脊髄空洞症は、脊髄の中に水のたまった空洞ができることにより、脊髄の機能が障害されて起きる病気です。空洞のできる詳しいメカニズムはまだよく分かっていませんが、かなりのケースで、脳外科の手術をすることで症状をよくすることができます。この病気について簡単に説明してみましょう。
大きく分類すると、(1)キアリ奇形に伴う脊髄空洞症、(2)癒着性くも膜炎に伴う脊髄空洞症、(3)脊髄腫瘍に伴う脊髄空洞症、(4)脊髄出血後の脊髄空洞症、の4つに分類することができるでしょう。このうち、本来の意味での脊髄空洞症は、(1)と(2)になりますので、これについて説明します。
キアリ奇形とは、小脳の下端が脊椎の方に垂れ下がったようにめり込んでくる状態のことを指します。キアリというのは、最初にこの病気を報告した人の名前です。この奇形がある場合に何故脊髄に空洞ができるのかは大きな謎で、以前から多くの仮説が出されており、私自身もこの問題に関する新しい仮説を、最近、論文として発表しました[下記文献参照]。詳しいことは後に述べるとして、少なくとも言える事は、脊髄の周りを流れている髄液という、水のような液体の流れが障害されることが、空洞の発生に関係しているということです。
癒着性くも膜炎とは、脊髄の周りの水の通るスペースに、何らかの原因で炎症が起こり、そのためにやはり、髄液の流れが妨げられることにより、その部位から下に、空洞が出現するタイプの脊髄空洞症です。従来、比較的まれな病気だと思われてきましたが、MRIの検査が多く行われるようになって、診断される機会も増えてきました。
腕や、手の痛みで始まるケースが多いでしょう。症状は、徐々に進行する傾向にあり、進行すると、手や腕の麻痺、歩行障害、さらには排尿や排便の障害まで出る場合もあります。症状は、脚よりも手や腕に強く出る傾向があります。症状があまり進行してしまうと、それから手術をしても症状がよくならないことが多く、早期に診断して早期に治療することが非常に大切です。
古くから、キアリ奇形に伴う脊髄空洞症については、多くの仮説が立てられてきましたが、本当のところはまだよく分かっていないというのが現状です。そもそも、空洞内の水が、どこから入ってくるのかということからして、研究者の間で意見の一致を見ていません。現在でも、論争の対象となる部分が多いのですが、共通の理解ができている部分もあります。それは、脊髄周辺の正常の髄液の流れが障害されることが、空洞発生に大きく関与しているということです。
私は、最近、脊髄の髄液の流れの物理的モデルを作り、キアリ奇形などの病的状態で、脊髄の髄液の流れと、その圧分布がどのように変化するかを調べ、空洞発生のメカニズムに関する新しい仮説を提唱しています[下記文献参照]。あまりに専門的になりますので、ここで詳しく説明することはできませんが、私の理論で、キアリ奇形に伴う脊髄空洞症と、癒着性くも膜炎に伴う脊髄空洞症の両方を統一的に説明することができ、実際の治療にも役立つものと思っています。多くの人に認められるには、もう少し時間がかかると思いますが、この仮説は、脊髄空洞症を理解するのに役立つものと信じており、将来の治療に貢献できればと考えております。
診断には、頚椎のMRIの検査が必要で、逆にこれがあればほぼ診断はつきます。脊髄液の流れを画像として捉える特殊な撮り方のMRIの検査も診断に有用です。また、脊髄腫瘍に合併するタイプの脊髄空洞症の可能性を否定するためには、造影剤を用いたMRI検査が必要です。
キアリ奇形に伴う脊髄空洞症の場合、最も有効な治療法は、外科的手術です。術式としては、大後頭孔減圧術と呼ばれるものです。この術式は、頭から首に移行する部分で、脊髄の周辺の空間を広げてやって、髄液の流れを良くするというものです。具体的には、後頭部の皮膚を10cmほど切開し、後頭骨を少し削り、1番の頚椎の椎弓をはずして、脳を覆っている硬膜と呼ばれる硬い幕を切開し、髄液が流れるスペースを充分に作ってあげます。この手術によって、多くの場合に、空洞を縮小させることができ、症状も軽快します。しかし、症状がある程度以上進行してしまったあとで、手術をしても、有効でない場合が多く、早期に診断して治療することが非常に重要です。ただし、小児の場合などには、症状が自然に改善することもまれではなく、手術前に充分な検討を行うことが必要です。
癒着性くも膜炎に伴う脊髄空洞症に対しても、手術による治療が有効です。脊髄の周りの癒着を剥離し、脊髄液の流れをよくすることができれば、空洞の縮小と症状の軽快が期待できます。しかし、癒着の範囲が広範な場合には、なかなか手術が困難になる症例もあります。
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