埼玉医大総合医療センター脳神経外科
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くも膜下出血、脳動脈瘤、未破裂脳動脈瘤

くも膜下出血、脳動脈瘤

脳動脈瘤とは、読んで字のごとく、脳の動脈の一部がふくれてこぶのように なった状態のことを言います。これは生まれつきあるわけではなく、中年以降に、 おそらく、脳の動脈の壁の弱い部分が徐々にふくれてくるものと思われます。

脳動脈瘤は、周りの神経などを圧迫することにより症状を起こすこともあります が、ほとんどの場合は瘤の壁が破れて出血を起こすことで発症します。破れるまで は何も症状を起こさないのが普通です。出血を起こすと、出血は脳の表面にひろが り、くも膜下出血と呼ばれる状態になります。くも膜下出血は非常に死亡率の高い 病気で、緊急に処置が必要です。最も問題になるのは、動脈瘤からの再出血で、 再出血を起こした場合はさらに生命の危険が増大します。これは破裂から24時間 以内が最も多いとされています。

くも膜下出血の診断には、頭部CT検査が最も有用です。ほとんどの場合で頭部 CT検査で診断がつきますが、まれに、出血が少量であったり、出血から日数が経っ ている場合にはCTで診断がつかない場合があり、腰椎穿刺を行って、髄液に血液が 混じっていることを確認する必要があります。

頭部CT検査でくも膜下出血と診断されると、次に、動脈瘤の場所を確認する 必要があります。このためには、血管撮影と呼ばれる検査が必要です。普通に頭 のレントゲンをとっても血管は映ってきませんが、造影剤と呼ばれるレントゲン に映る薬を血管に流しながらレントゲンを撮ることによって、血管の形を知ること ができます。脳血管撮影は、若干のリスクを伴う検査です。最も問題になるのは、 検査の際に動脈内に挿入する管の先に血栓が形成され、それが流れていって脳の 血管を閉塞し、脳梗塞を起こすことです。脳血管撮影で何らかの合併症を起こす 確率は約1%程度とされています。最近では、頭部のMRA (Magnetic Resonance Angiography)や、3D-CTA (3-dimensional CT Angiography) と呼ばれる検査方法が進歩してきて、血管撮影を行わないでも、かなり正確に 脳動脈瘤の診断ができるようになってきました。こちらの検査の方が危険性は はるかに少なくてすみ、将来的には脳血管撮影が行われるケースは少なくなって いくと思われます。

未破裂脳動脈瘤

未破裂脳動脈瘤とは、脳動脈瘤が、まだ出血を起こす前の状態のことを言い ます。以前は、脳動脈瘤が、出血を起こす前に見つかることは稀だったのですが、 最近は、診断技術が進歩して、破裂して出血する前に脳動脈瘤が見つかるケース が増えてきています。この場合、ほとんどの場合では、何も症状がなく、脳ドック などの検査で偶然見つかったという場合が多いのです。このような未破裂脳動脈瘤 をどのように治療すべきかということは大きな問題で、現在、脳外科医の間でも、 国際的に大論争となっています。

未破裂脳動脈瘤の治療方針を立てるにあたって、考え方の基本になるのは どういったものでしょうか?もし何も症状がないのであれば、それに対して 治療を行うとすれば、それは、将来起こるかもしれないくも膜下出血を予防 するということが治療の根拠となります。そのためには、未破裂の動脈瘤が いったいどの程度の確率で出血するのかということを知らなければなりませ ん。

この点に関しては、残念ながら、現在のところ、充分信頼するに足るデータ がまだないというのが現状です。もちろんデータが全くないわけではありません。 むしろ、最近大規模な調査が行われて、年間破裂率に関するデータが公表されて います。このスタディでの破裂率の値が従来から言われていた値よりもかなり 低かったため、これが、現在も続く論争のもととなっています。具体的にいえば、 従来、未破裂脳動脈瘤の年間破裂確率は、1から2%といわれてきました。 つまり、100人の未破裂脳動脈瘤の患者さんがいるとして、1年後にその100人を 調べてみると、そのうち一人から二人がくも膜下出血を起こしているということ です。これに対し、最新の調査結果によると、くも膜下出血を以前に起こした ことのない患者では、直径6mm以下の動脈瘤の場合、年間破裂確立は0.1%、 7mmから9mmの場合は0.7%、くも膜下出血を以前に起こしたことの ある患者では、直径10mm以下の場合0.5%、という結果になっています。 従って、くも膜下出血を起こしたことのない患者で直径が6mm以下の場合は、 従来いわれていた出血率よりもかなり低い可能性あります。

上記の数字は、2003年に、Lancet誌に発表された、 International Study for Unruptured Intracranial Aneurysmの、最新の、 prospective studyの結果です(下記参考文献参照)。

少し専門的な議論になりすぎたかもしれませんが、次に考えるべきことは、 手術の危険性です。動脈瘤の手術で、現在スタンダードな方法は、開頭 クリッピング術と呼ばれる手術です。動脈瘤の根元の部分を金属製の クリップでつまむようにして、動脈瘤への血流の入り口を閉塞することにより、 出血を予防することができます。クリップはそのまま頭の中に残ったままに なりますが、そのこと自体は特に問題になることはありません。しかし、 どんな手術でもそうですが、100%安全ということはありえず、この手術も 若干の危険性を伴います。脳動脈瘤の手術の危険性は、多くの報告例をまとめた 結果によれば、死亡率が、1〜4%、何らかの後遺症を残す率が、4〜10% 程度といわれています。この危険性は、動脈瘤の場所や大きさによっても 異なりますし、もちろん、術者の熟練度にも大きく関係するでしょう。

もう一つ考えるべきことは、患者さんの年令です。簡単にいえば、動脈瘤を 持っていても、死ぬまでの間に破裂さえしなければ、問題はないわけです。 患者さんの年令が上がるにつれて、余命は減少しますから、死ぬまでの間に 動脈瘤が破れる確率は少なくなります。従って、未破裂脳動脈瘤の手術を考 える場合は、患者さんの年令が大きな要素になります。また、動脈瘤手術の 合併症も、年齢が高くなるほど、危険性が増してきますから、その意味でも、 年齢は重要な要素です。

未破裂脳動脈瘤の治療は、上に述べたことを、充分に考慮して、決定され なければなりません。上記のことを充分に検討され、担当の脳外科医と充分に 納得の行くまで話し合われた上で、治療法を決定されることをお勧めします。

参考文献

ISUIA Investigators. Unruptured intracranial aneurysms: risks of rupture and risks of surgical intervention. N Engl J Med 339:1725-1733, 1998.

ISUIA Investigators. Unruptured intracranial aneurysms: natural history, clinical outcome, and risks of surgical and endovascular treatment. Lancet 362:103-110, 2003

Bryce Weir, Unruptured intracranial aneurysms: a review. Journal of Neurosurgery 96:3-42, 2002

この問題に関する私の最新の論文が、Journal of Neurosurgeryに掲載されました。

Chang HS, Simulation of the natural history of cerebral aneurysms based on the data of the International Study of Unruptured Intracranial Aneurysms. J Neurosurg 104:188-194, 2006