聴神経腫瘍
1.概要
聴神経腫瘍(聴神経鞘腫とも呼ばれます)とは、良性の脳腫瘍で、聴神経の 周りを鞘のように被っているシュワン細胞と呼ばれる細胞から発生する腫瘍の ことです。この腫瘍は良性の腫瘍で、非常にゆっくりとしたスピードで大 きくなります。腫瘍が成長するのに時間がかかるので、症状が出現するまでに は、それ以前に何年もかけて大きくなってきていることが多いと思われます。
2.症状
聴神経腫瘍の初期症状として、最も多いのは、聴力の低下です。腫瘍は、聴 神経の周りの膜から発生しますので、まず一番に、聴神経を圧迫して症状を起 こします。すなわち、腫瘍のある側の耳の聞こえが悪くなるという症状が出現 します。これは、徐々に出現するため、はじめのうちは、本人もあまり意識し ないこともありますが、よく聞いてみると、悪いほうの耳では電話の声が聞こ えにくいなどの症状がある場合があります。多くの方は、耳の聞こえの悪さを 訴えて耳鼻科を受診され、そこで、 頭のCTスキャンなどの検査をして、腫瘍が みつかるという経過を取ります。その他の症状としては、顔面のしびれ、顔面 の筋肉の麻痺、嚥下障害などがあります。
したがって、片側の耳の聞こえが徐々に悪くなってきたり、めまいの発作を 繰り返すなどの症状がある場合は、聴神経腫瘍の可能性を疑って、頭のMRIなど の検査を行う必要があります。
3.画像 診断
聴神経腫瘍の診断には、頭部MRIの検査が最も有効です。検査の際には、造 影剤を静脈に注射しながら行う、造影MRIの検査が必要です。専門医による読影 が行われれば、ほぼ、診断が可能でしょう。そのほかにも、頭部の単純レント ゲンや、CTスキャンの検査が必要になります。
4.治療
手術治療
聴神経腫瘍の治療は、基本的には、手術による摘出が第一選択となります。熟練した術者による手術であれば、それほど大きな危険なく摘出を行うことができます。手術は、耳の後ろの部分の皮膚に小さな切開を加え、顕微鏡で拡大しながら、周辺の脳神経を損傷しないように細心の注意を払って行います。通常10日から2週間程度の入院期間が必要です。手術によって腫瘍をすべて摘出できれば、それで、治癒することができます。
腫瘍の大きさにもよりますが、手術には若干のリスクも伴います。最も起こりやすい合併症としては、脳神経の損傷が挙げられます。多くの場合、手術する時点では腫瘍のある側の耳が聞こえなくなっている場合が多いのですが、聴力が残っている場合には、手術によって腫瘍のある側の聴力が低下する可能性があります。また、顔面神経が損傷される可能性もわずかにあり、その場合には術後に顔の半分の筋肉が動きにくくなり、ひどい場合には顔がゆがんだような状態になってしまいます。
当院では、聴神経腫瘍の摘出術を、手術中に顔面神経や聴神経の機能を モ ニターしながら、安全に行っています。私自身が執刀した、過去30例の症例 では、永続性の麻痺を起こした例は、幸いにして、今のところ1例もありません。 術前から顔面神経麻痺を認めた2例で、一過性に術後麻痺が悪化しましたが、 その後手術前の状態まで回復しています。その他、一例で一過性に顔面神経麻痺が出現しましたが、 約6ヶ月の経過で、ほぼ完全に回復しています。直径20mm以下の比較的小さい腫瘍で術前に聴力の保たれていた例では、60%で、 術後に聴力が温存されています(参 照)。下の写真は、当院で最近行なった聴神経腫瘍の摘出手術の、手術前後 の頭部MRI 写真です。(承諾を得て掲載)。
症例 | 術前MRI | 術後MRI |
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ガンマナイフ
手術以外の選択肢としては、定位的放射線療法があります。代表的なものとし てはガンマナイフが挙げられます。これは、放射線を、腫瘍の部分に集中して かける事により、従来の方法の放射線治療よりも、正常組織にかかる放射線量 を減少させて、治療効果を上げるという方法です。この方法による聴神経腫瘍 の治療は、比較的最近になって行なわれてきたものですが、腫瘍の増大を防ぐ という意味では、ある程度の効果が得られます。ただし、この方法の欠点は、 腫瘍が消失するのではないこと、長期成績がまだよくわかっていないこと、治 療をしても10%程度は腫瘍が増大し続け、結局手術が必要になる場合がある こと、などです。現時点では、内科的な疾患などがあって、手術を受けるのが 困難な場合などに、良い選択肢であると言えます。 また、手術とガンマナイフ を組み合わせることもできます。大きい腫瘍に対して、まず、手術を行ない、 神経と強く癒着した腫瘍の部分はわざと残すようにして、神経が損傷される危 険性を低くし、手術後にのこった腫瘍の部分にガンマナイフをかけるというや り方です。このようにすると手術による合併症を低く抑えることができ、有効 であろうと思われます。