することができます。 ガンマ・ナイフによる放射線療法も、選択肢の一つになりますが、プロラク チン産生腫瘍に対して用いられるケースは少ないと思われます。

b. 末端肥大症(成長ホルモン産生腫瘍)

末端肥大症とは、成長ホルモンが過剰に産生されることにより起こる病気で、 ほとんどの場合に、下垂体にホルモンを産生する腫瘍があることが原因となり ます。症状としては、顔貌の特徴的な変化(頬骨がでっぱる、下顎が長くなる、 眉の部分の骨が出っ張る等)や、手や足が大きくなる(特に手の指の節が太く なったり、手のひらが分厚くなったりする)といった変化が特徴的です。しか し、この他にも、ホルモンの作用によって、高血圧や、糖尿病を発症すること が多く、こちらの方が大きな問題となります。一般に、末端肥大症を治療せず に放置すると、正常の人よりもかなり寿命が短くなるということが知られてい ます。治療は、手術が第1選択です。注射薬で、ある程度有効性のあるものがあり、主に、手術で残った腫瘍に対して薬物療法が行われます。手術により、腫瘍をすべて摘出できれば、治癒することができますが、腫瘍が大きい場合には、全摘出は困難な場合があります。

c. クッシング病

副腎皮質刺激ホルモンを産生する下垂体腺腫によって起こる、比較的まれな疾患です。症状としては、体幹部の特徴的な肥満、糖尿病や高血圧、精神症状などが起きます。内分泌学的な検査で、そのような症状が、副腎皮質刺激ホルモンの過剰な分泌によって起こっていることを証明することが必要で、診断も場合によっては困難です。診断が確定し、MRIで、下垂体に腫瘍が認められれば、手術によって腫瘍を摘出することにより、治療することができます。

(2)ホルモン非産生性下垂体腺腫

上記のホルモン産生性の下垂体腺腫に対して、ホルモン非産生性の下垂体腺腫は、字のごとく、ホルモンを産生しない腺腫のことで、実際には、こちらの種類の下垂体腺腫が、割合としては、7割方を占めます。この種類の腺腫は、ホルモンを産生しないため、症状を出すのが遅く、逆に、大きくなるまで見つからないことがほとんどです。多くの場合に、腫瘍が上方に進展し、視神経を圧迫することにより、視野障害や視力低下で発症します。治療は、やはり手術による摘出が必要で、経蝶形骨手術により摘出が可能ですが、腫瘍が大きい場合には、手術を2回に分けたり、開頭による手術を追加する必要があります。

4. 手術による治療

下垂体腺腫に対する治療は、上記のプロラクチン産生腫瘍に対して薬物療法を行う場合以外は、まず、手術による摘出が第1選択の治療法となります。ほとんどの場合で、経蝶形骨手術と呼ばれる、鼻のほうから腫瘍に到達するアプローチが選択されます。

当院では、年間十数件の下垂体腫瘍の手術を行っています。顕微鏡による手術と、内視鏡による手術を、 症例によって使い分けており、術中ナビゲーション等、最新の設備で、安全、確実な手術を行っています。(参照)

手術前:下垂体に大きな腫瘍がある。 手術後:腫瘍は全摘出され、成長ホルモンの値も正常化した。