第23回
2005年7月1日

死亡時医学検索における超音波画像診断

日本大学医学部社会医学講座法医学部門
内ヶ崎 西作

死体への画像診断の応用は、日本ばかりでなく、スイスのベルン大学のグループが提唱する "Virtopsy" をはじめとして国際的にも注目を集めている。画像診断が死亡時医学検索に非常に有用であることは、明らかな事実として確立されたであろう。しかし運用上に問題点があるのも事実である。その一つがCT・MRI施設へのアクセスの問題である。

CT・MRIのない医療施設で死亡した場合、或いは自宅などの医療施設外で死亡した場合には、死体を搬送しなければならない。地方では警察が遺体搬送に協力してくれる場合もあろうが、大都市では望み薄である。多くの場合には搬送費用を遺族が負担する事になろうが、遺族が理解を示さない場合もある。また医療施設がCT・MRIを持っていても、それは生きている患者を診療するためのものである。日中の診療時間帯に、待合室で待っている患者の目の前を通って死体をCT室・MRI室に運び入れる事にも抵抗があろう。しかし、もし死体があるその場所で検査ができれば、この問題は一気に解決する。トレーラーを使った移動式CTを死体検案に導入した千葉大学の試みは、この問題に対する一つの答である。奇抜だが、経費やトレーラーの運転等の問題に目をつぶれば非常に魅力のあるアイディアである。解剖室に死体用のCT・MRIを設置したり、地域にCT・MRIを設置した死体安置所を設けてそこに全ての異状死体を搬送して死因診断を行うようなシステムを構築する方法も考えられるが、今の日本では現実的でなかろう。

もう一つ答があるとすれば、別の画像診断の手法、例えば超音波を用いる方法である。超音波には、

  1. 全身を一度にスキャンできない。
  2. 検査施行者以外には画像の向きや方向が理解しにくい。
  3. ガスや骨の下は見えない。

といったような数々の欠点があり、CTやMRIのような多彩な情報を期待することはできない。しかし超音波には、CT・MRIにはない機動性という大きな利点がある。私はリュックに入れて持ち運びのできる超音波画像診断装置を用いて、2001年から死体に対する超音波画像診断の応用について検討を続けている。現在までのところ、心タンポナーデや胸腹腔内貯留液の有無、肝臓の脂肪沈着、大動脈瘤、子宮筋腫、腎盂の拡張、尿の貯留(尿量推定も可能)、大腿静脈血栓、下肢の浮腫、骨折等が超音波でも診断可能な例があることがわかっている。従来からの死体検案の手法で十分診断可能なものもあるが、超音波で体内の画像を撮影・保存することにより診断に対する客観性を向上させることができる。後に解剖が行われる場合であっても行われない場合であっても、これらの情報を死因の判断に生かすことができる。解剖時に摘出した臓器を超音波で検索することも可能である。盲目的に臓器をスライスするよりも、病変部位を予め確認してから割を入れた方がよいに決まっている。

血流のない死体に使用するので、ドップラーや心機能測定等に関する機能(hardware)や知識(human-ware)は必要ない。プローブはとりあえず腹部用の大きなもの1つあれば、概ね事は足りる。Aiを導入したいが、CT・MRIを使用する際の諸問題が解決できずにいる先生方、とりあえずは院内でお払い箱寸前の旧式の超音波を使ってAiを始めてみたらいかがであろうか。