第29回
2006年1月4日

救命救急現場における Ai の現状

東京都立墨東病院救命救急センター
濱邊 祐一

ひょんなことで、あるセミナーで放医研の江澤先生と知り合った席で「オートプシー・イメージング」(Ai)なるものの存在を教えていただいてから、一年近くが経過した。偶然とは重なるもので、第三回Ai学会のメインテーマが「救急医療とAi」と設定されていて、旧知の間柄だった大橋教良大会会長から特別講演依頼があり、迷いながらもお受けした。しかし、救命救急センターというところに籍を置く身にとって、Aiはあまり関係がないなというのが、最初に抱いた感想であった。

東京都区部の東端の医療圏(区東部医療圏=墨田区、江東区、江戸川区)に位置する都立墨東病院の救命救急センターは、背景人口が約160万人で、年間に約二千例のいわゆる三次救急患者を収容しているのだが、文字通り、重症救急患者の救命を第一義と考えている立場からすれば、本来Aiにはあまり興味がないというのが、偽らざるところである。

もっとも、救命救急センターのようなところで、Aiに似たものを探すとすれば、それは死戦期に行われる撮像ということになるのであろうか。具体的には、CPA患者の蘇生に際して行われるX線検査である。

CPAすなわち心肺停止の症例は、心肺蘇生を目的として救命救急センターに搬入されるが、手許にある平成16年度の当センターのデータを繰ると、全収容者数1925人の内、CPA症例は580人に上っている。ちなみに、その580人の予後を見ると、蘇生努力に反応し、自己心拍が再開して長期生存しているのは10人のみである。言い換えれば、残りの570人は、蘇生努力に全く反応せず、自己心拍が再開することなくそのまま死亡確認となったか、あるいは、たとえ自己心拍が再開したとしても、短時日の内に再び心停止を来たし、死亡しているということになる。

さて、CPA症例に対する蘇生中に行われるX線検査は、せいぜいが胸部や腹部正面あるいは頸椎側面の単純X線撮影ある。その撮像の目的は、蘇生可能性を低下させる有害因子(例えば、緊張性血気胸、無気肺、気管挿管チューブ・胃管の誤挿入など)の存在確認や、蘇生努力断念の根拠(例えば、高位頸椎脱臼骨折、心臓破裂、肺破裂、頭蓋内大量気腫など)の把握であり、必ずしも、心肺停止に至った正確な病態を診断するため、ではない。

もちろん、そうした有害因子が除去でき、自己心拍が再開できれば、引き続いて、心肺停止に至った原因が検索され、それに対する治療がなされるのであるが、逆に、蘇生が叶わず、死亡確認をした後では、急速に原因検索に対するモチベーションが失われる。

先にも述べたように、救命を第一義とする救命救急センターの医師にとっては、そうした成り行きが当然のことであり、心肺停止の原因検索を目的とした死後の撮像すなわちAiなんぞは、ほとんど行われているはずがないと、不覚にも信じて疑ってはいなかったのであるが、しかしそれは、大いなる誤解であったようだ。

というのは、実は、先日、筑波メディカルセンターの大橋教良先生との連名で、Aiに関する、全国の救命救急センター283施設を対象としたアンケート調査を実施したのであるが、その結果意外にも、多くの救命救急センターで、心肺停止の原因検索を目的としたAiが実施されていたことが判明したからである。この誤解は、筆者の属する救命救急センターが東京都区部に位置していることに、起因しているらしい。

救命救急センターに収容されるCPA症例は、交通事故、労働災害事故、熱傷、中毒、窒息、溺水、縊首等の外因性の場合ももちろんのこととして、内因性(疾病)の場合であっても、診断がつかぬままに死亡確認してしまった場合、そのすべてが異状死として扱われることになるが、東京都の区部の場合、こうした異状死は、明らかに犯罪に絡むものを別として、すべて東京都監察医務院の検案の対象となる。

すなわち、心肺停止の原因検索の責任は、東京都区部の場合、死亡確認した救命救急センターにはなく、死体検案を行う監察医務院に存することとなる。 ところが、監察医制度のない地域では、死亡確認をした救命救急センターが、警察から検案を依頼され、死体検案書の作成を実施するということが行われているために、いきおい心肺停止の原因を正しく診断することが、救命救急センターに強く求められることになるのである。

この原因を正しく診断するためには、一般的には死体解剖が必要とされ、実際、東京都監察医務院では、一日平均約30体の検案を行い、内、約8体の解剖を実施していると報告されている(平成15年)。

しかし、東京都監察医務院のような、いわば解剖専門機関ではない一般の救命救急センターにおいて、いわゆる行政解剖や承諾解剖を行うのは、困難きわまりないことであり、その必然の結果として、死体解剖の代替としてのAiが多数の施設で行われているというわけである。

その反面、アンケートによれば、そうやって実質的にAiを行っている施設の多くが、Aiなる概念を、実は認識していないということも明らかになってきている。 どうやら、救命救急の現場におけるAiには、この監察医制度がキーポイントになっており、同時に、Aiなるものを医療界の中で正しく啓発、発展させていくためには、こうした救命救急医療の現場の上手な利用が、手っ取り早い近道になる可能性があるということを、このアンケート結果が示していると言えそうである。

そんな期待と確信を込めて、来る第3回Ai学会の特別講演に臨みたいと考えている次第である。