第91回
2011年9月26日

Aiを理解するための7×7のステップ
(日本医師会主催・Aiシンポジウム抄録)

独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター・Ai情報研究推進室室長
医師・作家 海堂尊

古代中国では有能な医師を国手と呼んだ。
国を治すことも大きな枠組みの医療と考えられていたからだ。
現在の日本社会の宿痾のひとつ、「死因不明社会」という病は、現存の解剖制度を土台とした死因究明制度の下で発症している。したがってその病因は解剖制度そのものに内在しており、従来の解剖制度のマイナーチェンジや多少の充実では、根治しない。
医療が死因不明社会を治療するための新薬の処方箋、それが「Aiの社会導入」である。
Aiの特質は透明性、迅速性、中立性、公平性(Clear, Rapid, Neutral, Fair)である。従ってAiに消極的である人々は、何かを隠したがっている人々である、と今や市民は認識している。警察や法医学者、医療行政や学会上層部がAiと言う言葉を嫌うのは、おそらく何かよからぬものを隠したいからであるのではないか、と市民は感じている。
警察捜査や司法解剖結果は、外部監査を行ないにくい。だが医療現場でAiを実施すれば、医療がAiを用いて、司法・捜査を監査するシステムを構築できる。それは医療と司法の相互監査として有効に機能するはずだ。司法は医療を法律で監査している。その司法を外部監査できるのは、司法とは別立てのしっかりした体系を持っている医療のみだろう。そのもっとも有効なツールがAiなのだ。
従って、医療がAiに対する主導権を司法に売り渡したとしたら、それは医療の自殺行為であろう。
死因不明社会という宿痾の治療には、Aiを死因究明の基本にした制度の構築が必須である。この時、死因情報は捜査情報から分離し、公表を基本とすべきである。
「司法」という巨人を監査できるのは、「医療」という巨人しかありえない。こうした枠組みを構築することは、「違法」でも「脱法」でもない。強いて言えば、法の不備を補完するための「越法」である。Aiを適切に実践していれば、いずれ法が追随してくるに違いない。
また現在、Ai導入の一番の阻害要因は費用拠出がされていないことである。だが考えてもらいたい。Aiは市民が誰でもたった一度、そしてすべての市民が平等に受ける検査である。これに対し、国家が、納税者たる市民に対しきちんと費用拠出し、システムを提供するのは、国家の当然の責務である。
今こそAiを尖兵として、医療現場から新しい社会制度の提案をすべき時がきている。

【1stステップ・Aiとは何か】
  1. Ai(Autopsy imaging)の定義は「死亡時画像診断」である。Aiは和製英語であるが欧米人にも通用する。
    学術世界でも認められている用語である。
  2. Aiの用語使用法に異論はあるが、議論は不毛である。この議論は市民社会の安寧にまったく何も寄与しない。Virtopsy のような造語と考えれば問題は解決する。
  3. Aiの概念は2000年に提唱された。全世界で同時に同様の概念が多数提唱されている。
  4. Aiは市民の95%に支持を得ている。遺体損壊せず、かつ、合理的で有用な検査だからである。医療従事者もほぼ100%、Ai実施は当然と考えている。
  5. Aiが提唱された2000年当時、死体の画像診断は一般的ではなかった。病理医は、画像診断は解剖ほど役に立たないと考えていた。放射線科医の診断対象は生者で、死者の画像診断は業務だと考えていなかった。ただし、Aiが普及するためには検査費用の拠出が確定されることが重要だという認識は共通していた。
  6. 2000年当時、Ai導入の問題点として、倫理、費用、社会認知という三点が挙げられていた。2011年9月現在、社会認知と倫理問題は解決しており、残るは費用拠出問題のみである。
  7. 死因究明率は体表検案10%、Ai(CT)30%、Ai(MRI)60%、解剖75%である。
【2stステップ・】
  1. 死因究明は、死因情報が遺族と市民社会に公開され、納得した時点で完了する。
  2. 死因不明社会とは、死因情報に対する納得が達成されていない社会である。その病態を解析すると、1.死因究明の検査の適用率が低い 2.死因結果の情報公開システムが不安定という二点に帰結する。
    すると、現在の死因不明社会の病因は三点、上げられる。これらはすべて、解剖制度に起因する。
    1. 解剖率が2パーセント台しかない。
    2. 解剖は透明性が低く、速度が遅い。追試もできず、監査が難しい。
    3. 司法解剖結果が捜査情報として開示制限がかけられてしまうこと。
  3. 解剖制度は、情報公開と費用拠出の二点で、市民が納得できる情報提供が不可能になる制度である。
    Aiを解剖の補助検査という位置づけにすると、解剖制度の問題がそのまま保存されてしまう。
  4. 解剖制度は二系統に分けられる。病理解剖と司法解剖である。
    どちらに従属させられてもAiは不適切な扱いを受けるだろう。
  5. 病理解剖では情報は遺族に公開されるが費用拠出はされていない。
    従ってAiが病理解剖に従属させられると、医療は費用をフリーライドされ、費用支払いが滞る。
  6. 司法解剖では費用拠出は担保される。だが解剖情報は捜査情報とされ開示されないことが多い。
    従ってAiが司法解剖に従属させられると、Ai情報が遺族と市民社会から隠蔽されてしまう。
  7. 以上より、解剖制度の改変では、上記の死因不明社会の2つの病態は解決しない。
    しかしAiを解剖制度から分離し、独立運用すれば、上記の問題は解決する。
    1. Aiは透明性が高く、迅速である。第三者による監査も簡単にできる。
    2. 費用拠出が確定されれば、Aiは全死者に実施することも可能である。
    3. 司法解剖においても、Ai診断は医療現場に委託し、公開するという原則で対応できる。
【3rdステップ Ai導入を阻むもの=解剖至上主義】
  1. Ai導入の阻害の第一要因は検査費用拠出が確定していないことである。
    第二要因は解剖至上主義である。
  2. 解剖至上主義の定義は、「Aiをしたら、その後に必ず解剖を必要とする」という考え方である。
  3. Ai優先主義の定義は、「Aiで死因が判明、もしくは納得を得られたら解剖しない。死因が判明しなかったり、納得に至らなかったら解剖を勧める」という考え方である。
  4. 解剖率は3%弱で、法医学者が実施する解剖率は全死者のわずか1%、病理解剖率も2%である。
    したがって、Ai優先主義に移行しない限り、日本が死因不明社会であることは解消しない。
  5. 死者全例解剖は不可能である。しかし、死者全例にAi実施は可能である。
  6. Aiは非破壊検査なので、その結果によって破壊検査である解剖実施の可否を判断できる。
    したがってAiは、解剖とは競合するのではなく、協同するものである。
  7. 以上より、Ai優先主義をベースにした死因究明制度を新たに構築する必要がある。
    Ai導入を促進するには、Ai優先主義にパラダイムシフトする必要がある。
【4thステップ・法医学者がAiを主導する場合のリスク】
  1. 法医学者は解剖とAiを比較して、解剖の方が優秀であると主張しがちである。だがこの姿勢は間違っている。Aiは「非破壊検査」であり、解剖は「破壊検査」であるので次元の異なる検査であり、診断学的な優劣を比較検討することは無意味である。
  2. 法医学者は画像診断の専門家ではなくAiの読影能力は低い。誤診や見落としをする可能性も高い。
  3. 法医学者がAiを扱うと、診断せず、報告レポートを作成しなくても問題にはならない。
       診断ミスや見落としをしても、誰も指摘できない。このようなシステムは社会的に正しくない。
  4. 法医学エリアでAiが主導されると、検査実施費用は医療現場に支払われなくなる可能性が高い。
  5. 法医学会上層部の一部はAiという用語を拒絶している。Aiを医療が実施すると、結果的に彼らの解剖業務の監査につながるからである。法医学者は監査という仕組みに馴染みが薄い。
  6. 死因は捜査情報として本質的情報ではない。したがって捜査情報として非開示にするのは過剰な情報隠蔽である。法医学者は情報公開に関し警察に従属しており、独自に情報発信することはほとんどない。
  7. 司法判断がいつも正しいわけではない。したがって適切な外部監査を必要とする。死因究明制度においてその役を担えるのは、医療がAiシステムに責任を持ったときのみである。
    註:警察は冤罪や捜査ミスを隠蔽するために、死亡時医学情報を独占したがるだろう。従って近い将来、Aiに関し法的な情報隠蔽の網をかけてくるだろう。それを座視した場合、司法独裁国家が出現する。
【5thステップ 医療安全評価機構のリスク】
  1. 診療関連死モデル事業を遂行する医療安全評価機構は解剖至上主義である。
  2. モデル事業が解剖制度を主体にしたのは、受付症例を少数に限定したかったからだ、という創設時の関係者の証言がある。とするとモデル事業は設計時から遺族の要望に不実だったことになる。したがって症例受付数は市民社会の要求を満たすことができないシステムとなるだろう。
  3. 診療関連死モデル事業は、新しい解剖の枠組みを必要とする。その解剖の法的根拠がなければ、まったくの画餅である。
  4. 医療事故における遺族の三つの希望は、「1.できるだけ早く真実を知りたい。 2.ミスをした場合は迅速な謝罪。 3.現状復帰」である。しかし解剖主体のシステムではいずれにも対応できない。
  5. 無条件の司法解剖鑑定情報公開システムが併存しなければ、医療事故だけ除外する特別なシステムの構築は不可能である。先に医療事故問題のシステムを構築してしまうと、司法捜査に恣意的に過剰運用されてしまう。
  6. Aiを主体にシステム構築すれば、迅速性、透明性、中立性、公平性から遺族に納得してもらえる。
       解剖は遺族との対話を断絶させる傾向が強いが、Aiは遺族と医療現場の対話を促進する。
  7. Ai実施は遺族の、そして医療現場への信頼を増強する。医療現場が自らの監査を亢進することで、よりよい医療と市民社会の安寧の実現に寄与する。
    註:医療安全評価機構の創設に関与した日本内科学会、日本外科学会、日本病理学会、日本法医学会の上層部は、モデル事業存続に執心している。だが失敗が予想される制度設計に固執すれば市民社会への背信行為となり、モラルハザードが出現する。その結果、医療の社会信頼は失墜してしまうだろう。
【6thステップ Aiセンター】
  1. 世界初のAiセンターは千葉大学医学部付属病院に2006年8月、創設された。
  2. 2011年9月現在、千葉大学、群馬大学、札幌医科大学、東北大学、神奈川歯科大学、三重大学、福井大学、近畿大学、佐賀大学、大分大学、島根大学の11大学でAiセンターが設置されている。
    今後、長崎大学、自治医科大学でも設置予定である。
  3. 地域社会におけるAiセイフティネットとして、医師会、公立病院などが中心になって地域社会のAi組織を構築するシステムもある。筑波メディカルセンター病院(茨城県つくば市)、川口病院(熊本県菊池市)、金沢大学(石川県)、鹿児島県医師会・救急およびAiネットワークなど。
  4. Aiセンターの設置母体は、医療安全室、もしくは救命救急センターに併設という形態になっていくだろう。
    Aiセンターが設置されると、その人員は救急医療のサポーターになる。
  5. また、警察医会もAiセンターに統合されていくだろう。なぜなら、警察医の業務は、「非侵襲的医学検索による死因確定」であり、非侵襲性死亡時医学検索の中で最も精密な検査がAiだからである。
  6. 医療安全評価機構が果たそうとしている機能はAiセンターの一分室として成立するであろう。
  7. Aiセンターに対する行政サポートはほとんどない。にもかかわらず全国にAiセンターが多数創設されている。これは市民社会のニーズに、誠実な医療従事者が真摯に対応した結果である。
    このような自律的な医療現場からのムーヴメントを医療行政はサポートすべきである。
【7th・総括】
  1. Aiの特質は、透明性、迅速性、中立性、公平性(Clear, Rapid, Neutral, Fair)である。
  2. 死因究明の最終目標は、遺族と市民社会の納得である。遺族と市民社会が納得するために必須なのは、適切な死因情報公開である。
  3. 死亡時医学情報の適切な公開のためにもっとも有効な検査手法がAiである。Aiの導入は、市民社会の要求を満たし、冤罪を減少させ、医療現場への信頼を増強するだろう。
  4. Aiは解剖の補助検査ではない。解剖がAiの補助検査となる。後発の破壊検査が、先行する非破壊検査の補完をするのは、科学として当然の原則である。
  5. Aiは画像診断なので、診断の責任を持つべき第一診断者クラスターは放射線科医、第二クラスターは臨床医である。解剖医(病理医、法医学者)はAi診断を前記クラスターに全面委嘱すべきである。
  6. 以上より、Aiは医療現場で実施し、情報を公開する原則にすべきである。そして費用は医療費外から医療現場に支払われるように制度設計すべきである。これを「Aiプリンシプル」と命名する。
  7. Aiプリンシプルが成立し、地域単位にAiセンターが設置されれば、医療現場から自律的に、市民社会が切望する新しい死因究明制度が構築されるであろう。